
MABP本格始動ルポ(中編)
【國学院大の元主将は「この3年間、くすぶっていた」】
2027年のニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝)出場。
この4月から本格始動した実業団チーム「MABPマーヴェリック」が掲げている目標である。チームは、プレイングマネージャーを務める神野大地(31歳)と2名の外国人の他、箱根駅伝や実業団での経験や実績のある選手と、箱根を走れなかった新卒選手で構成されており、前者が牽引役を担う。
キャプテンを務めるのは木付琳(25歳)だ。
「國學院大時代にキャプテンの経験があり、非常に真面目な性格で、その姿勢が模範になると思ったからです」
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神野はキャプテン指名の理由について、そう語った。
木付は國學院大で箱根駅伝に3度出場(2年時に7区11位、3年時に10区3位、4年時に7区20位)。3年時からの2年間はキャプテンを務め、卒業後は地元・九州の九電工に入社。だが、思うような結果を出せなかった。
「この3年間、くすぶっていました。昨年から、競技者として上を目指していくには、今の環境を変えたほうがいいと考えていたんです。そんな折、SNSで神野さんが新しくチームをつくることを知りました」
そう語る木付が真剣にMABPへの移籍を考えた理由は、その環境にあった。九電工時代に拠点にしていた福岡では適当な練習場所が少なく、メニューによっては車で1時間半ほど移動してから走ることもあった。一方、MABPが拠点を置く世田谷区(東京都)の多摩川沿いは学生時代に慣れ親しんだ場所であり、距離走をするには最高の環境だった。さらに、砧公園では不整地での練習もできる。
また、試合環境という点でも、関東では日体大(長距離)記録会をはじめ、質の高い記録会が多く、チャレンジできる回数も多い。学生時代からお世話になっているトレーナーが都内にいることも大きかった。
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「そういった環境のよさに加え、チームを立ち上げ、ゼロからスタートするところに関われるのは、僕の陸上人生ではもうないと思いました。会社の事業や陸上界を盛り上げていきたいというところも自分の考えにマッチしたので、神野さんに(加入を)検討してもらいました」
神野からはすぐに返事があり、契約をした。MABPでは木付自身、プレイヤーとしてひと皮むけていくことが求められる。
「チームでは5000mで13分40秒、10000mで28分20秒が目標タイムになっていますが、5000mはまだ13分50秒台(13分56秒45)なので、そこをまず40秒台に乗せていきたいですね。10000mも自己ベスト(28分27秒59)の更新をしたいですが、あまり欲張らずに11月3日の東日本実業団対抗駅伝を見据えたトレーニングをして、そこにピークを合わせてチームに貢献したいと思っています」
九電工時代は九州実業団毎日駅伝、ニューイヤー駅伝ともに走ることができなかった。東日本実業団駅伝に出走すれば、箱根以来の駅伝になる。
「駅伝はどの区間を走ってもある程度、走れると思いますし、自分の役割を果たせる自信があるので、チームが求める区間で結果を出したいですね。ただ、新卒で加入した4人は箱根も走れておらず、経験が少ない。チームの力は(予選通過の)ボーダーラインギリギリだと思うので、目標をしっかりと見定め、気を引き締めてやらないと足元をすくわれる。その危機感は忘れずにやっていきたい」
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大学と比べれば、実業団におけるキャプテンの存在感はそれほど大きくないことが多いが、本格始動1年目のMABPでは木付の姿勢や言動がチームの今後を大きく左右しそうだ。
【MGC6位の実績を持つメガネランナー】
「東日本実業団駅伝は甘くない。覚悟して臨まないと」
そう言うのはメガネランナーとして知られる堀尾謙介(28歳)だ。
中央大時代はエースとして活躍し、箱根駅伝は2年時から3年連続で2区をまかされた。4年時の2019年3月の東京マラソンは2時間10分21秒で日本人トップの5位。MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)にも2019年、2023年と二度出場して15位、6位と実績は十分。そして昨年4月、MABPと最初に契約した選手になった。神野も「うちのエースになる選手」と期待を寄せている。
堀尾は大学卒業後、トヨタ自動車、九電工と経て、2024年1月からプロランナー宣言をして中央大を練習拠点にしたが、経済的には厳しい状況だった。
