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2025年04月30日 12:41 ITmedia NEWS
写真家・五味彬さんによる作品集「Yellows」は、米Kodak(コダック)によって開発されたデジタルカメラで1992年に撮影された、たぶん世界でも最も早い時期に作られたデジタルカメラによる作品集だ。カシオの「QV-10」の発売が95年だから、相当早い。
その五味さんは現在、生成AIを駆使した作品「Yellows AI」の作品展などを行っている。デジタルと写真の最前線を走り続けた彼による、デジタル写真の最先端が生成AIだとするなら、その捉え方、作品制作に関する写真家の技術や考え方の変化を知った上で、「Yellows AI」やその他の現在の五味彬作品を見直すことは、今必要なのではないかと思うのだ。
「江並さん(当時、プロペラ・アート・ワークスの故江並直美氏)が、コダックが開発したデジタルカメラとプリンターを使って作品を作ってくれないかと言ってきたんです。1992年ですね。バルセロナ・オリンピックに、その機械をコダックが提供したんですが、誰も使ってくれなかったとコダックの人が言っていたんです。ぼくは新しいものが好きなので値段を聞いたら、カメラが350万円でプリンターが400万円。でも、それだけでは使えない。Macが要るって言うんです。で、江並さんに見繕ってもらって、それ(Macと周辺機器)が200万。全部で約1000万。どうにか購入して作ったのが『Yellows』でした」と、五味さんは当時を振り返る。
デジタルだからやれることを考えた結果、ラボ(現像所)を通さないため自由にヌードが撮れるのではないかということ、機材の自由度が少ないので部屋での撮影のみなど、デジタルだから可能な自由度と、当時のデジカメだからこその制約を、どちらも強みにして作られたのが最初の「Yellows」だったそうだ。
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「センサーは30万画素くらい、Rawでしか撮れないから、それをMacの専用ソフトで現像して、400万円のプリンターで出力したものを印刷所で複写製版して、本にしたんです。だから画質的にはきれいにピチッと出るんですけど、プリンターの出力はそんなにいいものじゃなくて、色がおかしいしメリハリもない。それも面白さになるように作って、それはそれで良かったんだけど、次はデータを直接印刷所に入れようという話になったんです」
そうして当時、誰もやっていなかったデータ入稿による写真集「Americans 1.0 1994 LosAngeles」(風雅書房)ができあがる。ただ、「Americans」に関しては、デジカメは機材が大き過ぎて、アメリカに持っていくことができず、普通のフィルムカメラで撮ったものをスキャンして、データ入稿という形を取った。
●新しい“写真の形”を求めて
そのまま写真を入稿せずに、わざわざ誰もやっていないデータ入稿をするというのは、出版というより、ほとんど“実験”なのだけど、それをするのが重要な時代だったのだ。マルチメディアという言葉が誕生したのが1991年。最初の「Yellows」が92年。デジタルは、まだ出力先を模索していた時代で、その一部は出版の実験場として機能していた。
「もう、トラブルだらけでした。スキャンにしても、コダックに頼んだら、縦構図の写真を横構図でスキャンしてきて、すごく小さくなっちゃって、解像度の無駄遣い。でも、サポートはしっかりしてたから、全部、無料でやり直してくれて。『Americans』の次は『Yellows 3.0』という中国人版を日本で、カメラもプリンターもデジタルで作ったんですけど、どんどん撮影してると、HDDへの転送が追いつかなくて、ディスクが熱で止まったり。データの転送も遅かったんですよ」
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他にも、撮影データが1枚単位で保存されず、1枚エラーが出ると、何百枚が読めなくなったり、それを、コダックの技術者がどうにか救出したりと、とにかく手間がかかったという。
「そうやって、コダックと付き合いができて、当時の本社に行ったときに、そこにプリクラの機械が置いてあったんです。まだ、プリクラの機械が始まったばかりで、カメラ部分はコダックが作ってるということで、シリアル番号1番のマシンがあって、要らないから持っていっていいって言うんです。プリクラで『Yellows』作りたかったからもらってきて、紙とインクを大量に買ったんですけど、まあ、その機械は、娘を喜ばせただけに終わりました」と五味さんは笑う。
しかし、デジカメの前に、Yellowsの試作版のようなものを8×10のポラロイドフィルムを使って作っていたそうだし、世界最初のデジカメを使ったと思うと、次にはデジタル入稿をやり、さらにはプリクラで作品集を作ろうと考えるという流れには、見事な一貫性が見える。新しもの好きと言っても、カメラの最先端は、画質の向上へと向かうベクトルを持ったもののはずだが、五味さんの写真への関心は、一貫してそこにはない。
