先日、洗濯物を干す際に何となくテレビをつけっぱなしにしていたら、こんな会話が耳に飛び込んできた。
「とにかく着てみると、体がすごくポカポカして。でも寝苦しいとかの不快さはまったくないんです」
「今のVTRを見て買おうと思いました」
「こちらの効果を実感していただくには、まず10日間着用を続けることをおすすめします」
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「あれ? もうテレビショッピングの時間だっけ?」と振り返ったら朝の情報番組。最近人気の「リカバリーウェア」を取り上げ、インフォマーシャル(購買意欲を高めるための通販CMの一種)ばりに「宣伝」していたのだ。
ご存じの方も多いだろうが近年、「着て寝るだけで疲労回復」「着るだけで肩こり・腰痛が改善」などの効果をうたう「一般医療機器」のリカバリーウェアがバカ売れしている。
例えば、タレントの櫻井翔さんがCMイメージキャラクターを務める「BAKUNE(バクネ)」シリーズは、2024年12月時点で累計販売数が100万セットを突破。製造販売元のTENTIAL(テンシャル)は2025年2月28日、東証グロース市場に上場した。
「着る医療機器」として話題の「リライブウェア」シリーズは、累計販売数が200万枚を突破。出川哲朗さんのCM出演でも注目を集め、SNSでは「着るだけで力仕事がラクになった」「着たら急に体が柔らかくなった」といった体験談が拡散されている。
他にも腹筋や脇腹を鍛えるコアベルト「SIXPAD(シックスパッド)」などで知られるEMSや、ワークマンもリカバリーウェアを展開しており、今後も右肩上がりで成長していくといわれる超有望なジャンルなのだ。
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●着るだけで本当に効果があるのか
一方で、モヤモヤする人も多いはずだ。「着るだけでそんないろいろな効果が出るなんて、さすがにちょっと怪しすぎない?」と疑わしい目で見る方もいるだろう。
その反応はあながち間違っていない。ただ、そういう「ちょっと怪しい」ところこそがリカバリーウェアの魅力であり、ここまでヒットした理由ではないかと思っている。
一体どういうことか、順を追って説明しよう。まず大前提として、リカバリーウェアの宣伝文句を見て「なんか怪しいな」と感じるのは、消費者として極めて自然な反応である。おしゃれなネーミングと有名タレントを起用した広告などで「効果」がやや過大にうたわれているからだ。
リカバリーウェアの一般的な名称は「家庭用遠赤外線血行促進用衣」。人間の体からは、わずかながら遠赤外線が放出されており、鉱物などによる特殊な加工が施された生地の衣服を着ることで、遠赤外線が跳ね返って血行が良くなるという。
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「そんなしっかりとしたエビデンスがあるのなら、ちっとも怪しくないだろ!」と不愉快になる愛用者も多いだろうが、若いときに怪しい健康器具やマルチ商法の取材をしてきた経験から言わせていただくと、「遠赤外線で血流改善」をうたう健康器具など、ちまたにあふれている。過去には、似たような商品が「詐欺」や「催眠療法」などとみなされ、摘発や行政処分を受けた例もある。
「でも、これは厚労省が認めた医療機器だろ」という意見もあろうが、リカバリーウェアがうたっている「一般医療機器(クラスI)」というのは「届出制」で審査などはない。つまり国が「効果」にお墨付きを与えたとか、そういう類の話ではないのだ。
●厚生労働省による通達
2025年3月、厚生労働省の医薬局医療機器審査管理課と医薬局監視指導・麻薬対策課が連名で全国の自治体に、「一般医療機器『家庭用遠赤外線血行促進用衣』の取扱いに係る質疑応答集(Q&A)について」という通達を出した。そこにはちゃんとこう記されている。
「一般医療機器(クラスI)とは、人体への影響がごく軽微であるものを対象とする分類であるため、その使用目的や効果においても、使用者への影響はごく限定されたものであることが前提となる」
人体から放出される遠赤外線は軽微なので、鉱石で跳ね返したところで人体に及ぼす影響も軽微なのだ。だからこのジャンルでうたうことが認められているのは「疲労の回復」や「筋肉のこりの症状改善」くらいで、一部のリカバリーウェア販売業者が宣伝文句にしている「腰痛」や「神経痛」の改善、さらに「運動パフォーマンスが劇的に上がった」というのは基本的に「アウト」なのだ。
「人体の深部への影響を示唆する効果、また体質改善に有効である等の記載は、上記に示した一般医療機器の定義から逸脱する可能性が高いため、血行促進用衣の『使用目的又は効果』としては認められず、『筋肉痛、腰痛、生理痛、神経痛、関節炎等の症状改善や消炎効果』『むくみの改善』『代謝の促進』『運動効率の向上』『冷え性の改善』等の記載を行うことはできない」(同上)
もちろん、メーカーの中にはこのような効果試験を行い、有名大学の研究者と組んで論文などを発表しているところもある。しかし、だからといって、それは医学界で効果が認められたわけでもない。
●それでもリカバリーウェアがヒットし続けるワケ
「いやいや、そうは言っても実際に着たら長年悩まされた腰痛が治ったぞ」「母の介護のときに着たけれど、すごいラクに体を起こせるぞ」というような体験談を語る人も多いだろうが、実はそれこそがリカバリーウェア最大の強みであり、これからもヒットし続ける理由だ。それは一言で言えば、こうなる。
