旧ビッグモーター事業承継から1年、WECARS組織改革の舞台裏…不正を根絶

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2025年05月06日 12:30  Business Journal

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WECARS代表取締役社長・田中慎二郎氏

●この記事のポイント
・WECARS、旧ビッグモーターから約4200人の従業員を受け入れて、不祥事の再発防止に取り組んでいる
・ノルマは廃止して、定性項目を評価する人事制度に変更
・顧客に対して押し売りをするのではなく、提案することをマニュアルやロールプレイで学習


 伊藤忠商事などが出資したWECARSが、保険金の不正請求など一連の不祥事で経営難に陥った旧ビッグモーターの事業を承継して1年を迎えた。旧ビッグモーターから約4200人の従業員を受け入れて、不祥事の再発防止に取り組んでいる。WECARSは全国46都道府県に245の店舗を擁し、中古車販売と買取、車の整備、それに鈑金塗装の事業を展開している。店舗も事業内容も、保険金の不正請求問題などの不祥事で経営難に陥った、旧ビッグモーターとその子会社から引き継いだものだ。

 伊藤忠商事とエネルギー事業を手がける伊藤忠エネクス、それに投資ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズの共同出資によって設立され、旧ビッグモーターの旧経営陣は経営に参画していない。かつて約6000人いた社員は約3分の1が辞めて、約4200人がWECARSに引き継がれた。今回、伊藤忠商事出身のWECARS代表取締役社長、田中慎二郎氏に取材し、1年間に実行してきた改革や今後の課題などについて聞いた。


●目次



不祥事の再発防止のためにコンプライアンスの徹底を図る
1年かけて取り組んできた組織風土改革に手応え
最大の苦労は失った信頼を取り戻すこと

不祥事の再発防止のためにコンプライアンスの徹底を図る

 田中氏は社長就任以来、自ら全国の店舗を訪問し、店長や工場長らと対話を重ねてきた。同時に、不祥事の再発防止のためにコンプライアンスの徹底を図っている。その具体的な取り組みを明かした。


「不正を行う3つの要素に『動機』と『機会』、それに『正当化』があります。この3つを取り除くことに取り組んできました。旧ビッグモーター時代にあった『動機』は、ノルマがきつく、達成しない場合は降格するなど過度な待遇悪化に結びついていたことです。ノルマは廃止して、定性項目を評価する人事制度に変えました。ただ、成果を出した人に対するインセンティブはモチベーションにつながるので、なだらかなものに変えて残しています。


『機会』の一つは、不正があった修理や車検の業務です。工場の多くが法令違反と認定され、37工場が車検業務を行う指定工場を取り消されました。現在は国土交通省に10項目の改善計画書を提出して、以前はなかったマニュアルの作成や巡回監査などを実施して、店舗で不正ができない仕組みだけでなく、不正して利益を出しても評価しない文化を作りました」


1年かけて取り組んできた組織風土改革に手応え

『動機』と『機会』を取り除いた上で、不正の『正当化』をさせないために、力を入れているのが組織風土改革だ。


「かつての社内のコミュニケーションは、上意下達だけの一方通行的なもので、社員は物を言えない状況でした。引き継いでからは、社内の風通しを良くするための取り組みを重ねてきました」


 取り組みの一つが、ハラスメントや下請法などの法令について、動画を見て学ぶ研修だ。外部の企業が制作したものだけなく、自社で制作したものも含めて、週1回、8か月間にわたって研修を実施。動画はロールプレイ形式の演出で、何をしてはいけないのかを具体的な事例で学んだ。


 もう一つは一体感を醸成すること。社内報を月2回発行して、田中氏が毎号トップとしてのメッセージを発信しているほか、全国の店舗から毎回2店舗を紹介している。他にも各店舗で顧客との間で問題が起きた際には、幹部と共有して解決を目指す体制(即一報制度)を作ったほか、内部通報制度も整備した。田中氏は組織風土改革に手応えを感じている。


「私たちが4200人の社員を引き継いだ時点で、旧経営陣や、不正を指示するなど悪いことをしていた人たちはすでに会社を去っていました。ただ、他の社員についても、ビッグモーターの看板を支えている意識は薄かったのではないかと感じています。現在は一人ひとりがWECARSを支えていることを理解してもらおうと、社内報ではさまざまなメッセージを発しています。


 すると、最近は社員の皆さんからのフィードバックが変わってきました。コンプライアンス対策本部が実施したアンケートでは、最初はコンプライアンスの取り組みに対して『本気だとは思えない』『形だけだ』といった回答が半分以上を占めていましたが、今はほとんどの社員が、会社が本気で取り組んでいると認識しています。一番嬉しいのは、店舗にいる社員が明るくなったことですね」


最大の苦労は失った信頼を取り戻すこと

 組織風土改革とともに、顧客への対応も大きく変えている。徹底しているのは、透明性を確保することだ。


「お客様に対しては押し売りをするのではなく、提案することをマニュアルやロールプレイで学んでもらっています。重要なのは、車を販売する際の価格と、買い取る際の金額について、全ての情報を開陳して透明性を確保することです。整備の場合は写真を撮ることで、どんな整備をしているのかをわかるようにしています」


 しかし、まだまだ取り組みが伝わっているとは言いがたい。現状の販売台数は、事業を引き継ぐ前に比べて約5割、整備についても5割を超えている程度。田中氏はビッグモーターがWECAERSという新しい会社に変わったことが、十分に知られていないことも要因にあると見ている。


「WECARSの認知度はまだまだ低いです。あるいは、経営陣も会社の考え方も変わったことが伝わらず、ビッグモーターが名前と看板を変えただけの会社だと思われているのかもしれません。ただ、少なくとも1年前の状況とは変わってきました。以前利用していただいた方が徐々に戻ってくるとともに、中古車の繁忙期である1月から3月にかけては、新規のお客様も増えてきました。認知度を高めていく努力をもっとしなければならないと思っています」


 1年が経った現在の状況を、田中氏は「想定通り」と表現する。その真意を次のように説明した。


「この1年で最も苦労してきたのは、お客様にいかに信頼してもらって、店に戻ってきていただくかということです。もちろん私たちは努力しますけども、皆さまがどう感じるのかまではコントロールできません。店頭でなじられることはほとんどなくなったと聞いていますが、『不正をした会社だろう』と言われることは、これからもあるでしょう。1年経った今の状況は想定通りです。これからも失った信頼を取り戻すことが最大の挑戦ですね」


 WECARSには伊藤忠商事から田中氏を含めて約20名、伊藤忠エネクスから50人以上が移籍して改革を進めている。不正請求が起きた保険業務は廃止して、伊藤忠商事グループの「ほけんの窓口」の店舗を大型店に順次併設しており、今年6月末までには全国に130ある大型店全店に設置される予定だ。また、車検や整備についてはグループ会社が出資するナルネットコミュニケーションズとの協業も進めている。田中氏は2年目の抱負に、組織風土改革を続けることを挙げた。


「伊藤忠グループや取引先とのネットワークによってBtoBのお客様が増えれば、経営は安定していくと思っています。ただ、伊藤忠商事の岡藤正弘会長からは数字については何も言われず、組織風土を変えるのが先だと言われています。最終的には店舗の周りの人たちに支持されるかどうかで商談数が決まります。2年目も組織風土改革を続けていくことで、お客様にも変わったと感じていただけると思っています」


(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)



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