木村拓哉、長澤まさみ、横浜流星、そして羽生結弦……この豪華な顔ぶれを見て皆さんは何を思うだろうか。
「もしかして東野圭吾原作の新作映画の主要キャスト?」と色めき立つ人もいらっしゃるだろうが、そうではない。彼らは中国企業ブランドの「顔」として活躍している方たちだ。
木村拓哉さんは通信機器で世界トップシェアを誇るファーウェイ(華為技術)の日本法人、ファーウェイ・ジャパンが発売したスマートウォッチ「HUAWEI WATCH GT 5 Pro」のWeb広告に出演。ゴルフ、登山、ランニングと何をしても「格好いいキムタク」のキービジュアルが東京・渋谷駅や家電量販店に並んでいるので、ご覧になった方も多いだろう。
長澤まさみさんは今や事業規模でテスラを上回り、日本にも高性能な「軽EV」を投入すると話題になっているBYD Auto(比亜迪汽車)の日本法人、BYD Auto JapanのブランドCMに2024年より出演。好感度抜群の人気俳優に「ありかも、BYD!」と微笑みかけられ、「ぜんぜんアリです!」と ハートを射抜かれたおじさんも多いはずだ。
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そして、2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で主演を務める横浜流星さんは、韓国のサムスン電子に次ぐ世界第2位のテレビメーカー、ハイセンス(海信集団)のブランドアンバサダーを2024年から務めており、さまざまな広告で爽やかな笑顔を見せている。
フィギュアスケーターの羽生結弦さんは、16年連続で大型家電の世界シェアNo.1を記録しているグローバル家電メーカー・ハイアールと、その傘下ブランド「AQUA」のブランドアンバサダーに2024年から就任し、テレビCMはもちろん、公式Webサイトのトップページにも羽生さんがドーンと大きく登場している。
●なぜ中国企業は分かりやすいスターばかり起用するのか
さて、このように「日本が誇るスター」が次々と中国企業の「顔」として起用されている現実を前にして、ビジネスパーソンは、きっとこんな違和感を覚えるのではないか。
「知名度アップのために有名人を起用するのは分かるけれど、ずいぶん露骨に国民的スターを選ぶんだな」――。キムタク、長澤さんは他にも多くの広告に出演する人気者。羽生さんは金メダリスト、横浜さんは大河ドラマの主演俳優であり、いずれも国民的な知名度を誇っている。皆さん国内外で高い人気を誇るスターなのだ。
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中国に良い印象がない方は「技術がないからカネにものを言わせて、国民的スターの人気に便乗しているだけだろ」と批判的に見るかもしれないが、そういう考えは古い。
中国企業の製品をイデオロギー抜きに客観的に見ると、技術力や品質は日本製と遜色がなくなっている。むしろ、以下の記事を読めば分かるように、BYDなどは日本勢をすでに追い抜いているのだ。
・「残念ですが、国産車では足元にも及びません…BYDの『軽EV』と国産首位・日産サクラの圧倒的な性能差」(ダイヤモンド・オンライン 2025年4月25日)
しかし、どんなに性能や品質が良くなったところで、日本の消費者の中には「中国ブランド」に強烈な拒否反応を示す人も少なくない。「安全保障」の観点で中国製品を排除しようとする人もいる。
そこで、日本の国民的スターを広告に起用することで日本人の“中国アレルギー”を和らげようとしているのではないか。
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「そう簡単に中国ブランドのイメージが上がるわけがない」と冷笑する人も多いだろうが、この広告戦略は意外とうまくいってしまうかもしれない。
●日本人は「スターを起用したCMに世界一弱い」
自分たちではあまり意識していないかもしれないが、実はわれわれ日本人は「スターを起用したCMの影響を世界一受けやすい」のだ。
2010〜13年実施の古い調査だが、世界的なマーケットリサーチ企業のミルウォード・ブラウン(米国)が世界各国で有名人を起用した広告の割合を調べたところ(日本ではカンター・ジャパンが実施)、日本が56%とダントツに多かった。米国、英国、ロシアは1割程度、ブラジルが17%、インドや東南アジアが2割程度、中国が33%、韓国が47%だった。
なぜこんなに多いのか。「権威に弱い国民性」「有名人がCMに出ていればちゃんとした企業と安易に考えてしまう人が多い」など理由はいろいろ考えられるが、やはり1番の理由は「人気スターを起用したCMを流すとよく売れる」という実績があるからだ。われわれ日本人はなんやかんやと国民的スターがCMで連呼する商品を選び、国民的スターが「顔」となっているブランドに好感を抱いてしまうものなのだ。
そういう日本の消費者の志向を踏まえれば、中国ブランドが日本のスターを積極的に起用するのも当然だ。
