
西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第49回 バルセロナMF陣
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回は、ラ・リーガを圧倒的な数字で優勝したバルセロナをピックアップ。強さの土台となったMF陣を中心とした精密なパスワークを解剖します。
【どうプレーするかの共通言語がある】
バルセロナのパスワークは以前から定評があった。ほとんど創設以来の伝統らしいが、本格化したのは1990年代の「ドリームチーム」と呼ばれたころで、ジョゼップ・グアルディオラ監督下の2008年からピークを迎えた。今季はその黄金時代に近づいている。
ラ・リーガ第36節、エスパニョールに2−0で勝利。2試合を残して優勝を決めた。36試合の得点は97とダントツ。試合平均2.69ゴールという破壊力だった。得点数2位のレアル・マドリードが74ゴールなので、かなりの開きがある。極端なハイラインの守備も36失点にとどまり得失点差は61。レアル・マドリードは36なので、こちらも大差がついている。
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エースのロベルト・レバンドフスキの存在はあるが、今季のバルセロナはどこからでも得点できる攻撃力を持っていた。その土台になっているのが精密なパスワークである。
個々の選手のボールテクニックの高さは言うまでもないが、バルセロナのパスワークはむしろボールを持っていない時のポジショニングにある。
パスワークの軸となるMF陣はフレンキー・デ・ヨング、ペドリ、ダニ・オルモの3人。さらにフェルミン・ロペス、マルク・カサドが主要メンバーだが、彼らにはどうプレーするかという点で共通言語がある。育成過程でそれを習得しているからだろう。
オルモ、ロペス、カサドはバルセロナのユースチームでプレーしていた。デ・ヨングはアヤックスのリザーブチームであるヨング・アヤックスを経験している。バルセロナの戦術はアヤックスから採り入れたものなのでほぼ同じと考えられる。
いかにもバルセロナらしい選手というべきペドリが育成過程でバルセロナと無関係だった(ラス・パルマスのユース出身)のは意外だが、彼らは互いにどうプレーすべきかを理解していて、それが流れるようなパスワークを生み出している。
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【ふたりの守備者から等距離の原則】
特徴的なのが、ボールを持っていない時のポジショニング。バルセロナのMFは基本的に相手選手の「間」に立つ。
4−4−2で守備ブロックを形成していた優勝が決定したエスパニョールとの試合を例にとると、センターバックがボールを持った時のデ・ヨングとペドリは、相手のボランチとサイドハーフの間にポジションをとる。
相手のボランチとサイドハーフをゲート(門)と捉えると、ゲートの中間点にいる場合もあれば、ゲートの奥、あるいは手前にいる時もあるが、ふたりの守備者から等距離の場所ということは同じ。この場所が、最もスペースを確保できるからだ。
4人のMFがゾーンの守備ラインを形成している相手に対して、動き回ったところでプレーできるスペースは見つからない。誰かから遠ざかれば、誰かに近づくだけだからだ。ふたりの守備者から等距離にいるのが最も相手から遠い場所になる。
とはいえ、デ・ヨングとペドリがずっと同じ場所に留まっていることはない。
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ふたりの守備者から等距離の場所が最もスペースを得られるといっても、相手ふたりの距離は一定ではないので、パスを受けるには狭すぎる場合も当然ある。4人の守備ラインのひとつのゲートが狭まっているなら、他のゲートは広がっているので、わざと狭いゲートの間に留まっておいて他のゲートを味方に使わせる手もあるが、自分がパスを受けるつもりなら適切ではない。ゲートが狭すぎるケースでは、デ・ヨングやペドリはすみやかに移動する。
たとえば、デ・ヨングが狭すぎるゲートを出て、相手FWの脇あるいはふたりのFWの間に移動する。すると、トップ下のオルモがさっきまでデ・ヨングがいた場所へ下りてくる。デ・ヨングが下がることで相手のMFは少しデ・ヨングを追うので、デ・ヨングがいた時よりもゲートは広がり、オルモにとってはプレーしやすい条件になっている。
同じようにペドリが移動すると、やはり誰かが代わりにそこへ入っていく。右と左では人のローテーションが少し違っていて、左は左ウイングのラフィーニャが頻繁に中央に移動してふたりの守備者の中間に立つが、右のラミン・ヤマルは右サイドに張ったままでいることが多い。
そのため、左サイドはボールを前進させた段階で左サイドバックがタッチライン沿いに上がってウイングのポジションに入る。右サイドバックはヤマルが外にいるので、上がる時は内側からヤマルを追い越す形が多い。
【相手の2ラインを解体してからバイタルエリアへ】
ポジショニングの基本はふたりの守備者の間に立つこと。さらに間から下りる、あるいは間を抜ける(相手ゴール方向へ動く)、この3つの動きが複雑に絡み合っていく。
複雑といっても外からはそう見えるということで、個々の選手の判断は自分がパスを受けやすい場所にいること。相手に動きがあれば場所を変えて、より適切な場所へ移動する。おそらくこれに尽きるのではないかと思われる。
ふたりの守備者から等距離の位置が最も距離を稼げるとはいえ、挟まれているので守備者との距離、味方からのパスの距離と速度によってはパスを受けるのが無理な場所になってしまうことも少なくない。とくに相手MFとDFのライン間、いわゆるバイタルエリアは縦パスを受けにくい場所といえる。
バイタルエリアは、そこでパスを受けられればチャンスに直結する場所と認識されているが、現代サッカーでは必ずしもそうなっていない。まず、守備陣形がコンパクトでMFとDFのライン間のスペースが狭い。もうひとつ重要なのが、相手から見られているということである。
MFのラインの後方に立てば、MFの視野の外でパスを受けられる。相手に見られていなければ確実に相手の反応は遅れる。だから距離的にはそう遠くなくても、相手に見られていなければプレーする時間を作れる。
ところが、バイタルエリアでは相手MFから見えていなくても、相手DFからはまる見えなのだ。しかもMF、DFのライン間は狭められているので前進するDFに迎撃されやすい。
今季のバルセロナはペドリ、オルモ、ラフィーニャがバイタルエリアへ進入していく。人数が多いので密集化し、よりプレーエリアは狭まっている。しかし、バルセロナはそこへパスをつないで突破にもつなげている。
ポイントは安易にバイタルエリアを使わないこと。狭くなったMF間から下りてゲートを広げたように、コンパクトな相手の2ラインを解体してからバイタルエリアへ入っていく。手前に引き出してゲートを広げる、もうひとつはサイドから仕掛けて横方向へ移動させ、相手選手の間を広げる。
ヤマルの右からのカットインは相手を複数引きつけるので、それだけ中央の味方が使えるスペースが大きくなり、そこも潰そうとすると逆サイドはほぼがら空きになる。
ビルドアップからバイタルエリアでの仕掛けまで、共通しているのは相手を見ていること。そして相手から見られない場所をとる。相手の視野を操り、動きを操り、その隙を的確についていく。そのやり方に共通認識があるのがバルセロナの大きな強みになっている。
プレースタイルを持つこと、そのディテールを詰めることの重要性が、今季のバルセロナにはよく表われていた。
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