
5年前に夫に先立たれたAさんは、近ごろ病気がちなこともあり自身の終活について考え始めました。人生を振り返ると穏やかとはいえなかった結婚生活が思い出され、その度にため息が漏れてしまいます。夫は奔放な人であったため、Aさんは金銭的にも精神的にも苦労を重ねてきたのです。子どもたちが成人し、ようやく肩の荷が下りたと思った矢先の夫の急逝でした。
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Aさんは知人のすすめでエンディングノートを用意し、少しずつ書き進めています。財産のことや葬儀のこと、そして何より気がかりなのがお墓のことでした。夫が眠るお墓は夫が生前に購入したものであったため、Aさんはどうしても同じお墓に入る気にはなれません。生前あれだけ苦労させられたのに、「あの人と同じ墓に入るのは嫌!」というのが正直な気持ちです。
子どもたちには負担をかけたくないので、自分の意思を明確に示しておきたいと考えたAさんは、「夫と同じ墓には入りません」と遺言書に記すことにしました。Aさんのこの意思は遺言によって果たされるのでしょうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。
ー夫の墓に入りたくない場合、遺言書への記述で十分でしょうか
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結婚生活を思い出しお墓に入りたくないというお気持ち、お察しいたします。その意思を遺言書に示す方法は考えを明確に伝えるうえでは有効ですが、希望に沿うとは限りません。
相続人に意思を伝えることはできるものの、その意思に従う義務は負いません。遺言書に定めて有効だと判断されるのは、財産や身分関係、遺言執行者の指定など遺言事項として限定されており、祭祀主宰者の指定を除き、お墓に関しては対象外だからです。
そのため、相続人たちがAさんを「夫と同じ墓に入れる」と決めてしまうと、Aさんの意思に反して夫の墓に納められてしまうのです。
ーAさんはどのようにすればいいのでしょうか
死後事務委任契約を利用することが考えられます。この契約は本人(委任者)が亡くなった後に発生する事務手続きを、生前に信頼できる人(受任者)に委任(任せること)するものです。
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そもそも「委任契約」は、民法653条第1号で、委任者または受任者の死亡により終了するとされています。したがって委任者と受任者の間で委任者が死亡したとしても委任契約は終了しないと合意していた場合にもこの規定が適用されるのかどうかが長く問題とされていましたが、最高裁判所による平成4年9月22日判決において、「委任者の死亡によっても委任契約を終了させない旨の合意が認められる場合には、委任契約は終了しない」と判断され、以降実務上もそのように取り扱われています。
このことから、死後事務委任契約を締結することによって「夫の墓には納骨しない」「希望する別の場所に納骨する」といった具体的な指示を、委任、準委任した第三者に実行してもらうことが期待できます。
遺言では指定しきれない、納骨に関する具体的な手続きも委任可能であるため、相続人の負担を軽減できるというメリットもあります。また、ご自身が入るためのお墓や納骨堂などを生前に契約しておくと確実さが増します。
一方で、死後事務委任契約の内容が遺言内容と抵触している場合、死後事務委任契約が効力を有しないことがありますので、遺言内容と矛盾しない契約作成に注意が必要です。
遺言書は重要な意思表示の手段ではあるものの、「夫の墓に入らない」という希望に関しては、それだけで万全ではありません。ご家族とのコミュニケーションや、場合によっては専門家に相談するなどして確実な方法で備えましょう。
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◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士 長崎県諫早市出身。大阪府茨木市にて開業。前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ行政書士事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。
(まいどなニュース特約・八幡 康二)
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