画像はイメージです 迷惑行為を行う人間にはいくつか種類がある。特にやっかいなのは、自分たちの世界に入り込み、周囲が見えなくなる“劇場型”タイプだと筆者は思う。周囲の視線をもろともしない彼らは、いともたやすく想像の斜め上を越えていく……。
小暮圭介さん(仮名・40歳)も、うんざりするような事態に巻き込まれたうちのひとりだ。
◆人がまばらな電車内でカップルが口論
「なんとかしなければと思い、焦って止めようとした自分が馬鹿だったと思わされる体験でした」
ある冬の日、小暮さんが夜遅くまで残業し、疲れ果てて帰宅した時のこと。
「乗り込んだ終電間際の電車は混んでいましたが、終点に近づくにつれ、だんだんと空いていって。人がまばらな車内、斜め前の席にはカップルの姿が。一見仲が良さそうでしたが、突如怒った様子で話している声が聞こえてきたんです」
気になってカップルの方を見ると、年恰好からして大学生のようなふたりが言い争っている。
「聞こえてくる会話からすると、彼が遠方に転勤になり、彼女は会えなくなるのが嫌だと言って怒っていて。最初のうちは彼も優しく『仕方ないだろ』と言っていたんですが、責め続ける彼女に『せっかく内定とったのに辞退しろって言うのかよ!』と怒り出したんです」
◆彼女が「飛び降りる」と言い出し…
他の乗客もふたりの口喧嘩に注目していたが、ふたりはまるで気にする様子もなく、口論はヒートアップしていった。
「彼女は『大学を辞めて自分も一緒に行く』というのですが、彼に『絶対にダメだ』と反対されていました。そんな押し問答がしばらく続くと、『一緒に居れないのなら死ぬ』と彼女が言い出して……。でも彼は『いい加減にしろよ。だりいな』とひどく冷たい様子でした」
どうなるのだろうと思っていると、彼女が驚きの行動に出た。
「彼女の方が席を立って、自分が座っている側のベンチシートにやってきました。そして窓を開けて『ここから飛び降りるから』と言うんです。それでも彼はまともに取り合わず『やれるもんならやってみろよ』と答えていました」
彼女は「本当に死ぬから」と言い、彼は「やってみろよ」と答える。そんな応酬が続き……。
「『本当に死ぬから』と彼女が言い、席の上に立ち上がったんです。それで開いている窓に身を乗り出したので、本当にヤバいと思いました」
◆慌てて止めに入ろうとしたのだが…
小暮さんの席からは少し距離があった。慌てて席を立って、彼女のいる場所に走り出した時だった。
「窓から身を乗り出している彼女が彼を振り返って笑い出したんです。えっと思っていると、彼女が『いやいや、いい加減とめてよ』と言い、彼も『正直、今回はガチかと思ってちょっとビビったわ』と言って笑っていました」
ふたりはゲラゲラと笑いながらドアのほうに移動し、そこでイチャイチャし始めた。
「会話の内容から察するに、こうした茶番劇を繰り返しているようでした。『死ぬ』『死なない』のやり取りをするのがマイブームになっている感じで……そのまま仲睦まじく電車を降りて行きました」
「心配して止めようとした自分を心底バカらしく思った」という小暮さん。女性が開けた窓は開けっぱなしのまま。色々な意味でサムイ思いをした経験だったという。
<TEXT/和泉太郎>
【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め