画像はイメージです 今年も五月病の季節がやってきた。Z世代の価値観によるものなのか、売り手市場のせいなのかはさておき、新入社員の退職に悩む声を例年にも増してよく耳にする。
とりわけ話題にのぼるのが、ここ数年で注目されるようになった「退職代行サービス」について。
この退職代行サービスの概要はもう説明不要だろう。上司や人事部とやりとりをする煩わしさがなく、一足飛びに会社を辞められることから、瞬く間に人気を博すようになった。
そんな退職代行業に頭を悩ませているのが、都内でIT企業の人事部で働いている佐藤雅美さん(仮名・30代)だ。
◆今年もすでに1人の女性社員が…
佐藤さんが務める会社は、エンジニアの人員はIT企業らしく多い一方、人事部の人手は薄いという。ただでさえ多忙だったにもかかわらず、このところは退職代行サービスの流行によって、さらに仕事が増えてしまったと話す。
「退職代行サービスは数年前からありましたが、ここ最近では参入する企業も増え、すっかり市民権を得ていますよね。すでに、弊社でも退職代行を使って辞める人が増えてきています。これまでよりも気軽に会社を辞められるので、特に若い社員は何の迷いもなく利用している印象です。
実は、今年度に入社した新入社員でも1人、いきなり無断欠勤した挙げ句に退職代行を使った女性がいます。人事部としては、退職する社員の処理だけでなく、新たに人員を確保するためのコストをかける必要も生まれてくる。われわれ人事部の人間としては本当に頭が痛い商売です」
◆電話に出ないから、内容証明を送る必要が
退職代行を利用されると、退職までの過程が通常の流れとはやはり異なってくる。佐藤さんいわく、人事部にかかる負担も非常に大きくなるそう。
「弊社では退職する社員の給与やボーナスの精算をはじめ、パソコンなどの貸与物の返却要請など、煩雑な業務を人事部が行います。
本人が退職を申し出てくれた場合は、最終出社日までに処理を進めればよいので余裕があるのですが、退職代行サービスの場合は時間に猶予がないので、ほかの業務にも支障が出てきてしまうんです。
特にひどいのは会社の備品を家に持ち帰っていた場合です。代行業者に伝えてもまともに取り合わない会社もあり、そうなると辞める社員に連絡をしないといけない。
退職代行を使うくらいですから、こちらの電話なんてまず取りません。すると返却リストなどをわざわざ内容証明郵便で送るはめになるわけです。頼むから、退職代行を使うのならば、返すものをキチンとまとめてから利用してくれと思いますね」
◆パソコンを引き取るために北関東の実家まで…
しかし、「煩雑になるだけならまだマシかもしれません」と佐藤さんは語る。退職代行を利用する社員は前代未聞の事件を置き土産にすることもあるようだ。
「とある新入社員が退職代行で辞めた際は、機密情報が入った書類やパソコンを勝手に持ち出したまま音信不通になってしまいました。
その機密情報とは、新しいサービスに関するもの。他社に漏れたら大問題です。担当部署の部長は『自宅や実家に行ってもいいからその新入社員と連絡を取れ!』と目を血走らせていました。
結局、わたしが自宅まで行くことになったのですが、肝心の本人は不在。北関東にある実家にまで押しかけ、親御さんを介することでパソコンや書類を取り戻せました。退職代行が流行るまで、こんな騒動はありませんでしたよ」
◆退職代行を使って辞めたいのはこっち
佐藤さんへの試練は退職する社員のトラブルにとどまらない。退職者が増えたことで、ほかの部署から人事部へ圧力がかけられるようになってしまったのだ。
「ここ最近、離職率が上がったことで、『もっとまともな人材を獲得しろ』とか、『社内研修の制度をしっかり作れ』と、人事部へのクレームが増えました。
けれど、採用基準も育成フローも変えていません。売り手市場は今に始まったことではないですし、現に“入社してもらうまで”の段階では、状況に変化はないのです。
早期退職をはじめとした離職率の上昇は、退職代行の流行くらいしか直接的な原因として思い浮かばないので、途方に暮れています。ほんと、わたしたちが退職代行サービスを使って仕事を辞めたいくらいですよ(笑)」
◆辞めたいのは、会社に魅力がないから?
とはいえ、退職代行業のせいばかりにはできないと、最近になって反省するようになったことを佐藤さんは最後に明かしてくれた。
「業務が忙しくなったのは正直ムカつきますが、そもそも退職代行を使ってまで辞めたいのは、会社に魅力がないからですよね。いつまでも在籍していたいと思われる会社であるために、待遇・福利厚生の充実はもちろんのこと、職場内をよい雰囲気にして、働きがいを感じてもらえるようにしないとな、と。
そもそも時代の潮目が大きく変わるなか、これまで同様の基準の人材が採用できているからといって、あぐらをかいて前例踏襲に堕してはならなかったとも思います。
人事部の担当役員も同じ意見で、最近では部長クラスの社内研修を増やすようになってきました。われわれも、すぐに辞める社員を生み出してしまわないように、面接の仕方や新人研修のやり方をブラッシュアップしているところです」
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退職代行業の隆盛の影には、労働基準法違反の会社やハラスメント社員が存在しているのは言わずもがなであるから、その利用自体を否定することは到底できない。
だが、クリーンな会社であるのならば、退職代行頼みの離職はどうか思いとどまってほしいものである。
<TEXT/高橋マナブ>
【高橋マナブ】
1979年生まれ。雑誌編集者→IT企業でニュースサイトの立ち上げ→民放テレビ局で番組制作と様々なエンタメ業界を渡り歩く。その後、フリーとなりエンタメ関連の記事執筆、映像編集など行っている