FIFAスキャンダルから10年 ブラッター、プラティニ...「サッカー界のドン」たちの現在

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2025年05月29日 07:10  webスポルティーバ

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 2015年5月、世界の富豪や権力者たちが静かな隠れ家として利用する高級ホテル「ボー・オウ・ラック」(チューリッヒ)を舞台に、サッカー史上最大の対決が繰り広げられた。

 小雨の降る早朝、スイス警察とアメリカ特殊部隊が静かにホテルのロビーに突入した。彼らは無駄のない動きで、行くべき場所を正確に把握していた。

 彼らはある部屋のドアをノックし、少し前までシャンパンを飲みながら、世界一人気のあるサッカーというスポーツの未来を謀議していた男たちを驚かせた。

 そして、サッカー界の有力者たちは次々と連行されていった。手錠をかけられ、ホテルのシーツで顔を隠して。この様子は中継され、世界はFIFAが何をしても許される時代の終焉を目撃した。世に言うところの「FIFAゲート」事件から、この5月で10年が経つ。

 この捕り物の引き金は、2022年W杯の開催権をアメリカが逃したことだった。アメリカはインフラや技術的にも最も有力な候補と見られていたが、「サッカーの伝統がない」ということを理由に、夏の開催が不可能なほど暑いカタールに敗れた。それに疑問を持ったのが始まりだ。

 2018年W杯の開催をロシアが獲得した時も多くの議論を呼んでいたが、この決定で、賄賂や票の買収の疑いがますます強くなったのだ。FIFAの幹部たち――ブラジルサッカー連盟の会長リカルド・テイシェイラとパラグアイのニコラス・レオズ(南米サッカー連盟/CONMEBOL会長)は、カタールに投票する見返りに金を受け取ったと非難されていたし、FIFA副会長ジャック・ワーナー(トリニダート・トバゴ)は、ロシア支持の見返りに500万ドル(当時のレートで約6億円)を受け取ったという噂が流れていた。

 開催権を奪われたアメリカは調査を開始。FBIとIRS(内国歳入庁)はまるで映画のように、元FIFA理事のチャック・ブレイザーに隠しマイク持たせたり、内部の人間に情報提供させたりした。結果はすぐに明らかになった。

 24年間にわたり、チューリヒからマイアミ、アスンシオンからモスクワまで広がる1億5000万ドル(約180億円)の腐敗と資金洗浄のネットワークが暴露された。

【有罪判決で懲役刑になったサッカー界の大物も】

 2015年5月、アメリカの司法長官ロレッタ・リンチが発表した最初の被告は14人で、そのうち9人はFIFAの現職および元幹部。「ボー・オウ・ラック」で逮捕されたのは、そのうちの7人だった。

 だが、スイスのホテルでの逮捕劇は単なる始まりにすぎず、調査が拡大するにつれ、起訴された個人と企業の数は41にまで増加した。

 このうち少なくとも27人が有罪を認め、10人以上が裁判で有罪判決を受けた。彼らの処分はサッカー界での活動資格剥奪から、罰金、懲役刑まで多岐にわたった。

 ブラジルサッカー連盟の元会長でサンパウロ州知事だったホセ・マリア・マリンはアメリカに引き渡され、2017年にブルックリンの裁判所で汚職、資金洗浄、詐欺の罪で有罪判決を受け、4年の懲役刑を言い渡された。さらに120万ドル(当時のレートで約1億3000万円)の罰金と334万ドル(約3億7000万円)の返還を命じられた。彼は刑期のほとんどをアメリカの刑務所で服役し、2020年のパンデミック中に年齢と健康問題のため仮釈放された。

 パラグアイのCONMEBOL会長、フアン・アンヘル・ナプウトは、アメリカで9年の懲役刑を言い渡された。

 FIFA副会長兼北中米カリブ海サッカー連盟/CONCACAF会長、ジェフリー・ウェブは、汚職、詐欺、資金洗浄の罪を認め、当局に670万ドル(約7億4000万円)以上を返還した。

 アルフレド・ハウィットCONCACAF元会長は有罪を認め、当局と協力し、ラファエル・エスキベル(ベネズエラサッカー連盟会長)とエドゥアルド・リ(コスタリカサッカー連盟会長)も罪を認め、有罪判決を受けた。

 票の売買に関与していたとされる前出のニコラス・レオズやリカルド・テイシェイラなど一部の関係者は、死亡したり行方不明となったりして、裁判所の被告席に立つことはなかった。ジャック・ワーナーは、トリニダード・トバゴ国内で逃亡を続け、引き渡しに抵抗している。国外に出た途端、インターポールによる国際逮捕状が待っている。

