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東京・浅草の名物となった人力車。着物姿の観光客が楽しげにガイドの説明を聞きながら街を巡る光景は、今や定番の光景となった。雷門の近くで観光客に声をかける元気の良い若者の一人は、「東京力車」の名で人力車サービスを提供するライズアップ(東京都台東区)の俥夫(しゃふ)だ。
Googleマップでは6000件を超える評価が付き、星の数は満点の5つだ。人力車ビジネスの魅力とはなにか。ライズアップ社長の西尾竜太氏に聞いた。
●「お客さまのため」が高収入を生む
観光人力車とは、観光地でお客を人力車に乗せて周辺を案内するサービスのことだ。俥夫は観光ガイド役も務め、お客を会話で楽しませる。
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東京力車の料金は10分5000円から。同社では基本サービスに加え「英語対応の俥夫による案内」や「専属カメラマンによる撮影」など多彩なオプションを用意している。
「アルバイトの学生でも30万〜50万円と稼ぐ人がざらにいます」と西尾社長は語る。同社の報酬システムは三層構造だ。まずベースに時給があり、次に日々発生する賞金がある。1日の目標売り上げに対して100%以上達成すると支給し、達成率が上がるほど金額も上限なく増える。さらに、月間の売上達成率に応じて支給される「月間歩合」もあるという。
「稼げる人間と稼げない人間の大きな違いは、人に求められたかどうか。それだけです」と西尾社長。俥夫がどれだけ努力したかではなく、お客を楽しませたかどうかに尽きるという。
「例えば自分が喫茶店にふらっと立ち寄り、コーヒーを注文したのに、店員が『この店のおすすめだからぜひ食べてください』と勝手にカツ丼を持ってこられたら、きっと迷惑でしかないはずです」(西尾社長)。提供者の自己満足ではなく、顧客のニーズを第一に考えるこの姿勢が、東京力車のサービスの根幹となっている。
●顧客志向が自発的な研さんを生む
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外国人の利用客も多い人力車。接客レベルを高めるために、語学学習にも力を入れているのだろうか? 西尾社長によると、大切なのは語学力よりも「楽しませようという気持ちと表現力」だという。日本人が海外旅行に行き、そこで接客してくれた外国人の日本語がつたなくても一生懸命であれば、それほど気にならないだろう。同じように、多言語を流暢(りゅうちょう)に話せることよりも、楽しませたいという“パッション”が伝わるコミュニケーションを重視しているという。
東京力車の場合、採用後の研修期間は同業他社の3倍以上と長く、その間も給与や食事補助代を支給する。食事代まで補助するのは、観光地の食事を自ら味わい、体験として取り入れてもらうためだ。
研修で最も重視するのは「自分のためではなく、お客さまのため」という意識改革だ。西尾社長は「お金のために働いている人は表情や声色、態度ですぐに分かる」という。研修では俥夫としての技術だけでなく、日本の歴史や文化、浅草の地域知識も学ぶ。社内における「卒業検定」の突破率は10%という厳しさだ。
●逆境から生まれた事業と価値観
こうしたライズアップの従業員教育には、西尾社長が20代のころに経験した「気付き」が根付いているという。
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今からさかのぼること20数年前、西尾社長は大学卒業後しばらくの間酒やギャンブルに明け暮れていたという。当時は「自分さえ良ければいい」という考えにとらわれ、借金を重ね、借金取りが当時の勤務先に来る状況にまで追い込まれた。会社に迷惑をかけてしまうため、働いていたスポーツジムは辞めざるを得なかった。
「人間の姿をしたチンパンジーでした」――西尾社長は身勝手だった当時の自分をこう自嘲する。そんな中、人生が変わるきっかけとなったのは、日雇い労働者として借金返済に奔走していた毎日だ。
西尾社長は借金返済のために、倉庫作業、宅配業、飲食業などの日雇い労働を掛け持ちしながら、「最長60時間」も寝ずに働いたこともあったという。そんな日々を送る中、ある気付きを得た。周りの同僚や利用者のためにとにかく全力で働いていると、最初はからかわれたとしても徐々に社内の人から信頼を得て、必要とされる存在になっていくことだった。こうした経験が、「まず与える存在になる」という従業員への指導方針につながっている。
コロナ禍で観光客が激減した時期を乗り越え、浅草のインバウンド需要は今活況を極めている。ライズアップは、今後は浅草だけでなく近郊の観光地へのサービス展開も視野に入れているという。活気づく観光需要の中、どこまで業容を拡大していくか。
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