CX-50(jetcityimage - stock.adobe.com) マツダが50〜61歳で勤務経験が5年以上の従業員500人を対象とした、希望退職者を募集すると発表しました。事務職が中心で、セカンドキャリア支援が目的だとしています。しかし、マツダはアメリカが主戦場で、輸出比率が高いことが特徴。トランプ関税に備えた動きと見ることもできます。
本記事では中小企業コンサルタントの不破聡が、根強いファンを持つ自動車メーカー・マツダの現状をレポートします。
◆人事領域において切迫している?
希望退職者募集後の4月25日、人事戦略の策定と人事施策を柔軟かつ迅速に遂行できる体制を整備するとして、組織改革も発表しました。組織風土変革推進部と人事改革推進部を廃止し、戦略人事部を新設するというもの。
人事改革推進部は、元従業員を再雇用する「アルムナイ制度」を導入するに際して、2024年に立ち上げたばかりの組織。さらにマツダは組織風土改革プログラム「ブループリント」を立ち上げ、管理主導型から現場主導型への転換を促そうとしていました。その主軸となる組織風土変革推進部や人事改革推進部を短期間で廃止していることから、人事領域において切迫している様子が伝わってきます。
◆“アメリカで好調”のホンダと何が違うのか
マツダは北米の販売比率が高いのが特徴です。2024年4-12月におけるグローバル販売台数の48%は北米が占めています。国内を含めても30%以上。しかも、北米の販売台数は前年比で22%も増加していました。主力車である「CX-50」や「CX-70」、「CX-90」といったSUVがアメリカで強く支持されているのです。ハイブリッドモデル「CX-50 HEV」も市場投入し、堅調に販売台数を伸ばしていました。
問題はアメリカの現地生産割合が低いこと。わずか2割しかありません。日本からの輸出が5割、メキシコからが3割であり、トランプ関税の逆風を真正面から受けてしまうのです。
同じくアメリカで好調な日本の自動車メーカーにホンダがありますが、現地で100万台を生産しています。アメリカの販売台数は142万台。3割程度増産すれば、9割相当を現地で生産できるようになります。
しかも、マツダは販売奨励金が2024年4-12月の営業利益を1000億円以上下押ししていました。販売奨励金とは、メーカーが販売店に支払う販売促進費のこと。いわゆるインセンティブで、販売店は値引きなどにこれを活用します。
つまりマツダは、主力の北米エリアでも販売奨励金に頼った営業を行っており、トランプ関税の影響をコストとして吸収する余力がありません。これは高付加価値戦略をとっていたトヨタとは真逆です。
アメリカへの輸出車に関税が課されれば、消費者に価格転嫁せざるを得なくなる可能性が高いのです。
◆トランプ関税によって想定されるのは…
マツダには更なる逆風が吹いています。トランプ大統領は4月29日に米国内で自動車を生産するほど、関税負担を少なくするという方針を発表しました。現地生産や調達が多ければ2年は優遇するというのです。現地生産比率が高いのはライバルのホンダ。優遇措置によってホンダ車の価格が相対的に安くなれば、マツダの苦境が際立ちます。
今から生産拠点を移すのは簡単ではありません。主力市場のアメリカで自動車が売れなくなければ、輸出の5割を占める日本での減産が視野に入ります。
マツダは山口県の防府工場で多くのアメリカ向けの車種を製造しています。2024年はおよそ32万台を生産しました。この工場ではおよそ2万1000人が働いています。防府市の雇用や産業を支える重要な拠点です。
巨大な生産拠点には部品を供給する関連企業も多く、中小企業への影響も大きなものになるでしょう。
◆“かつての日産”が脳裏に浮かぶ
5月2日に赤沢亮正経済再生相が日米の関税協議に関する記者会見を行いました。「両国間の貿易拡大、非関税措置、経済安全保障面の協力など具体的な議論を進めた」と語っています。石破茂首相は早く妥結すればいいものではないとの立場を示していますが、これはその通りでしょう。焦って結論を出せば国益を譲ることにもなりかねないからです。つまり、関税問題は長期化の様相を呈してきたのです。
脳裏に浮かぶのは大胆な経営改革を行ったかつての日産。カルロス・ゴーン氏によるリバイバルプランは5工場の閉鎖、2万1000人の削減というもの。バブル崩壊後の深刻な景気後退を象徴するものでした。今の日本も深刻な景気後退局面のすぐ目の前にいるように見えます。
◆せっかくの賃上げムードに冷や水が…
ただし石破茂首相は、政府・与党が一丸となって国民の生活と雇用、産業を必ず守り抜くとの姿勢を強調しています。企業向けの支援策として、全国に1000箇所の特別相談窓口を設け、資金支援に取り組んでいます。副大臣や政務官などを自動車産業の集積地に派遣し、影響の把握にも努めました。
政府がバックアップすると宣言していることからも、関税の影響で景気が後退し、即座に大量のリストラを断行するまでには至らないかもしれません。
しかし、懸念されるのは賃上げ圧力の停滞。マツダは2025年春季労使交渉で労働組合の賃上げ要求に満額回答しています。総額で月1万8000円の賃上げを行いました。しかし、関税の影響で十分な利益が出ない、または赤字に陥れば賃上げを行う余力を失います。
そして割を食うのが氷河期世代。2024年、経団連は年代別のベースアップ配分を調査しています。一律定額配分という回答が51.1%だったものの、30歳までの若年層は34.6%だったのに対して、45歳以上のベテラン層はわずか1.1%でした。すでに氷河期世代は賃上げにおいて後れを取っていたにもかかわらず、アメリカの一方的な関税措置によって更なる悪影響が及びかねないのです。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界