「新製品のデジカメの解像度が上がって、画質が向上したとしても、それは写真としては新しくないんですよ。デジカメが新しくなるならともかく、精度が上がるだけなら、そこに興味は持てないんです。ポラロイドは、それまでのフィルムとは違う新しいものだったし、デジカメもそうでした。プリクラも、その時点での新しい『写真の形』だったし。精度が上がると、普通のカメラになっちゃうんですよ」
それはもしかすると、現在のスマホカメラでなら誰もがそれなりにきれいな写真が撮れてしまうことで、写真そのものが普通のものになってしまったことと重なるのかもしれない。最新の“写真”が持つ面白さにのみ注目して、画質や解像度といった未熟な部分を、別の何かで補うことが、プロの写真家としての五味彬の技術とセンスなのかもしれない。「Yellows」の、無表情・無機質なポートレートというスタイルも、そう考えると、とても分かりやすいような気がする。
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「最初の『Yellows』の画質や色の悪さも、それが新しい機械が撮る絵だからしょうがないんじゃないの? と思ってましたよ。そういう風になるけど、それが新しいんだからいいんじゃないの? って(笑) ただ、当時のプリンターは優秀でしたよ。モニターで見ると結構ひどいんだけど、それ専用のプリンターだから、ちゃんとキレイに8×10の大きさで出力してくれる。元々、そのプリンターはペンタゴン(米国国防総省)に頼まれて作った機械で、偵察機とか衛星から撮った写真を、補正して出力するもので、元のデータはかなり低画質だったりブレてたりは前提になってたの。ただ、軍用だから、ものすごく大きくて重い。カバーが全部鉄でできてて、潜水艦とかにもガチャンってはめられるようになってるの」
五味さんは笑うが、それが当時の写真の最先端だったのだ。そして、普通の写真は今はほとんど撮っていないという彼にとっての、新しい“写真”が生成AIとの共同作業ということになる。
●生成AIとの共同作業で写真はどう変わる?
「2022年に『Stable Diffusion』が公開されて、色々いじってみたけど、プロンプトだけだとあんまりいい感じにならなくて、自分の写真を入れてイメージを作らせたりしていたんです。そうやって、1年くらい、AIってどんなものかを探る作業をずっとやってました。その実験の一環で、例えば、黒人の坊主の女の子にミニスカートを履かせた画像を大量に生成させたりしていました」
五味さんによると、生成AIの面白さは、一つにはバリエーションをいくらでも作ってくれることだという。
「デザイナーって、いくつもバリエーションを作って、そこから絞り込むじゃないですか。そこをAIは代わりにやってくれる。それで、『バリエーター』ってアプリを作ろうと思ったんですよ。ひな形を一つ作ったら、自動的にバリエーションを作ってくれるソフトウェアで一儲けしようと思って、ボイジャーに企画を持っていったんだけど、あまり売れそうにない上に、初期投資分が出せないということで没になってしまって」と五味さん。
そして、もう一つの生成AIの良さは、実際には撮影が難しいモチーフを扱えることだと五味さん。
「ぼくがフランスにいた時に師事していたカメラマンの奥さんが、VOGUE(ヴォーグ誌)でスタイリストをやっていて、その方に聞いた、写真家ギイ・ブルタン(フランスの著名写真家)の話があるんです。その時、彼はシャネルのタイアップの仕事で、モデル10人を連れてパリ郊外で撮影していたんですけど、急にギイは、スタイリストの彼女に『子どもを10人と、その子らに合うシャネルの服を用意してくれ』と言ったそうです。で、シャネルに電話したら、今日は無理だけど、明日には用意できますということで、どうにか撮影できたと。まあ、ヴォーグとギイ・ブルタンだから可能だった撮影ということですけど、これAIならできちゃうんですよ」
五味さんは、さらに続ける。
「でも、ギイ・ブルタンでも、入れ墨の妊婦100人の写真は撮れない。それで、ぼくは、そういうシリーズで作品を作ってみました。そういうことができるのは、やっぱりAIの面白さです。ただ、これが単に非現実的な写真を作るというのでは面白くない。現実的だけど、写真作品にするとなると、ほとんど不可能みたいな線が面白いんです」
●被写体になる人が集まらない
それは、とても写真家的な考え方だと思う。虚構のリアリティを、まるでそこにあるかのように描くスーパー・リアリズムが、とても絵を描く人の発想であるように、現実のリアリティーを虚構の中にも見出したいというのは“被写体”を必要とする写真家の眼だろう。そうして、五味さんはAIによるYellowsに向かうのだけど、それにも現実的な理由があった。
「今はもう、被写体になってくれる人を集めるのが難しいんです。今は、ネットがあるから、それこそヌード写真のモデルになった場合、それがどう拡散されるか分からない恐怖があるんです。一方で、ヌードを商売にしている人はもっと難しくて、今は撮影してから3カ月の期間にでき上がったものを見て、それを発表するかどうかを決める権利を、撮られたモデルや女優が持ってるんです。だから、一生懸命に撮影しても、最終的に出せないなんてことにもなってしまう。でも、生成AIなら、その問題もないし、同じような、でも一人一人違う、その差違と同一性を見せるポートレートという意味では、バリエーションを沢山作れるAIの方が向いているんです」
