コロナ禍から復活し、再び観光大国となりつつある日本。オーバーツーリズムの問題が全国で起こっている一方で、別の課題もある。それは繁忙期と閑散期、有名と無名な観光地における観光客数の落差だ。
例えば京都では、花見や紅葉といったシーズンには多くの観光客が訪れ、オーバーツーリズムが問題化している。一方、夏や冬には観光客が相対的に落ち込むのも特徴だ。また、同じ京都府内でも、人気観光地と知る人ぞ知る観光地とでは観光客が偏る。そこでJR東海は、30年以上続く観光キャンペーン「そうだ 京都、行こう。」で、ハイシーズンと著名観光地を「ずらす」施策を打った。
こうした課題は京都に限らず、日本中で起きているのが実態だ。沖縄県の宮古島もまた、観光客数の繁閑差と、リゾートエリア偏在の課題に直面している。特に7月から9月は観光客が集中する一方、12月から2月の閑散期には稼働率が落ち込む。
この状況の中、東京都中央区の不動産開発企業・三光ソフランホールディングス、阪急交通社、ヒルトン沖縄宮古島リゾートが提唱・実施したのが「はしご旅」だ。はしご旅とは、一度の旅行で複数のホテルに宿泊し、それぞれ異なる施設やサービス、場所の魅力を味わう旅のスタイルのこと。なぜ今、宮古島ではしご旅の需要が高まっているのか。その背景と可能性を探る。
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●宮古島の観光課題 「はしご旅」でどう解決する?
宮古島の観光客数は、コロナ禍を経て大きく回復している。空路、海路を合わせた年間入域観光客は、2020年度の35万9592人に対し 、2023年度は93万8178人と回復した。コロナ禍前は2018年度に114万3031人を記録している。コロナが終わった今、順調にいけば100万人の大台に戻るのも時間の問題かもしれない。2024年度は4月から12月までで、空路のみで既に77万2331人に達している。
宮古島を訪れる旅行者にとって、基本的な交通手段は飛行機による空路だ。一方で宮古島特有の事情もある。それはクルーズ船の寄港地となっている点だ。2019年の寄港回数は147回を記録し 、国内有数のクルーズ船寄港地といえる。クルーズ船による観光形態はコロナ禍で大きな打撃を受けたものの、近年は空路に遅れる形で回復してきた。2024年の寄港実績は53回で、2025年には144回を予定している。
宮古島の平良港では2020年4月、クルーズ船専用岸壁の供用を開始した。これにより、大型クルーズ船の受け入れが可能になったのだ。大型クルーズ船の寄港により、1回あたりの上陸者数は上昇。一時的なオーバーツーリズムの懸念もあるほどだ。だがホテル産業はその恩恵を受けにくい。クルーズ船による観光では、日中には乗客が各自で島内を観光する一方、宿泊は船内でするからだ。
そのため、5000人規模の大型クルーズ船が上陸すると 、島内のタクシーやレンタカー、島内の買い物などの需要が一時的にひっ迫してしまう。実際「病院に行くためにタクシーを利用したかったが呼べず通院を諦めた」「風邪薬が買い占められて売り切れとなって購入できなかった」といった声もあるという。
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一方、多くの人が利用する空路による観光も、季節差が大きいのが課題だ。2024年の空路入域観光客数は、最も多い8月の11万2518人に対し、最も少ない1月では4万3017人と、約2.6倍の開きがある。
また、リゾートエリアが宮古島本島のトゥリバー地区など一部地域に偏在し、観光客がそこに集中してしまう問題もある。そのため沖縄県の宮古都市計画でも、リゾート地区と市街地内の歴史・文化拠点と有機的に連結して、市街地の回遊性を高める施策を進めている。
こうした観光課題を解決するために、三光ソフラン、阪急交通社、ヒルトン宮古島の3社が協同で進めた施策が「はしご旅」だ。今回のはしご旅の観光プランは、阪急交通社が造成した。一度の旅行で複数のホテルに宿泊してもらい、それぞれ異なる施設やサービス、ロケーションの体験を提供したものだ。
この「高級ホテルをはしごするプラン」は、2024年11月から2025年1月まで販売した。1〜2泊目をヒルトン沖縄宮古島リゾート、3泊目を、三光ソフランが運営するサントリーニホテル&ヴィラズ宮古島に滞在するプランだ。観光の閑散期でも同じ島内でホテルごとの個性や立地の違いを旅行者が味わい、旅の満足度向上や体験の幅を広げる狙いがある。
3泊のうち2泊をヒルトン沖縄宮古島リゾートに選んだ理由としては、同ホテルが329室のキャパシティを持つ 大型の宿泊施設であるのに対し、サントリーニホテル&ヴィラズ宮古島では全29室に限定していて、対照的な観光体験を提供できるからだ。ヒルトン沖縄宮古島リゾートは2023年6月、サントリーニホテル&ヴィラズ宮古島は2024年3月に開業したばかりで、どちらのホテルも新しい。
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ヒルトン沖縄宮古島リゾートは宮古島本島のトゥリバー地区に位置し、市街地をはじめ宮古島内の各観光地にアクセスしやすい。そこで滞在1〜2泊目は、宮古島の中心部に近いところに滞在し、島内の各観光地を探訪。そして旅の仕上げとなる3泊目に、伊良部島にある少人数滞在型のホテルで、地元食材を生かした料理など、1〜2泊目とは別の滞在に重きを置いた体験を提供するプランとした。観光客を1箇所に集中させすぎず、島内を回遊してもらう狙いもある。
