三井住友銀行の新規口座開設数が前年比1.5倍に急増――。この驚異的な伸びを生み出したのが、2023年3月にリリースされた総合金融サービス「Olive(オリーブ)」だ。銀行口座、カード決済、証券、保険などの機能を一つのアプリで完結させたこのサービスは、わずか2年で500万アカウントを突破。特に若年層から「初めての口座」として選ばれる新たな金融サービスの形が生まれている。
メガバンクが提供する金融サービスが、ここまで急速に成長する例は珍しい。「Olive」はなぜこれほどまでに支持を集めているのか。Oliveの500万アカウント突破を記念したイベントでは、芸能人のダイアン津田篤宏氏や渋谷凪咲氏らが華やかに登壇する一方、その片隅で筆者が取材したのは、サービス構想当初からOliveの企画開発に携わってきた三井住友カードマーケティング本部長の伊藤亮佑氏だ。
メガバンクが発表するサービスは業界内でニュースになっても、一般の話題になることは少ない。しかし、筆者の感覚ではOliveは明らかに異なっていた。世間での認知度は他の銀行サービスと比較にならない。実際、三井住友銀行などが行った調査によると、「オリーブと聞いて思い浮かべるもの」の第2位(31.1%)に選ばれるまでになっている。
親世代が「銀行は家や職場の近くにあるもの」と考える一方で、データによれば20代の若者は初めての銀行口座として「立地」ではなく「使いやすさ」でOliveを選ぶという。世代ごとに異なる価値観をどう捉え、サービスに反映させてきたのか――。伊藤氏に詳しく話を聞いた。
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●ネット銀行を選ぶのは、実は30代以上。20代はメガバンク
「目標達成が危ぶまれる時期もありましたが、2024年度に入ってからは2023年度を上回るペースで伸びています。認知度が大幅に向上してきたことが大きいですね」と伊藤氏は話す。
特に20代以下の若年層ユーザーが約半数を占める理由について伊藤氏は、「お客さま起点という考え方にこだわってきました。20代の方々は先入観が少なく、新しいサービスを素直に受け入れてくれます。当初は若年層に証券サービスは不要だろうと考えていましたが、『いつかは使うだろうから、最初からそろっているのはありがたい』という声が多かったのです」と振り返った。
年代による評価ポイントにも明確な違いがあるという。「若年層は利便性を重視します。スマホの操作性や、一つのアプリで完結する点を高く評価してくれます。一方、30代以上になるとポイント還元の要素も重要視される傾向にあります」
さらに銀行口座開設の方法自体も、時代とともに大きく変化してきた。「2023年頃に、口座開設の申し込みで店頭とネットの比率が逆転したと感じます。10年前は9割以上が店頭でしたが、現在はネット経由が主流になっています。コロナ禍でこの傾向が加速し、そのタイミングにOliveが登場したことは大きかったと思います」
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意外な指摘もあった。「実は、若年層はメガバンクを選ぶ傾向があります。これはあまり知られていない事実です。ブランド力や店舗網といった安心感が、若い方には重要なようです」と伊藤氏。Oliveはこうした「メガバンクの安心感」と「ネットの利便性」を組み合わせたポジションで評価されているというのだ。
●「本体でやらなければ」難しかった、銀行とカードの一体化の決断
「新規口座開設数が、Olive効果で確実に増えました。これほど一気に増えたことは初めてです」と伊藤氏。サービス設計においては「専用アプリにするか、それとも本体でやるかなど、さまざまな選択肢がありました」とサービス構想時の悩みを明かした。
多くの企業が若者向けに別ブランドの専用アプリを立ち上げる中、あえて「本体」で展開した理由は何だったのか。「確かに、今までのお客さまのことを配慮しなくて良い分、専用アプリの方が簡単に作れるんです。でも、われわれは銀行のサービスをデジタル化しようとしているので、絶対に本体でやらなければいけないと考えました」と、伊藤氏は当時の判断を振り返った。
「Olive」というブランド名もそこに関連している。「三井住友銀行がもう全部Oliveになるんだから、それ(三井住友銀行)で良いじゃないかという意見もありました。ただ、お客さまへの接し方を変えるという意思表明の意味で、別の名前にした方が良い。オリーブグリーンという色があるので、三井住友銀行のカラーである緑色を大切にしながら、新しい緑色になっていくという思いを込めました」という。