「なんだか怪しいなと半信半疑で着てみたら、効果が体感できたという人がそれなりにいる」
ネットやSNSでさまざまな荒唐無稽な情報が流れることからも分かるように、基本的に人間は自分の信じたいものを信じる。エビデンスがどうとか、ファクトチェックというのもしょせんはポジショントークだと全く信じない人も増えている。
そういう時代に、リカバリーウェアはカチッとハマる。最初は怪しいなと思っていても、自分が信じてる有名人やインフルエンサーたちがこぞって愛用しているのを見ているうちに、「もしかしたら本当かも」と手を伸ばす。そして実際に身に着けてみると、有名人やインフルエンサーと同じような「効果」を実感するという流れだ。
もちろん、この「実際に着てみたら驚くほどの効果が体感できた」というのも、科学的には説明が付く話だ。それは「プラセボ効果」である。
臨床試験などで薬の効果を調べるため、医師や患者に知らせることなく、本当の薬を処方するグループと、「偽薬」を処方するグループを比較する。そこで医師から偽薬を処方されたグループにも、ある程度の「有効性」が認められることが少なくない。分かりやすく言えば、「病は気から」というやつだ。
リカバリーウェアは以前からプラセボ効果の存在が指摘されている。
「この服を着た人が重い荷物を軽々と運んでいるのをYouTubeで見た」という記憶が頭のどこかに刷り込まれていると、実際に自分がこの服を着たときにも、そのイメージに引っ張られて思わぬ力を発揮してしまうことがある。腰痛などの場合も、無意識に姿勢をよくしたり、脳が「痛みがなくなった」と錯覚したりすることがある。
●「睡眠改善や疲労回復」も怪しい
しかも、もっと言えば「睡眠改善や疲労回復」もビミョーだ。この分野は他よりもプラセボ効果が高いといわれているからだ。例えば、早稲田大学教授で精神科専門医・睡眠医療総合専門医である西多昌規氏は睡眠薬のプラセボ効果について、このように指摘している。
「睡眠薬の治験でも、比較対照とするプラセボが思いのほか効いてしまい、本物の薬の効果を実証することが難しいことは、よくあることである。睡眠薬とプラセボとの32本の研究論文を統合したメタ解析では、プラセボの効果は明らかであり、63.56%もの睡眠薬の効果が、プラセボでも得られた可能性があるという」
ならば、同じく睡眠の質改善や疲労回復効果の実証などで、リカバリーウェアでもプラセボが効いた可能性があるのではないか。
これこそが「ちょっと怪しいリカバリーウェア」がバカ売れするカラクリだ。ただ、ここで誤解していただきたくないのは筆者はリカバリーウェアを批判しているわけではないということだ。
遠赤外線だろうがプラセボだろうが、実際に着用した人が何かしらのいい効果を感じているというのは、紛れもない事実だ。しかも、医薬品や紅麹サプリメントのような「健康被害」が起きる可能性もゼロに近い。
つまり、「ちょっと怪しい」けれども、消費者に不利益をもたらすものではなく、健康増進効果を期待できるというものなのだ。
そんなリカバリーウェアにうってつけの人々が、これから日本で増えていく。カンのいい方はお気付きだろう、「高齢者」である。
さまざまな調査で、高齢者のほうがプラセボ効果が高いことが分かっている。しかも、テレビや新聞で何かが報道されると、それに強く影響されて実際に行動してしまう「アナウンス効果」も受けやすい。
分かりやすいのはコロナ禍で、「トイレットペーパー不足というデマがSNSで流れています」とワイドショーなどで連日報道したら、デマだと分かっているのに多くの高齢者が、ホームセンターやドラッグストアに押しかけて、トイレットペーパーを買い占めた現象だ。
●老人国家ニッポンにピッタリのビジネスモデル
つまり、冒頭で紹介した情報番組のように「リカバリーウェアってすごいんですよ」「いやー、効果が実感できます」とコメンテーターたちが喧伝(けんでん)すればするほど、高齢者たちがリカバリーウェアを買い求めて、「効果」を体感するというワケだ。
高齢者になれば分かるが、人間は歳をとるほど不眠に悩まされる。日本の高齢者の3割が不眠に悩んでいるという調査もある。そこに加えて、高齢者は「うつ病」が多く、認知症に次いで多い有病率だとのデータもある。不眠や腰痛・神経痛がうつ状態を引き起こすケースもある。
このような症状に悩む高齢者を「睡眠剤」や「抗うつ剤」だけで救おうとすれば当然、健康被害も増えるし、137兆円まで膨張した社会保障給付費がさらに膨れ上がってしまう。
そこで「リカバリーウェア」の出番となる。
「ほら、この前、テレビでやっていたやつ。着るだけでよく眠れるんですってよ」
「3丁目の田中さんがリカバリーウェア着た途端、腰痛が治ってまたゲートボールをやれるようになったって」
日本マクドナルドの創業者・藤田田氏は「怪しげなものは商品になる」という言葉を遺した。人は正体が分かりきっていて、自分の想像通りのものよりも、「本当かな?」「インチキ臭くねえ?」なんて商品に好奇心をかきたれられてしまい、一度ハマると、その魅力からなかなか抜けきれないものだ。
“ちょっと怪しい”リカバリーウェアが、日本中のシニアたちの定番アイテムになる日も近いのではないか。
(窪田順生)
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