島本和彦『ヴァンパイドル滾』と藤田和日郎『シルバーマウンテン』ーーレジェンド漫画家がW新連載に込めた「現代的」な挑戦

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2025年05月11日 08:00  リアルサウンド

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「週刊少年サンデー」2025年23号(小学館)

※本稿では、『ヴァンパイドル滾』と『シルバーマウンテン』の第1話の内容に触れています。両作を未読の方はご注意ください。(筆者)


 「週刊少年サンデー」2025年23号(小学館)にて、島本和彦『ヴァンパイドル滾(タギル)』と、藤田和日郎『シルバーマウンテン』という、注目の「W新連載」が始まった。


参考:【画像】あなたはどっち派? 島本和彦と藤田和日郎が新連載をめぐってXで舌戦が勃発?


 『ヴァンパイドル滾』は、アイドルグループ「バンフレイム」に所属している少年・タギルが、何者かの策略によりヴァンパイアにされながらも、血への渇望に耐え、厳しい芸能界で生き抜いていこうとするダーク・ファンタジー。「ガマンするのが何よりも快感」という主人公のキャラクター造形が秀逸だ。


 一方の『シルバーマウンテン』は、江戸時代後期の国学者・平田篤胤が、天狗に攫われた少年・寅吉に話を訊いている場面から始まる伝奇ロマン。といっても、『仙境異聞』(寅吉からの聞き書きを平田篤胤がまとめた書物)的な世界観はあくまでも外枠にすぎず、ヒロイックファンタジー風のキャラクターや、現代の老武術家なども登場する奇想天外な物語になっている。


◼︎島本和彦が経験した少年漫画の光と闇


 ちなみにこの「W新連載」の作者たち――島本和彦と藤田和日郎といえば、漫画ファンの間では、昔から熱いライバル関係にあることで知られている。


 そもそもは、90年代初頭、小学館の謝恩会で島本が藤田に声をかけたことで始まった関係らしいが、のちに島本は自作『吼えろペン』にて、主人公・炎尾燃のライバルとして、藤田をモデルにした「富士鷹ジュビロ」なるキャラクターを登場させ、これが大いに受ける。また、現実の世界でも、島本と藤田は、SNSやトークイベントなどで、まるで漫画のような“エンタメとしてのバトル”を繰り広げ、両者のファンたちを楽しませている。


 とはいえ、だ。ひと口に「ライバル」といっても、島本は1982年デビューで、藤田(1988年デビュー)からすれば先輩作家である(年齢も島本の方が4歳ほど上)。それを「ライバルだ」と――しかも、見ようによっては“挑戦者”の立場からいえる島本のことを、私は心から偉いと思う。


 これはたぶん、90 年代からいまにいたるまで、藤田が常に「少年サンデー」の屋台骨を支え続けているのに対し、島本が一度、その「サンデー」という大きな舞台から降ろされるという苦い経験を味わっているからだろう。ご存じの方も多いと思うが、『炎の転校生』(1983年〜1985年)のブレイクの後、(ご本人がそうおっしゃっているので、はっきりと書くが)しばらくのあいだ島本は低迷期が続き、やがて「サンデー」での居場所を失ってしまう。当時のことを振り返り、藤田との対談の中で、島本はこう語っている。


 「『炎の転校生』が終わって、その後の『サンデー』での連載がことごとく納得いかなくて、なぜ面白いものが描けないんだと思ってた時期がしばらく続いてたんですよ。藤田さんと初めて会ったのは、ちょうどそのピークの頃だったかもしれません。それでも足掻いて、マンガ業界にしがみついて、なんでも来た仕事は受け続けて、ようやく迷走の時期から抜け出せたのが、まさに15年前くらいだったんですよ」(コミックナタリー2023年10月25日公開/「藤田和日郎×島本和彦が真面目に語る! マンガ界の15年」より/構成は筆者)