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このような大きな改革には必ず組織内の抵抗もある。「全部を変えるというのは、本当に大きな挑戦でした。さまざまな意見がありましたが、当時の三井住友フィナンシャルグループ社長だった太田(純)さんが支えてくださいました」と伊藤氏は述懐する。「現場だけでは突破できないこともあり、トップのリーダーシップが非常に大きかった」と、経営トップの支援が改革成功の鍵だったことを強調した。
●「ポイントと決済の融合が鍵」Vポイント戦略の本質
2024年4月に、TポイントからVポイントへの移行が完了したことは、単なるブランド変更にとどまらない戦略的意義があった。「『知らないポイントはいらない』と消費者は考えます。Tポイントの高い認知度と広範な店舗網があったからこそ、移行がスムーズに進みました」と伊藤氏は語る。そして「ポイントサービス成功のカギは、決済とどう組み合わせるかにあります」と強調した。
ポイントサービス間の競争について、伊藤氏はこう分析する。「PayPayポイントの急成長は、PayPay決済があるから実現しました」と指摘。「つまり、決済とポイントをいかに組み合わせるかが、共通ポイントの成功のカギなのです」と、ポイントサービスの本質を語った。
しかし、課題もある。「決済とポイントカードという枠をもっと融合させていかなければなりません。現状では、例えばポイントカードをピッとかざして、その後に決済するといった2段階のプロセスが必要です」と伊藤氏。「これはお客さまにとっても、店舗側にとっても、大きな手間となります。特に、レジでの操作を2回行う必要がある点は、ナンセンスです」と、今後の改善点を語った。
他社との差別化戦略については、「多くの企業は自社の経済圏からカード決済に移行していく戦略を取っていますが、われわれはカードが中心にあり、そこに周辺サービスを付けていくという逆の発想です」と独自のアプローチを説明。「経済圏にしばられず自由にお店を選べる点、日常利用で自然とポイントが貯まる点が利用者から評価されている」と自信を見せた。
●「金融をメインに置く」伝統的金融機関としての強み
昨今、PayPayやLINE、楽天などテクノロジー企業の金融業界参入が進んでいる。こうした競争環境の中で、どこに差別化のポイントがあるのか。それに関して、伊藤氏は「ポイントは決済です」と言い、「クレジットカードで勝負ができているのがわれわれの強みです。金融をメインに置くことで、他社との違いを出していきたい」と話す。
Oliveの評価は高い。ユーザーアンケートでは84.8%が「利用して良かった」と回答している。こうした高評価の上で、今後のサービス向上に向けては、世代によって求めるものが異なると指摘。「若い世代は利便性を重視し、上の世代はポイントや具体的なメリットを比較検討する傾向があります。それぞれの世代に合わせた価値提供を続けていくことが課題です」と、多様なニーズへの対応を今後の焦点に据えている。
金融サービスの拡大分野として注目しているのは保険だ。「保険分野には、今後さらに力を入れていきたいと考えています」。三井住友カードでは、すでにカード付帯の「選べる無料保険」として、海外旅行保険だけでなく、弁護士保険やスマホ保険を選べるようにしているが、さらに多様な保険商品の展開にも意欲を見せた。
●言葉だけでない「お客さま起点」
インタビューを通して印象的だったのは、銀行とカードという従来は別々に運営されてきたサービスが、「Olive」においては根本から融合している点だ。カードと銀行が同じ金融グループに属していても、多くの金融機関では縦割り運営が一般的だ。しかし「Olive」では、どこからが銀行でどこからがカードなのか、ユーザーにはもはや区別がつかないレベルで一体化している。
この提供者側の論理ではなく、ユーザー体験を起点にしたアプローチこそが「Olive」の大胆な挑戦であり、急速な普及の原動力となっている。伊藤氏が繰り返し強調した「お客さま起点」という言葉は、理念にとどまらない戦略として機能しているようだ。
伝統的金融機関の多くがリテールよりも法人部門を得意とする中で、個人向け市場はネット銀行などに徐々に侵食されてきた。その流れに対してSMBCグループは、「金融をメインに置く」という伝統的強みと「決済」という現代的接点を組み合わせた戦略で応えている。
ただし、ポイントと決済の真の融合や保険分野への展開など、伊藤氏が語ったビジョンの多くは、まだ道半ばだ。次のマイルストーンである「5年で1200万アカウント」という目標に向けた進化に期待したい。
(斎藤健二、金融・Fintechジャーナリスト)
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