
中畑清×篠塚和典 スペシャル対談(2)
成長に必要な"厳しさ"について
(1)巨人・阿部監督の2年目を「評価していい」 チームの緊張感、新加入選手について語った>>
篠塚和典氏と中畑清氏の対談のなかで、巨人・浅野翔吾が一時3軍に落ちた話題をきっかけに、今ではあまり見られなくなった"厳しさ"について話が展開していった。現役時代の経験を振り返りながら、若手の成長に必要な要素について2人が語った。
【阿部監督はなぜ浅野を3軍に落としたのか】
――巨人の浅野翔吾選手は一時、3軍降格も経験するなど厳しい状況です。5月7日には一軍に昇格しましたが、現状をどう見ていますか?
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中畑清(以下:中畑) 一軍でいい思いを味わうのが早すぎたのかもしれません。昨年リーグ優勝したチームに関わり、ヒーローの役割を演じられた試合もありました。「一軍でスターになればバラ色なんだ」「こんなにチヤホヤされるんだ」ということを感じる機会が多かったと思いますしね。
一軍に上がると、野球の道具から何から一変するんですよ。巨人のスターの仲間入りをするような感覚を覚えてしまうと、どこかに隙が生まれる。若ければ若いほど、そうなる傾向は強いと思います。彼はまだ20歳ですからね。私が浅野と同じ立場だったら、同じような状態になるかもしれません。巨人である程度試合に出られるようになると、世界が変わっていきますから。
篠塚和典(以下:篠塚) やっぱり安心しちゃうんじゃないですか? プロ野球では、安心感というのが一番怖いですから。
中畑 若手は特にそうだね。その点で、阿部慎之助監督は「その状態だとこの先、プロの世界では通用しないよ」ということを早めに教えている。2軍ではなく3軍まで落としたというところに、哲学を感じるよね。
篠塚 阿部監督も、浅野の状態を見ていて何かを感じたんでしょうね。
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中畑 プレーヤーとしての能力は高い。ただ、それを生かすために何が必要かといえば、メンタルの強さ。野球に取り組む姿勢がまだまだ甘いと感じているんだろうね。「このままじゃ伸びないよ」と。
篠塚 まずは一番下から這い上がってこいと。
中畑 その方法しかないと感じたんだろうし、まずはそこを教えようとしたんじゃないかな。底辺を味わわせて、これが一番厳しい世界なんだ、またいい思いができるような環境は自分でつかまなければいけないぞ、という感じで。そのために何が必要か、浅野にとっては学びの時間だよね。
【成長に必要な気づき】
篠塚 今はガツンと言える先輩がいないんでしょうね。時代が違うと言えばそれまでなんでしょうが。
中畑 言えないんだろうね。仮にそういう先輩がいたら、監督がここまでやる必要はないと思う。昔は先輩が後輩に厳しく言って諭したり、そういう環境があったね。
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篠塚 僕らが若い頃は特にそうでした。プロ入りしてから3年間くらいは厳しかったです。プロ野球の世界に入ってからも、高校時代と変わらない厳しさがありました。
中畑 若手の練習態度が中途半端だったら、それを理由に集合をかけたりしたりね。
篠塚 先輩の顔色を見ながら練習をしたり、あと、僕らの時代にはいろいろな当番がありましたからね。誰かがその中でミスをすれば、連帯責任で全員が呼び出されていました。
――中畑さんは大学(駒澤大学)の野球部も経験されています。
中畑 大学でもそういう指導はありましたが、人間教育の一環だと思うんです。暴力ということではなく、成長するための試練というか、"痛み"を教えるというのは大事な部分じゃないかと思いますけどね。今は痛みを知らない人間が多すぎるんです。浅野を3軍に落としたのは、その方法のひとつかもしれません。
篠塚 本人がそれをどう感じるかですよね。
中畑 本人がどう感じて、どういう努力をして覚醒するか。それを見た首脳陣に「よし! またチャンスを与えよう」と思わせられるかどうか。そこが勝負だから。
自分みたいなうるさい人間は、声だけでも存在感をアピールしていたよ。そうしていると、周りから「元気いいな。なんかやってくれるんじゃないか」と思われたりする。ひたむきな姿を見せれば、監督も使いたくなるだろうから。
特にアピールをしなくても成功する、シノ(篠塚氏の愛称)みたいな人間もいるんだけどね(笑)。とにかくシノは結果を出していたから。自分は元気を売りにして、とにかくチャンスをたくさんもらおうとしていたよ。
――近年は厳しい指導者や先輩が少なくなっている分、成長に必要な意識については自分で気づいていくしかないのでしょうか?
篠塚 自分で気づいて、強くなっていかなきゃいけないと思いますね。どんなスポーツもそうですが、やっぱりプロの世界は結果がすべてなので。浅野を筆頭に、特に若手は「レギュラーになるためにはどうしたらいいのか」をもっと追求していかないと。守備はそれほどスランプがないので、やはりバッティングですよね。
バッティングは自分の動作を細かく分析して改善していくものですし、不振に陥る原因がある。そこを大雑把にやっていると、一時的にパっと調子が上がることはありますが、継続しないので。今はピッチャーが投げる球も速いですし、球種も多彩です。細かく考えていかないとそれに対応できませんし、好調も長続きしませんよ。
中畑 自分のバッティングを確立しないとね。監督やコーチにいろいろ言われたとしても、その良し悪しを判断できるようにするために自分が成長しないと。逆にアドバイスを利用するくらいの選手にならないと、プロの世界では生き残れないよね。
【プロフィール】
■中畑清(なかはた・きよし)
1954年1月6日生まれ、福島県出身。駒沢大学を卒業後、1975年のドラフト3位で巨人に入団し4年目から一軍に定着した。通算打率.290の打撃、ファーストでゴールデングラブ賞を7回獲得した守備で勝利に貢献。快活な性格でも人気を集めた。1989年に現役を引退。2012年から4年間、DeNAの監督を務めた。また、2004年のアテネ五輪ではヘッドコーチを務めていたが、チームを率いていた長嶋茂雄氏が脳梗塞を患って入院したあとに監督を引き継ぎ、チームを銅メダルに導いた。
■篠塚和典(しのづか・かずのり)
1957年7月16日生まれ、東京都出身、千葉県銚子市育ち。1975年のドラフト1位で巨人に入団し、3番などさまざまな打順で活躍。1984年、87年に首位打者を獲得するなど、主力選手としてチームの6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。1994年を最後に現役を引退して以降は、巨人で1995年〜2003年、2006年〜2010年と一軍打撃コーチ、一軍守備・走塁コーチ、総合コーチを歴任。2009年WBCでは打撃コーチとして、日本代表の2連覇に貢献した。