●この記事のポイント
・「いきなり!ステーキ」を運営会社、6期ぶりに営業損益が黒字に転換
・既存店舗の構造改革として「価格の適正化」に注力
・従業員に報いるため、福利厚生の見直しと、新卒採用に当たって奨学金の返還資金を負担する制度を創設
「いきなり!ステーキ」を運営するペッパーフードサービスが2月に発表した2024年12月期の決算にて、6期ぶりに本業の儲けを示す営業損益が黒字に転換したことが話題を集めている。コロナ禍で街から人の姿が消え、ECの利用が急速に拡大した半面、対面による消費者向けサービスは大きなダメージを受けた。その代表格が飲食店だが、なかでも同社は深刻な苦境にあえいでいた。創業社長によるある意味ユニークな販促活動が、SNS上で揶揄を含んだ注目をたびたび集めることもあり、一時は「閉店ラッシュ」「ブーム終焉」といった報道も目立っていた。実際のところ、その業績はコロナ以前の2019年から急降下し、5期連続の営業赤字に落ち込んでいたのだ。そんな同社が立ち直ったきっかけや取り組みに迫るべく、2022年に経営のバトンを受け取った一瀬健作社長に、この6年間をじっくりと振り返ってもらった。
●目次
同社は1985年の創業から37年にわたり、創業社長である一瀬邦夫氏の手腕によって業績を拡大。2013年に開店した「いきなり!ステーキ」の大ヒットで、2019年には全国で500店体制となるが、そこからの数年はまさに転落という言葉がふさわしい苦難の道のりだった。その渦中において、現社長の健作氏はどのようなことを考え、立て直しに取り組んでいたのだろうか。
「500店体制になったのは年末でしたが、実は2019年の春頃から、各店舗の損益状況が悪化していることはわかっていました。当時、いきなり!ステーキは高原価で質の高いステーキを気楽にお召し上がりいただける店舗スタイルが新しかったこともありましたし、来店回数が増えるほどお得にご利用いただける会員サービス「肉マイレージ」が非常に好評でした。仮に1回のご来店で300gのステーキを召し上がっていただくとして、10回ご来店いただくと3kg達成となり、ゴールドカードが取得できます。特典としてお食事券や誕生日のステーキ無料プレゼント、毎回のドリンク無料などを提供し、多くのファンがついてくださいました。
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ただし、この肉マイレージは拡大局面では非常に有効な仕組みなのですが、それが終わったところで、逆に収益への重石へと変わる面があったのです」
当時、いきなり!ステーキの魅力に取りつかれたファンは、およそ3カ月程度でゴールド会員を達成することが多かったという。すると、それ以降はもちろん常連客をつなぐ効果は大きいものの、サービス提供のコストは増えてしまう。結果、肉マイレージが人気化すればするほど、利用1回あたりの利益率は低下していくこととなった。
「それでも売上げが拡大し続けていけば、スケールメリットでコスト増大を吸収していくことは可能です。そのためにも積極出店を行っていたのですが、店舗数が増えるにつれて商圏の重複が起こるようになり、店舗当たりの収益が減少に傾いていきました。
たとえば池袋、新宿といった好立地であれば、潜在顧客が多いので店舗数が増えるほど利益はついてきます。ここで経営判断を誤ったのが、郊外や地方の出店においても都市部と同じようなドミナント(地域独占)戦略をとったことでした。郊外の1店舗で2000万円の売上げがあったとして、これが3店舗になり店舗当たりの売上げが1000万円に減少すると、合計しても3000万円の売上げにしかなりません。弊社は元々、薄利多売なビジネスです。そこに売上げの伴わない店舗運営コスト増大が降ってきたわけですから、利益がついてこなかったのも当然のことでした。その結果、2019年12月期には過去最高の売上高675億円を記録したものの、上場以来初となる、27億円もの営業赤字を計上することになります」
まず出店計画をすべて中止し、これ以上の出血を止めなければいけない。当時、CFO(最高財務責任者)を務めていた健作氏はこう主張し、2020年以降の出店を取りやめて原価の見直しや既存店舗のサービス向上に取り組んだ。これに加えて、食い合いが大きい地域から店舗閉店を進め、2019年には41 店舗を閉鎖。閉店コストはかさむ一方だったが、縮小均衡のための向こう傷は避けようがない。金融機関の理解を得てなんとか資金繰りをつなぎ、薄氷の上を歩む日々が続く同社を、無情にも新型コロナウイルスという特大の災厄が襲った。
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「ご承知の通り、弊社を含む全国の飲食店は2020年春からたびたび、休業や小規模・時間制限付きの営業を余儀なくされました。飲食事業は、日々の売上げがなくなれば当然、運営資金が回りません。ひたすら閉店、撤退の期間が続き、2021年までに267店舗を閉鎖しました。苦渋の決断でしたが、新株予約権の発行による資金調達も行い、既存の株主様にもご迷惑をお掛けしました」
事業継続への綱渡りを続ける中、2020年夏にはファストフードスタイルで廉価にステーキやハンバーグを提供する「ペッパーランチ」事業の売却に踏み切った。
「ペッパーランチは7割の店舗がフランチャイズによる運営でしたので、売上高はいきなり!ステーキには及ばないものの、店舗も従業員も抱えない分、収支は良好でした。この売却で85億円の資金を得て立て直しを続けることができ、本社縮小による経費節減と原価率のさらなる見直し、早期退職者の募集と手を打っていきました。もちろんコストカットばかりでなく、販売促進とサービス向上も継続して取り組んでいかなければいけません。そのためにも、従業員の給料だけは絶対に手を付けないことを誓いました」
こうして2022年まで地を這うように立て直しを進め、この間にコロナが落ち着いてきたこともあり、ようやく前向きに会社の将来を考えられる段階になってきたという。ここで、創業者である邦夫社長と、当時CFOを務めていた健作氏の間で、意見の食い違いが表面化することとなる。