●高まる滞在型観光の需要
阪急交通社ではしご旅のプランを企画立案したメディア営業企画造成担当の佐藤雷太さんは「コロナ禍を挟んで、宿泊に重きを置く動きが高まっている」と話す。
「1回の旅行でいろいろなホテルに泊まる需要が高まっています。コロナ禍前は、沖縄7島20景を全て巡るツアーといった、まさに観光を体験するプランが人気だったのですが、今では高級ホテルに何時間滞在できるといった切り口のツアーが人気です。ここ2、3年でニーズ自体がシフトしてきているように思います」(佐藤さん)
こうした滞在型観光の人気は、宿泊予約サイトの予約動向にも表れている。例えば「オールインクルーシブ」と呼ばれる、1滞在の宿泊料金の中に、食事代や飲み物代、おやつ代などが全て組み込まれているプランの人気が高まっているという。楽天トラベルの2024年夏の調査でも、「オールインクルーシブ」を含む宿泊プランの予約泊数が前年同期比で約3.7倍に増加したという統計がある。
三光ソフランホールディングス・ホテル運営部の石谷健浩ゼネラルマネージャーは、沖縄本島と、宮古島の観光様式の違いを挙げる。
「自社の調査によると、2024年の宮古島と、沖縄本島における代表的なラグジュアリーホテルの平均泊数を比べると、1泊だけの人の割合は沖縄本島が31%に対し、宮古島は24%と7ポイント低いのが特徴です。その分、3泊する宿泊者の割合が、沖縄本島の19.3%に対し宮古島は25.8%で、6.5ポイントも高いデータが出ています」
●ホテル連携による稼働率向上 持続可能な観光地づくり
宮古島においては来島手段のフライト本数が沖縄本島に比べて少ないことや、観光コンテンツが自然に関わるものが多いことから、シーズンによって客室稼働率やADR(1日あたりの販売客室の平均単価)が大きく変動することが特徴だ。
「宮古島の閑散期には、高級ホテルでも比較的安価に泊まれます。連泊する人の中には、同じホテルにずっと滞在する人も少なくありません。こうした観光客の方々に、ホテルを『はしご』していただくことで、お客さまの宿泊体験が向上することに加え、両ホテルの宿泊者母数を増やせると考えました」(石谷ゼネラルマネージャー)
阪急交通社が企画立案したプランに対し、1〜2泊目を担ったヒルトン宮古島の反応はどうだったのか。
ヒルトン沖縄宮古島リゾートの倉内伸也副総支配人は、「宮古島はよく一括りにされがちですが、大小6つの島で構成されています。はしご旅のプランを聞いた際にまず思ったのが、1回の旅行で違う島・宿のサイズ・趣が違うホテル体験を提供できるのは良いなということです」と振り返る。
世界に名を馳せるヒルトン宮古島がはしご旅に加わり、三光ソフランの石谷ゼネラルマネージャーは「宮古島を一緒に盛り上げていくために大変心強いパートナーになると感じた」と振り返る。サントリーニホテル&ヴィラズ宮古島の畔上繁支配人も、こう話す。
「ヒルトン宮古島さまの地域活動の取り組みは、宮古島の自然や文化を未来につなげるための真摯なものであり、私たちもその思いに心から共感しています。同じ志を持つ仲間として、共に宮古島の魅力を高め、島全体の魅力発信に貢献していきたいと考え、この企画に参画できることをうれしく感じました」(畔上支配人)
一方で、企画を進める中で、小規模ホテル特有の決断を要する局面にも直面した。
「こうしたツアーを企画する際、ツアーのために前もって宿泊する部屋をおさえなければなりません。冬の閑散期に向けた企画で、さらに当ホテルは部屋数が少なく開業1年目で知名度もまだありません。この企画によって稼働率が予想を下回るリスクも覚悟しました」(石谷ゼネラルマネージャー)
サントリーニホテル&ヴィラズ宮古島の全29室のうち、ツアーで提供するデラックスルームは16室しかない。その内の10室以上を空けなくてはならないため、サントリーニホテル&ヴィラズ宮古島としてはツアーが催行されなかった場合のリスクを取ることになる。329室を擁するヒルトン沖縄宮古島リゾートとは状況が違い、それゆえ「思い切った挑戦」(石谷ゼネラルマネージャー)となったのだ。
通常、一組の宿泊者が同一のホテルに連泊したほうが、清掃回数などが減らせるため、ホテル側にとっては手も掛からず粗利益率も良くなる。こうした中、旅行者にホテルをはしごさせることで、観光体験の向上やオーバーツーリズム回避につながるだけでなく、地域のホテル全体の稼働率向上や売上増加につなげられるメリットがあるのだ。
はしご旅には、宿泊事業者同士が競い合うのではなく連携し、島や地域全体の魅力を高めようとする姿勢を感じる。この挑戦は、観光地の持続可能な発展に向けた一つのモデルケースになり得るのではないだろうか。宮古島でのホテルステイの新たな価値を提供し、閑散期にも来島者に対する裾野を広げるからだ。
今回、3社が集まり、オフシーズンにラグジュアリーホテル同士をつなぐ「はしご旅」が実施された。「オフシーズン=静かな贅沢」という新たな視点から、「夏だけではない宮古島の魅力」も発信できる可能性も見えてきた。
宮古島の魅力と、静けさの中で上質なリゾート体験を顧客に愚直に届けていく。その積み重ねこそが、宮古島全体のブランド価値を高め、持続的な成長へとつながっていくはずだ。
(アイティメディア今野大一、河嶌太郎)
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