リバティアイランド、安らかに/島田明宏

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2025年05月01日 21:00  netkeiba

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▲作家の島田明宏さん
【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】

 美浦トレセンで取材した帰りしな、東関東自動車道の湾岸幕張パーキングエリアで本稿を書いている。しょうが焼き定食を注文し、カウンターを拭いてからモバイルパソコンをひらき、ここまで書いたところで呼び出された。

 味は、食べている途中、左手の親指を固定するサポーターのせいで味噌汁をぶちまけ、周りの客に謝りながらあちこち拭いているうちに、美味いんだか不味いんだかわからなくなった。私はものすごく綺麗好きなのだが、拭いて、汚して、また拭いてと、自作自演でアホらしくなった。

 食後、隣のスタバに行った。やけにコンパクトな構えだと思ったら、店内には席がなく、店外で飲むしかないという。なので、テラス席で作業をつづけることにした。目の前が駐車スペースで、その向こうの上下線を普通自動車やトラックがひっきりなしに行き来している。

 渋滞をやり過ごしがてら、たまにはこうして書くのもいいものだ――と思ったのは、ほんの数分だった。走行音がやかましいし、排気ガスで空気は悪いし、飲み終わった紙カップが風で飛ばされるわと、どうにも落ち着かない。これで切り上げ、自宅兼事務所に戻ることにした。

 前にも何度か、トレセン取材の帰りに本稿を書いた。厩舎取材は水曜日の調教終了後になることが多く、本稿の〆切も水曜日だからである。

 リバティアイランドの取材をした帰りに書いたこともあった。

 既報のように、2023年の牝馬三冠馬リバティアイランドが、4月27日に香港のシャティン競馬場で行われたクイーンエリザベス2世Cのレース中に故障し、予後不良となって世を去った。

 私にとってのリバティアイランドは、自然と畏敬の念が湧いてくる名馬で、手の届かないところにいるスターという感覚だった一方、休養中、ノーザンファームしがらきで寛いでいたときなどは、愛らしい一頭の馬として見ていた。というか、そう見ずにはいられなかった。

 取材対象にはあまり強い感情を抱かないよう気をつけているのだが、それでも、担当者に甘える仕草や、時間を置いて馬房を見に行ったら機嫌がよくなっていて、表情がまるで変わっていたときのこと、つまり、生き物として可愛いと感じてしまったときのことを思い出すと、もういなくなってしまったという事実を受け入れるのがつらくなる。

 もうひとつの連載に、追悼の意味でリバティアイランドについて書いた。レース当日に執筆を依頼されたときは、今は書く気になれないので、もう少し時間を置いてからにしたい、と、断った。ただ、故障に至った経緯に関して、関係者の責任を問う声がネット上にあった、ということが気になっていた。

 私は、2019年の夏、ディープインパクトが死んだときのことを思い出していた。大往生ではなかったが、レース中の事故ではなく、競走生活を全うし、種牡馬としても大きな成功をおさめてからの死だった。喪失感は大きかったが、悲しみよりも、素晴らしいレースや産駒を見せてくれたことへの感謝だとか、お疲れさまと言いたい気持ちのほうが強かった。

 2006年の春、メジロマックイーンが死んだときも同じような感じだった。そして、わりと日が経たないうちに、池江泰郎調教師(当時)にコメントをもらった。

 1998年の秋、天皇賞のレース中にサイレンススズカが骨折し、予後不良となったことも思い出したが、リバティアイランドやディープインパクト、メジロマックイーンほど取材していなかったこともあり、ちょっと感覚が違った。

 さらに時間を遡って、1989年の京王杯オータムハンデキャップを勝った直後に骨折して手術を受け、4日後に死亡したマティリアルのことも思い出された。今とは情報の伝わり方が異なり、リアルタイムで容態に関する話はまったく伝わってこなかった。後日、手術のあと見舞いに行った競馬ジャーナリストから当時の様子を聞いたとき、もっと早くそうした話を聞きたかったと思った。

 余談が長くなったが、連載の担当編集者から連絡をもらった翌朝、私から「やっぱり書きます」と電話した。直接取材した人間として、どう受け止めているかを、きちんと伝えるべきだと思いなおしたのだ。私の見方がすべて正しいと言うつもりはないが、誰も責められるべきではない、ということだけは、きちんと書かなければならないと思った。

 リバティアイランドは、飛び抜けて愛らしく、強い馬だった。その強さも、とても届きそうにないところから前を差し切った桜花賞で見せてくれたように、鳥肌が立つほど凄まじいものだった。だから競馬は面白い、と誰かに伝えたいときは、あの桜花賞のビデオを見せれば事足りるのではないか。驚きと感動を一緒にプレゼントしてくれた、素晴らしい名牝だった。

 天国で安らかに眠ってほしい。

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