【ブラッター、プラティニへの無罪判決は確定】

 捜査の手はFIFA会長を17年間務めたゼップ・ブラッターと、UEFA元会長で現役時代は3度のバロンドール受賞者であるミシェル・プラティニにも伸びていた。スイスの検察は、ブラッターがFIFAの資金から200万スイスフラン(2015年のレートで約2億5000万円)をプラティニに不正に渡していたと主張した。

 彼らは金の支払いは認めたが、これは1998年から2002年までのコンサルティング業務に対する正当な報酬だったと返した。ブラッターは1998年にプラティニに自身の顧問として働くよう依頼し、年間100万スイスフランを支払うと約束したが、結局は年間30万スイスフランしか支払っていなかったので、残りを後払いにした。それがこの金額だというのだ。

 だが検察は、この主張を裏づける証言をしたふたりのFIFA職員を、ブラッターとプラティニが懐柔して偽証させたとし、詐欺、偽造、横領の罪で起訴。ブラッターとプラティニを8年間のサッカー活動の停止処分(のちに軽減)に追い込んだ。

 だが、長い調査と2度の裁判を経て、スイス裁判所は彼らの説明を信じ、2022年に両者を無罪放免にした。さらに今年3月の控訴審でも、再び無罪を言い渡した。裁判官は、犯罪行為や個人的な利益を得た証拠はなかったと結論づけた。

 今後、上告の可能性はなく、これですべてが終わったというのが大方の見方である。ブラッターとプラティニの嫌疑は晴れたと言っていいだろう。

「この10年間で経験したことは簡単ではなかったが、今こそ終わると願っている」

 判決後、ブラッターはそう述べた。ブラッターは今回の起訴を、2022年W杯開催権を確保できなかったことに対する「アメリカによる私への攻撃だと見ている」と言っている。

 現在89歳の彼は、サッカーの世界から離れ、スイスで静かな生活を送っている。唯一サッカーとつながっているのは、18年前から毎年、彼の故郷のウルリヒェン村で行なわれる「ゼップ・ブラッター・トーナメント」を主催することだけだ。これには地元のサッカーチームと引退した国際的なスター選手が参加している。

【FIFA改革はどうなる?】

 一方、プラティニも、ここまでの月日を「煉獄」「奪われた10年間」と表現している。

 プラティニにとってはこのスキャンダルが、彼のサッカーにおける政治の世界でのキャリアを終結させることとなった。UEFAとFIFAの理事、そしてUEFA会長と着実に階段を上ってきたプラティニは、次期FIFA会長とも目されていた。言われもない嫌疑は「それを阻止したい者による謀略だった」と彼は述べている。

 その間、プラティニのUEFAでの秘書だったジャンニ・インファンティーノが、2016年のFIFA会長選挙に勝利している。ほんの1年前には考えられない結果だった。

 プラティニは現在、公の席に姿を見せることはあまりないが、2025年5月初旬、彼の最初のチームであるナンシーがリーグ2昇格を果たした際、その祝典に参加し、喜びを表明した。また判決後のインタビューではFIFAやUEFA、フランスサッカー協会で公式役職に復帰する意向はないと明言している。

 しかし同時に、プラティニは「サッカーの未来に関する提言」を持っていることも示唆した。その内容はいまだ明らかにされていないが、今後もサッカーに関わっていきたい気持ちはありそうだ。2024年末には、サッカーにさらなる興奮とスペクタクルをもたらすため、「選手の数を11人から10人に減らしてはどうか」という提案をしている。

 スキャンダルを受けて、FIFAはいくつかの改革を実施した。まず政治的機能と運営管理機能を分離させた。さらに、役員の任期を制限し、倫理審査を義務化し、透明性を高めるため独立した倫理委員会を設立した。

 W杯の開催地決定のプロセスも改訂された。現在はFIFA総会で全体が投票し、開催国を決定するようになり、投票者はFIFAの倫理規則を遵守する必要がある。またFIFAは国連薬物犯罪事務所とも協力し、倫理プログラムを立ち上げた。これには、不正を報告する者を保護するための堅固なシステムや、報復からの強力な保護措置が含まれている。

 インファンティーノ会長は、「FIFAゲートがFIFAを、腐敗していた組織から世界的に尊敬され、信頼されるスポーツ団体へと根本的に変革させた」と述べている。しかし、同じような権力構造は依然として存在し、サッカー界の腐敗との闘いはまだ始まったばかりだと指摘する者も多い。

 2024年の「フェアスクエア」(国際的な非営利組織で、人権侵害と闘う団体)の報告書は、FIFAは構造に問題があり、自己規制が欠如していると警告している。2022年カタールW杯は、移民労働者の死亡や人権問題などが問題視されたものの、結局は無視されて開催された。

 変化は非常に緩やかであり、サッカー界のDNAを変えなければならないという課題は続いている。

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