「(2023年の)MGCが6位に終わり、その後、九電工を退社して、ファイナルチャレンジの東京マラソンでパリ五輪を目指しました。その間は収入がなく、しかもケガをして東京も走れなかった。今後、競技を続けるにしても、合宿費用など金銭面のサポートがないと厳しいと思っていたところ、神野さんが新しいチームをつくるというので連絡をしました。僕は今、28歳ですが、あと何年陸上をやれるかわからない。時間を無駄にできないと思い、MABPに加入させてもらいました」
チームの目標はニューイヤー駅伝出場。長く実業団の世界に身を置いた堀尾の目に、今のMABPはどのくらいの立ち位置に見えているのだろう。
「正直なところ、予選を通るか通らないかギリギリのところにいると思います。全員のレベルアップは不可欠ですし、(箱根駅伝や実業団の経験のある)僕らと(経験の少ない)新卒の選手がしっかり噛み合うことも大事です」
若い選手に目を配りながら、自身も覚悟を持って駅伝に向き合うつもりだ。
「トヨタにいた時の駅伝は、チームに強い選手がたくさんいたので、自分がダメでも他の人で盛り返せる感じでした。でも、MABPは人数が少なくて、中央大4年時に中山(顕/Honda)と僕がいい走りをしないといけなかった時と似ています。ただ、僕はそういう状況のほうが走れると思っています」
堀尾は今、故障から回復途中だが、夏までには走れるようにして、11月3日の東日本実業団駅伝にピークをもっていけるように調整していく。同時に個人としての目標も追求していく。
「北京の世界陸上(2027年)、ロス五輪(2028年)にマラソン代表で出場することが大きな目標です。簡単ではないですが、ケガなく準備していけば戦えると思っています」
陸上キャリアの総決算ともいえるチャレンジがこれから始まることになる。
【実業団4チーム目となる東海大"黄金世代"】
その堀尾が「ニューイヤー駅伝出場に欠かせない」と言うのが鬼塚翔太(27歳)だ。
東海大時代、箱根駅伝は4年間で1区を3回走り(2位、6位、4位)、3区を走った2年時も区間3位の成績を収めている。"黄金世代"のひとりとして、2019年の95回大会では1区で流れをつくり、チームの総合初優勝に貢献した。学生トップランナーのひとりだったが、社会人になってからは、DeNA、NTT西日本、メイクスとチームを移籍するなか、目立った成績を残せず、「鬼塚はどうした」という声は多く聞かれた。
「自分は大学時代からアキレス腱痛を持っていて、社会人になってからも治っては痛めての繰り返しで練習が継続できなかった。それで走力も気持ちも落ち込むことが多く、NTT西日本時代はしんどかったですね。陸上をやめようとは思いませんでしたが、走りたくないなっていうのは何度もありました」
2024年5月にメイクス退社後は、所属のないまま拠点を母校の東海大に移して練習を続けていた。今後どうすべきかを考えている時、東海大の両角速監督から「MABPはどうか?」という話をもらい、神野と話をして加入を決めた。
「MABPに決めた理由は、入社してからも東海大を練習拠点とすることを認めてもらったのが大きいです。僕はこれまで3回チームを替わっているんですけど、落ち着いて練習できる環境が必要でした。大学では学生と一緒に走ることもあり、自分にとってはいい刺激になっています」
鬼塚は2017年以来、5000m(13分38秒58)、10000m(28分17秒52)ともに自己ベストを更新できておらず、まずはそこで止まった針を動かすことから始まる。
「5000mはともかく、最近は10000mが走れていないので、トラックシーズンでは10000mで自己ベストを狙いたいですね。来年の冬にはマラソンを走りたいですし、そのためにも10000mの記録が大事になってきますから」
神野やチームメイトの鬼塚に対する期待は大きい。久しぶりに走る駅伝について鬼塚は、どう考えているのだろうか。
「駅伝は、少し遠ざかっているので、どんな走りができるのかイメージがつきにくいところもあります。ただ、走るなら1区かなと思っています。単独走をこれまであまり経験してきていないですし、集団走でスタートして、最後にいくっていうのが持ち味でもあるので。神野さんからも1区で走ってほしいということも言われました。MABPに来たからには駅伝で貢献しないといけないので、11月3日に走れる準備をしていきたいです」
東日本実業団駅伝の1区は、昨年でいえば吉田祐也(GMO)らが出走するなど強者が揃う区間だ。そこで、完全復活を証明する走りを見せることがMABPをニューイヤー駅伝に導くことになる。
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