そして今は、例えば「Promptchan AI」のような、女性の姿を生成することに特化したAIもある。
「『Promptchan AI』には、随分、助けられています。顔を決めたら、あとは、体形を細かく指示します。そうやって、まずモデルを作るんですね。次の日には、昨日作ったものとは違う感じの体形にしよう、という感じで、どんどんバリエーションを作っていきます。ただ、モデルはできても、Yellows的な、真正面を向いた写真は、なかなか作ってくれないんですよ。その方法を色々考えて、今は、Chat GPTと相談しながらプロンプトを作っています。それで、真正面を向かせられるようになりました」
そうして作られる五味さんの「Yellows AI」や、その他の生成AI作品は、以前のカメラで撮影していた五味作品の流れの上にあることが、はっきり分かる。つまり、写真家の表現になっている。または、作家性を感じることができる。
「写真やってたから、今、生成AIで作品が作れるけど、写真やってない人と、写真に熟知した人だと、全然違うものになりますよ。一番大きな違いは構図です。今やってる新しい『Yellows』は、浜辺の砂浜に白い壁を立てて、その前にモデルを立たせるというスタイルで作っているんですが、それを画角の中にどのくらいの大きさで入れるのか、足下の砂浜の具合はどうするか、ビキニならその形と色は? パジャマを着せるなら、その柄や皴の具合なんかを、全部、細かくコントロールしています。構図と色合いは、プロとアマチュアでは全然違いますよ。しかも、構図をプロンプトで指定するのは難しいんです。全身をとか、バストアップでというのはやってくれるけど、それをどのくらいの大きさでどこに配置するかというのは、本当に難しい。試行錯誤して、今はChat GPTと作った特別なプロンプトがあるので、それを使います。それでも、一発で決まるわけではないから、細かく調整し続けて、作品ができあがるんです」
五味さんの方法は、ほとんど写真家がモデル相手に指示を出し、現場の光などを考慮して、ファインダーを覗いて構図を決めて、何カットも撮った上で、使える一枚を選ぶという工程と、ほとんど変わらない。それなら、写真家の作家性が作品に表れるのは当たり前ともいえる気がする。
●AIで架空の広告写真も
広告写真も多く手掛けた五味さんは、AIで架空の広告写真も作っている。今はもう撮れない、時代を感じさせる写真と、それが合う舞台、文字を組み合わせて作る架空のポスターは、十分にプロの写真家の仕事だ。生成AIがあれば誰でも作れるというものではない。そして、こうやって一度作られてしまえば、それはもう過去のものとして、真似されたところでもはや新しくはない。そういう意味でも、十分に作品になるし商品になる。
「前に、まだAIも無い頃、その辺の公園で撮る『Yellows』やりたかったんですよ。遊具とか全部、真っ白な布で覆って、その前に裸のモデルを置いて。でも、AIが出てきちゃったら、そんなの簡単にできてしまうから、もうやらないんですけど。AIどころか、今ではフォトショップでもできちゃいますから。そういうのをやっても『AIでしょ』で終わっちゃうから面白くないんですよ。今やるにしても、アナログで、実際に公園に布を被せて撮らないと面白くないんです」
そう言う五味さんが、今、手掛けているのは、架空のグラビアアイドルの写真集。プロフィールまで作り込んだ、架空のアイドルを使って、それをきちんと一冊の写真家が撮ったグラビアアイドルの写真集として編集し製作する。
「ちょっと垢抜けない感じの女の子を作って、グラビアのポーズは色んなサンプルが、プロンプトも付いて流通してるから、例えば浜辺で女の子がビキニ着て立っているとか、ホテルで寝ているとか、そういうのを使って、でも似たようなポーズばっかりになるから、自分で書いたりもして、顔とスタイルはこっちで全部作って、100点くらい収録した写真集を作ろうと思ってます。プロフィールとか、全部書いて、作り込んだ架空の存在のグラビア写真集」
既に、AI作品をプリントして展示する個展も開催し、今後も予定している五味さん。実際、きちんとプリントすると、PCやスマホ上で見ているのとは、全く見え方が違ってくるのは、AIで作ろうと、デジカメで撮ろうと同じ。物理的なモノとしての存在感だけでなく、多分、写真は反射光で見ることで完成するものなのかもしれないと思わせるものがある。
「写真集も作るし、写真展もやります。最終的にはプリントに戻さないといけないと感じています」という五味さんは、現在、「Fooocus」と、Promptchan AIをメインに、よりリアルな画質を得たい場合にはRecraftを使っているそうだ。今回、掲載した作例も、ほとんど、これらで作られている。Recraftは、勝手に構図を作るのが気に入らないというあたりに、写真家の眼を感じるのだ。
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