パナソニックが開発した「ととのう風」 サウナ施設で自然の風を再現する理由

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2025年05月06日 08:20  ITmedia ビジネスオンライン

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サウナの常識を覆す!屋内でも「ととのう風」が吹く

 パナソニックグループの空質空調社(東京都港区)は、乱れの少ない自然のゆらぎを再現した「風」を人工的に作り出す気流デバイスを開発した。2024年8月から都市型サウナ「HUBHUB御徒町」、9月から「大磯プリンスホテル」の温泉・スパ施設にて、同デバイスの実証実験を行っている。


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 サウナ、水風呂、外気浴(休憩)を繰り返すことで「ととのう」感覚を得られると言われる。だが、都市部のサウナでは、スペースの都合で自然な風に触れる外気浴が難しいという課題がある。


 そこで、屋内の休憩スペースに気流デバイスを設置して、「ととのう体験」を生み出せないかと考えたわけだ。空質空調社では、この人工的な気流を「ととのう風」と名付けて各所で展開している。


 「ととのう風」は、どのように作られるのか。実証実験の結果から、どんなことが分かってきたのか。空質空調社 コーポレートコミュニケーション部 広報課 課長 寺嶋秀市氏、クリエイティブセンター ビジネスデザイン課 シニアデザイナー 鈴木慶太氏、同クリエイティブ・ディレクター 小田一平氏に取材した。


●どうやって「ととのう風」を作っているのか


 「空気から、未来を変える。」をブランドスローガンに掲げる空質空調社では、換気送風機器や空調機器などをグローバルに展開している。100年を超える空気の研究に水のテクノロジーをかけ合わせ、さまざまな事業を展開するなかで、「自然の風」を屋内で再現する技術が生まれた。


 「まず、自然豊かな屋久島の風を採取して、心地いい風の特徴を分析しました。その結果、『乱れが少なくなめらか』『体の一部ではなく全身で受ける』『人間が本能的に心地よさを感じる1/fゆらぎ』の3つの特徴が明らかになりました。そうした風を再現したのが『ととのう風』です」(寺嶋氏)


 その真逆が一般的な扇風機の風で、「乱れのあるバサバサした風」「体の特定部分に当たる」「ゆらぎのない一定パターン」の特徴があり、これらがストレスの原因になるようだ。


 「ととのう風」を再現したデバイスは、ホテルや住宅になじむよう細長い羽根板を平行に並べた「ルーバーデザイン」を基本とする。開放感を損なわず適度な目隠しになるため、近年人気が高いそうだ。


 木目板の1本1本に細長い切れ込みが入っていて、そこから風が出る仕組み。ファンは床下など見えないところに隠し、ソフトウェアを使って1/fゆらぎを再現している。板から風を出すことで、周囲の空気が誘引されて気流が発生し、それが全身で感じるやわらかい風になる。風の強さはコントロール可能だ。


 エアコンと併用する際は、エアコンの風の流れを踏まえ、互いに干渉しないように設計する必要があるという。


●サウナ施設の休憩スペースで実験


 当初は、気流デバイスをオフィスやホテル、住宅などに導入しようと、実際に体験できるショールームを設けて提案していた。ただ、小規模で設置する場合、数百万円と高価格帯になるため導入がなかなか進まなかった。


 そんなとき、日本サウナ学会から「全国にたくさんあるサウナ施設で展開してみては」という提案を受け、サウナにおける「ととのい体験」の価値を上げる取り組みとして実証実験を始めた。


 「ととのい体験は、『心拍数の変動』に関連しています。サウナ、水風呂を経て、最後の外気浴の際に心拍変動が高いほど、『ととのっている』と評価されます。その基準に当てはめたとき、『無風』『扇風機』『ととのう風』を比べると、『ととのう風』が最も高い結果となりました」(小田氏)


 2024年8月、三井不動産グループが運営するサウナ施設「HUBHUB御徒町」で実証実験を開始した。高架下の遊休地にトレーラーハウスを設置して作られた施設で、室内にはフィンランド式サウナ、水風呂、休憩スペースがある。


 休憩スペースは四方が壁に覆われていて、天井と壁の間に隙間がある。外気は入るが風が通り抜ける設計ではない。このように大部分が密閉された、あるいは完全な密閉空間の休憩スペースを備えるコンテナサウナは全国に多くあり、感電のリスクがあるため、扇風機の設置も難しい。そこで、コンテナサウナへの将来的な導入を視野に入れ、HUBHUB御徒町に設置したという。


 本実証実験にあたり、「ととのい体験」をより向上させるために、気流デバイスにハイレゾサウンドスピーカーを内蔵した。人の耳には聞こえない高音域や繊細な音を再生できるスピーカーで、森林などの心地よい環境で発生する音を再現している。この人間の可聴域を超えた音を肌から吸収することで、リラックスしやすくなるそうだ。


 利用者から「風に包まれる感じがある」といった感想は得られているが、現時点では「ととのい体験」の向上にどのくらい寄与しているかのエビデンスは取っていない。季節に応じた心地よい風の強さなどは、ある程度分かってきたため、今後は数値の検証を予定している。


●大磯プリンスホテルは、景色を楽しめる仕様に


 2024年9月には、大磯プリンスホテルの温泉・スパ施設「THERMAL SPA S.WAVE」の屋内スペースでも実証実験を始めた。


 「野外に外気浴スペースがあるのですが、夏は暑く冬は寒いので、室内で休憩する方が多いんです。同施設は窓から海を望む開放的な特徴があり、そのメリットを生かせるようデバイスのデザインを窓枠のように設計しました」(小田氏)


 大磯プリンスホテル向けに設計したデバイスは、下部に椅子になる台を作り、そこにファンを内蔵。左右の切り込みから吹き出る風を窓ガラスの中央でぶつけることで、窓を通して流れてくるかのような風が生まれるという。


 「同事例を公開してから、『うちのホテルにも入れたい』とお声をいただくことが増えました。利用者からの『気持ちいい』という声も聞かれますが、見た目では気流デバイスだと分からないので、風が出ていても気付かない方が多いようです。風は目に見えないので、このあたりは課題ですね」(小田氏)


●家庭用の販売も目指している


 現在、沖縄と東北でオープン予定の数件のホテルから「導入したい」との依頼があり、特注で設計して対応予定だという。


 「まだ商談中ですが、気流デバイス単体の販売ではなく、各部屋のエアコンなど空調機器もまとめて販売して利益につなげる予定です。気流デバイスは室内の空調設備と干渉しないよう個別に設計しなければならず、広く普及させる家電を得意とする当社にとってはハードルが高いのです」(寺嶋氏)


 沖縄と東北で引き合いがある理由は、「窓を開けづらいからだろう」とのこと。沖縄は暑すぎる、東北は寒すぎるといった環境的な理由で窓が開けられず、自然の風を生み出す気流デバイスが好都合のようだ。


 まずは、B2Bで大型施設に導入していき、将来的には一般住宅の脱衣所などで使用できる簡易タイプの販売も目指している。パナソニックは、東京ガスと大阪ガスのOEMとして浴室向けの「ミストサウナ」を生産しており、実はかなりのシェアを占めている。そこで、ミストサウナと掛け合わせ、「自宅でもととのう」製品としてアプローチできないか考えているという。


 数年前から続くサウナブームで、全国のサウナ施設は1万件を超えるという(サウナのデータベースサイト「サウナイキタイ」参照)。一方で、混雑やコスト増、マナーの悪い客がいるなどの理由からサウナ離れも起きているようだ。家庭向けが現実的な価格帯になれば、引き合いが増えるかもしれない。


(小林香織、フリーランスライター)



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