「前社長は、以前のように高原価・低価格のメニューで再度打って出たいという意見でした。これに対して、私は着実に利益を出す体制を作るため、既存店の改善に集中したいと主張しました。現実に沿ったコストコントロールと店舗運営の向上、従業員のモチベーションアップといった、地道な取り組みを続けることが重要だと考えていたのです。
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コロナ禍でも少しでも多くのお客様にご来店いただけるよう、メニューアイテム数を増やしていたことに加え、為替が円安に振れていくことで、仕入れコストは以前より増加していました。この状況でもう一度薄利多売に振った場合、どれだけ売上げが伸びれば採算が取れるのか? やってみましょうということで、前社長の音頭取りによって、2022年夏に人気商品のワイルドステーキ150gを、1000円という破格値でお出ししたのです」
当然のことながら、来客数は大幅に伸びた。売上げも4割増となったものの、結局は赤字価格なので、売れれば売れるほど赤字が大きくなってしまう。いずれスケールメリットが出て利益はついてくるという前社長と、適正な価格で利益を確保しながら従業員の協力を得て、時間をかけて構造改革を推進したい健作氏の間で、意見の溝は結局埋まることはなかった。
「最後の最後はもう、ひたすら説得です。対立とか喧嘩とかそういう次元ではなくて、要は次失敗したらもう会社は持たないと。とにかく、走り出した黒字転換への道筋を断ち切るわけにはいかないという思いを訴えて、何とか2022年夏の社長交代にこぎつけたわけです。現在、前社長が弊社の株式を5%程度保有していますが、弊社での肩書きは一切なく、経営にはまったく関わっていません。親子ですから雑談ぐらいはしますけどね」
既存店舗の構造改革として、同社は「価格の適正化」に注力していった。
「以前は原価率が高いことを売りにして集客をしていたわけですが、時代はデフレからインフレに変わりました。これに対応するために、品質を担保するための原価はしっかりかけたうえで、それをボリュームでカバーするのではなく、お客様にも理解を得られる形で、適正にお支払いいただく価格設定を追求しました。
そしてもう1つ、黒字転換の大きなバネになっているのが、従業員の定着率が上がったことです。コロナに苦しめられながらひたすら店舗クローズを続けていた時期は離職率も高く、これが続けばお客様に提供する商品の質やサービスに響く、という危惧がありました。そこで、立て直しに協力してくれる従業員に報いるため、福利厚生の見直しと、新卒採用に当たって奨学金の返還資金を負担する制度を創設。キャスト(アルバイト)からの社員登用が増えましたし、従業員の前向きさが戻っている手ごたえを感じます。新商品の開発や、肉マイレージが貯められるアプリの改善も進めています。とにかく総力戦で、思いつく改善策をすべてコツコツやってきたということに尽きると思います」
ここにきてさらに、インフレによる原材料のコストアップが加速している。この対応策はどうか。
「まず、牛肉に関しては契約の期間を以前より長くしました。米国や豪州からの牛肉の調達に当たり、基本の契約期間は3カ月です。これを6カ月に延ばすことで、延ばした期間は予期しないコストアップを避けることができます。全国規模で均一なサービスを展開するためには、節約ももちろん大事ではあるのですが、それ以上に仕入れ価格を平準化させることが重要なんです。結果、原価率をコントロールしやすくなり、お客様に提供する商品の質やサービスも安定させることができます。安く仕入れられたから安く売る、原価が上がったから価格もバンバン上げるとやっていたら、お客様はついてきてくれないですよね。
ここにきてお米もとんでもなく上がっていますが、お客様にしっかりと美味しいご飯を提供するという部分は変えていません。昨年11月にライス・ライス関連セットを一律30円の価格アップをさせていただきましたが、ライスの大盛り無料、おかわり1杯無料は続けています」
大盛りやおかわりで追加料金を取るように変えるのは簡単だが、顧客に対するサービスの低下となる。そして、さらに影響が大きいのが「従業員のモチベーション」だという。大盛りやおかわりをお客様に申し付けられるたびに、有料になりましたと頭を下げてもらっていては、お客様も従業員もその都度、イヤな思いをするだろう。これでやる気がそがれてしまってはあまりにもったいない。であれば、コストアップはできるだけ企業努力の中で吸収し、良いサービスは少し値上げをさせてもらってでも続けることを選択した、と健作氏は語った。
ステークホルダーとして、株主の方々にも当然恩返しをしていきたいと健作氏は力を込める。
「株主の方々からも、株主総会の場で、応援のお言葉を頂戴しています。そのお言葉に甘えず、黒字を定着させたうえで成長戦略を実行し、株価という指標で株主の方々に報いていきたいと考えています。
今後の成長という部分では、福岡県の「ブランチ博多パピヨンガーデン」という商業施設に、5年ぶりの新規出店を行いました。ご家族やグループでのご利用がしやすいファミリーレストランタイプの客席となっており、タブレット端末によるオーダーを導入するなど、弊社としては新しいタイプの店舗です。当店が非常に好調なので、今後の積極展開に向け準備を進めています。また渋谷・新宿といった都心でも、繁華街立地のモデルになるような新店舗を開発していくことを、直近の課題として取り組んでいきたいと考えています」
会社の体質をトップダウンからボトムアップへと変えてきた、と健作氏は語る。反転攻勢への布石を愚直に打ち続ける二代目社長は、気負いのない柔和な笑顔を崩さない。これこそがきっと総力戦を戦うにふさわしい、今どきのリーダーシップの姿なのだろう。
(文=日野秀規/フリーライター)
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