
英国大手一般紙『ガーディアン』で活躍しているジョン・ブルーウィン記者のプレミアリーグ総括。世界最高峰のリーグでは、監督の振る舞いも注目の的だった。ここでは今季存在感を見せた3人の監督と戦術を挙げてもらった。
前編「プレミアリーグ今季の日本人選手たちを評価」>>
【就任初年度で見事な優勝】
アルネ・スロット(リバプール)
今季のプレミアリーグで、リバプールが首位を独走できた理由は何か? むろん、マンチェスター・シティの凋落が最大の要因のひとつだ。とはいえ、それも偶然がもたらしたわけではない。シティのジョゼップ・グアルディオラ監督は2000年代後半からフットボールの戦術に革新を起こし、以降も多大な影響を及ぼし続けているが、今季はライバルの指揮官たちとの頭脳戦に敗れた感がある。
「こんにち、モダンフットボールとは、ボーンマスやニューカッスル、リバプールの手法を指す」と1月にグアルディオラ監督は言った。シティのショートパスとハイプレスを基調としたスタイルは、その3つのクラブが用いたような、よりダイレクトな戦い方に屈した、と見ることもできる。
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プレミアリーグを制したリバプールのアルネ・スロット新監督はグアルディオラの影響力を讃えているが、このオランダ人指揮官は主導権を握ることだけに拘らず、必要とあれば、前任者ユルゲン・クロップの代名詞だったような激しいプレスをかけたり、イーブンボールの獲得から素早く攻撃を仕掛けたりした。
クロップの"ヘヴィーメタル・フットボール"はリスキーな戦術かつ、選手にこれ以上ないほど重い労働を強いた。おそらくそれは、クロップのリバプールがプレミアリーグでシティを1度しか上回ることができなかった理由のひとつだろう。翻ってスロット監督のアプローチは、より慎重にパスを回し、ペースを落とすべき時には落とし、選手のエネルギーを維持しようとするものだ。
なかでもモハメド・サラーのようなベテランアタッカーには、決定的な場面で余すところなく力を発揮できるように、それ以外の場面でのスプリントを制限した。前監督のもとでは、同数以上の攻撃に晒されがちだった最終ラインは、その前方で2枚の守備的MFが保護。少なくとも今季のリバプールでは、慎重な戦い方が奏功した。その意味で、出番こそ限定的ながらも、有能なクローザーだった遠藤航の存在も大きかった。
スロット監督はすべての選手に、デュエルで勝つことを強く求めていたという。現在46歳のオランダ人指揮官は言う。
「自分たちで試合をコントロールしたい反面、相手ボールの時はとにかくアグレッシブに守備をしたい。それが欠けていると、どこかのレーンを使われて、痛い目に遭うことになる」
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プレミアリーグはおろか、オランダを初めて飛び出したスロット監督が、イングランドの名門で最適なバランスを見出し、優勝に相応しいチームを築き上げた。見事の一言だ。
【新時代の旗手のひとり】
アンドニ・イラオラ(ボーンマス)
スペイン北部のバスク地方は、今季のプレミアリーグに4人もの監督を輩出している――ミケル・アルテタ(アーセナル)、ウナイ・エメリ(アストン・ビラ)、フレン・ロペテギ(ウェストハム)、そしてボーンマスのアンドニ・イラオラ。
なかでももっともバスク人らしいイラオラは現役時代、バスク純血主義を貫くクラブ、アスレティック・ビルバオでDFを務め、あのマルセロ・ビエルサの指導を受けた経験を持つ。その時のチームの手法、激しいプレスと素早いトランジションは、今のボーンマスにも受け継がれている。
イラオラ監督が率いるチームは、前線から相手を激しく追い回し、そこでボールを奪えたら、すぐにゴールを目指す。マイボール時もビルドアップにこだわらず、いかに早く相手ゴールに近づけるかを主眼としている。そのために、スペースを素早く有効活用し、大外はサイドバック、その内側のレーンをウイングが使い、攻撃の枚数を増やす。
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また、トランジションは完璧だ。攻守が切り替わる時に、集中を欠いたり、やるべきことができていない選手は、次の試合で使ってもらえなくなる。
「今季、私たちはオープンな試合で多くの白星を得た」とイラオラ監督は話した。「互いに撃ち合えば、両者に広いスペースが生まれ、得点チャンスが増える。狭いスペースを攻略するのは、うちの特長ではない」
守備時には、コンパクトな陣形でハイラインを敷く。ただし恩師マルセロ・ビエルサとは異なり、イラオラは完璧主義者ではないので、状況に応じて、プレスの強度やラインの高さ、システムの形を調整する。
シーズン中盤には5位につけ、ノッティンガム・フォレストと共に、中規模のクラブが今季のプレミアリーグの上位を賑わせた。最終的に9位となり、欧州カップ戦出場権を逃したのは、予算規模の小さなクラブの悩みの常、決定力に優れたストライカーの不在にあった。実際、チャンスの数は6位だった。
グアルディオラ監督が言ったように、もし本当にフットボールのトレンドがポジショナルなものではなくなっているとしたら、イラオラは新時代の旗手のひとりに数えられるべきだ。指揮官本人は言う。
「ボールをひとりで運び、何かを起こそうとする選手を、私は高く評価する。なぜなら、ポジショナルなプレー――短いタッチでボールを回し、フリーの選手が動いていく――ばかりにこだわっていると、時に使うべきスペースを見逃してしまうからだ」
【3−4−3システムでタイトル獲得】
オリバー・グラスナー(クリスタル・パレス)
今季のプレミアリーグでは、3−4−3のフォーメーションについて、喧々諤々の議論が交わされた。11月にマンチェスター・ユナイテッドの監督に就任したルベン・アモリム監督は、頑なに自身のトレードマークのそのシステムを使っていたが、実りは少なかったと言うほかない(少なくとも今のところは)。
アントニオ・コンテなど、この形を用いてイングランドで成功した指揮官はいる。ただしその数は少なく、アモリム監督はそれに続くことはできなかったが、クリスタル・パレスのオリバー・グラスナーがFAカップを制覇。クラブ史上初のメジャートロフィーをもたらしたのだから、歴史的な成功だ。
4月のリーグ戦でマンチェスター・シティに2−5で敗れた後、グラスナー監督はこう話した。
「ペップにはこう伝えたよ。次に戦う時に、キミが今日と同じシステムを用いたら、今度はうちが勝つ番だ、と」
その言葉どおり、翌月のFAカップ決勝で再戦すると、1−0で競り勝ってトロフィーを掲げている。
パレスで初のフルシーズンを指揮した現在50歳のオーストリア人監督は、組織された陣形を保ち、瞬間的なトランジションから鋭い逆襲を繰り出す好チームを築き上げた。
プレスの位置は状況次第となり、高めからかけることもあれば、引いて相手を誘き出すこともある――常にカウンターアタックを狙いながらだ。
肝となるウイングバックは攻守にアップダウンを繰り返し、中盤と巧みに連係する。鎌田大地ら、中盤の選手は守備のタスクを全うしながら、周囲と呼吸を合わせつつ、最適なタイミングで前線とリンクすることが求められている。
ジョン・ブルーウィン
John Brewin/1976年生まれ。英国マンチェスター出身のスポーツジャーナリスト。『ESPN』のシニアエディターを経て、現在は主に『ガーディアン』で健筆を揮う。同紙のポッドキャスト『フットボールウィークリー』やラジオ『トークスポート』にも頻繁に出演している。