 なお、『ヴァンパイドル滾』は、島本が「33年ぶり」に「少年サンデー」連載を勝ち取った記念すべき作品となる。


◼︎藤田和日郎の男気


 一方、そんな島本から(勝手に)ライバル視された藤田は藤田で偉かった。というのも、島本のような熱い漢(おとこ)からライバル視された日には、普通は萎縮してしまうものである。


 だが、(普通なら、「いやいや先輩、何いってるんですか」などといってお茶を濁すようなところを)藤田は真剣に受け止め、ある意味では島本以上の熱量をもって“対抗”した。これは、藤田が前述の島本の「それでも足掻いて、マンガ業界にしがみついて、なんでも来た仕事は受け続けて」いた頃の気持ちを理解しているからであり、また、単にエンターテインメントとして、“そうした方が面白い”からだろう。


 そう、とにかく藤田は、“面白い漫画を描くこと”に人生の時間のほとんどを費やしており、そういう意味では、メタフィクションめいた島本とのライバル関係も、いまや島本の作品だけでなく、藤田の作品や人生にも欠かせない重要な要素になっているのだ。


◼︎極めて「現代的」な2作


 さて、新連載の2作に話を戻すが、『ヴァンパイドル滾』は、「吸血鬼物」という一見クラシカルなテーマの作品に見えながら、実は極めて現代的なテーマを扱った作品である。具体的にいえば、SNSの功罪、2020年代のアイドルの形、ポスト・コロナ時代の生き方などが描かれているわけだが、ちょっと穿った見方をすれば、近年の大ヒット作、『【推しの子】』や『鬼滅の刃』を仮想敵と見なしているような部分も垣間見え、もしそうだとすれば、それは「33年ぶり」に「少年サンデー」に帰ってきた漫画家が、どれだけの高みを目指しているのかの表われでもあるだろう。


 『ヴァンパイドル滾』第1話のラストは、次のようなナレーションで締めくくられている。


 「この世界は光と闇の交差でつくられている…。光の側にいるつもりでも、いつ闇に落ちるかわからない。だが、逆に闇の中に落とされた方がむしろ輝くチャンスに近づく事もある…行く道は、常に自分自身がつかみ取って行くしかないのである」


 これは、少年漫画の「光」も「闇」も知っている、島本和彦という漫画家にしか書けない言葉だといっていいのではないだろうか。


 また、藤田の『シルバーマウンテン』も、『ヴァンパイドル滾』とは別の意味で、現代的な作品である。なぜなら今回、藤田が描こうとしているのは「異世界転生物」であり、それはあらためていうまでもなく、現在、エンターテインメントの世界で最も隆盛しているジャンルの1つだからだ。


 ただ、逆にいえば、「異世界転生物」は“すでに手垢にまみれたジャンル”でもあり、そんなジャンルにいまさら藤田が挑む理由は1つしかないだろう。つまり、藤田は、世に数多(あまた)いる「異世界転生物」の小説家や漫画家たちに、「俺ならこんな凄い物語が描けるぜ!」という挑戦状を叩きつけているわけであり、これはこれで、かなりの意気込みと自信がないとできることではないだろう。


◼︎60代の少年漫画家たちの底力


 いずれにせよ、個人的には、「少年漫画」とは、若い漫画家が子供たちに向けて描くものだと考えている。そういう意味では、現在の島本と藤田は、年齢的にもキャリア的にも、本来は大人向けの漫画誌で描くべきなのだが(実際、藤田が青年誌の「モーニング」で描いた『黒博物館』シリーズは大傑作だ)、今回の2作を読めば、そんな細かいことはどうでもよくなってくる。


 というか、たぶんふたりとも、60歳を越えてなお、魂のコアの部分は20代の頃のままなのだ。だから彼らはいまでも熱い少年漫画が描ける。島本和彦と藤田和日郎の“先”を、これからも見続けたいと思う。


(文=島田一志)



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  • 今のサンデー読者に、どこまで通用するかが勝負だな
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