テクノロジーや自動車という分野は、日本の「お家芸」ともいわれてきたので何かのきっかけで国民の「反中感情」が高まるリスクもある。しかし、日本人ならば誰もが知る国民的スターを「顔」にしておけばそういうリスクも軽減でき、しっかりと広告効果も出る。
例えば、BYDが分かりやすい。先ほど申し上げたように、EVの性能面では日本製を上回るのに、日本ではほとんどその名は知られていない。しかも、「中国のEVなんてヤバいだろ」というネガティブイメージも根強い。そこでBYDとしては、長澤まさみさんという人気俳優を起用して、知名度を一気に高めたところ、この戦略が見事に当たった。
CM放映中に発売した最新モデルBYD SEALは、2カ月間で約400台の受注に成功。2024年7月については、3車種の総受注台数は過去最高となる400台超を記録した。正規ディーラーへの来店客数もにぎわいを見せており、前年同月比プラス86%となった(日経クロストレンド 2024年8月29日)
BYDからすれば、まさに「長澤まさみ様様」なのだ。ただ、このような話を聞くと「中国企業はスターを使ってもうけられるが、スター側は中国のシンパと見られるリスクがあるのでは」と心配する人も多いだろう。
●著名人が中国企業のCMに出演するリスク
実際、今回ファーウェイの広告にキムタクが起用されたことを受けて、娘のKoki,さんのハリウッド進出の足を引っ張るのではないかという一部報道が出ている。米中貿易摩擦や安全保障の観点から、同社がトランプ政権から目の敵にされているからだ。
ただ、これは「杞憂」に過ぎない。トランプ大統領があおっている「中国バッシング」は、中国とのディールを有利に持っていくためのパフォーマンスのようなもので、本気で中国ブランドや中国製品を排除するつもりはない。米国経済は「中国企業抜き」では維持できないからだ。
中国は経済規模で米国に劣り、さらに中国の対米国輸出依存度は米国側の対中輸出依存度よりもはるかに大きい。米国で製造される「メイド・イン・USA」のものにも実は中国製造の部品が多く使われている。米国は中国抜きで成長できない。
確かに、ファーウェイは米国政府から目の敵にされている。しかし、だからといって「中国依存」という米国経済の現実があり、ハリウッドにも中国資本が多く参加している中で、ファーウェイのCMに出たくらいで、ハリウッドで干されるようなことにはならない。
分かりやすい例が、映画『ワンダーウーマン』で知られる女優ガル・ガドットだ。2018年、ファーウェイが米国に新型スマホ「Mate 10 Pro」を投入する際、ガル・ガドットはブランドアンバサダーに就任し、Web広告や自身のSNSでファーウェイをPRした。
当時は第1次トランプ政権で、米国と中国の間で貿易戦争の緊張が高まり、2018年4月には、米司法省がファーウェイのイランでの不正取引について犯罪捜査を実施していると報道。その後、この容疑を受け、12月にカナダ当局が米国政府の要請により孟晩舟・最高財務責任者(CFO)を逮捕した。
では、そんな「米国が敵視する犯罪企業」のブランドアンバサダーを務めていたガル・ガドットがハリウッドで干されたのかというと、そんなことはない。
●ハリウッドと日本の違い
ガル・ガドットはイスラエル出身ということで「パレスチナ問題」への言及でたびたび炎上することはあったが、『ジャスティス・リーグ』や『ワイルド・スピード』シリーズなどの大作に次々と出演してキャリアを築いていった。2025年3月にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームを授与され、イスラエル俳優として初めて「ハリウッド殿堂入り」を果たした。
つまり、ファーウェイのCMに出演しようが、BYDのCMに出演しようが、映画俳優として良いキャリアを築いていれば、誰も文句を言わないのがハリウッドなのだ。
「あいつは10年前に中国企業のCMに出ていたからやっつけろ」とか「あの女は不倫疑惑があるのでCMから降板させるように不買だ!」みたいにいちいち大騒ぎになるのは、広告ビジネスとショービジネスが一体化し過ぎた日本特有の現象だ。
いずれにせよ、「スキャンダルのリスクがあるので、もはや芸能人をCMに起用する時代ではない」という考えが、日本企業の間で広がっている。一方で、日本市場に進出する中国企業は、これとは正反対の戦略をとっていて、有名人を積極的にCMに起用している。この違いは、とても興味深い。
国民的スターのCMやブランドアンバサダー起用は、このまま一部の日本人の「中国アレルギー」を中和させることができるのか。それとも日中関係の悪化などで中国ブランドのイメージも低下、国民的スターも炎上してしまうのか――。
ナショナリズムのバイアスがかかるという意味では、外国企業のブランド戦略はかなり難しい。日本企業にとっても頭の痛い問題だ。
中国企業のブランド戦略から学べることは多い。
(窪田順生)
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