ギャル×ゾンビ漫画『マオニ』意志強ナツ子インタビュー「政治や社会の起源を自分なりに描きたかった」

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2025年06月04日 13:00  リアルサウンド

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意志強ナツ子

 怪しげな世界観と予想を超えるストーリー展開でカルト的人気を誇る漫画家・意志強ナツ子が、新作で描くのは「ギャル×ゾンビ」だ。


参考:【撮り下ろし写真】インタビューに答える漫画家・意志強ナツ子


 『マオニ』(リイド社)は、ゾンビ禍に生き残ったギャルサークル「マオセブン」の分裂と対立を描く。カリスマ的なリーダーだった真央(まお)の行方不明をきっかけにサークルは仲間割れの兆しを見せるが、不意に現れたどことなく真央に似た謎の女を「マオニ」(真央似)と名付けて新リーダーに据えることで分裂の危機を回避する。しかし、しばらくしてゾンビ化した真央が舞い戻り、サークルには再び亀裂が走る……。


 荒唐無稽な設定ながら、ギャルたちが決別していく展開にはリアリティも感じさせる。分断と対立の深まる現代社会の映し絵にも見えるからだ。なぜ、分断の時代に徹底した「分かり合えなさ」を描くのか。意志強氏に聞いた。


◾️「ゾンビもの」で社会の起源を描きたかった


――『マオニ』第1巻を読んだ後の率直な感想は「すごい話だな…」でした。何がすごいのかは、具体的には言えないのですが。


意志強:『マオニ』には、「人生とは」とか「世界とは」とか、普遍的な問いに対する私なりの考えを詰め込んでいるんです。だから、1巻だけでは全体像が掴みにくいかもしれません。もう少しこの先を読んでもらえると、何が言いたいのか分かってもらえるのかなと。「最後まで読めば分かる!」と言っちゃうのは、作家として正しくない気がするんですが……(笑)


――『マオニ』はゾンビ禍を生き抜くカリスマギャルサークル「マオセブン」の物語です。ゾンビものを描こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。


意志強:コロナ禍の時期に海外ドラマの『ウォーキング・デッド』を観て、「これがやりたい」と思ったのがきっかけです。『ウォーキング・デッド』は、ゾンビ禍で崩壊した世界で小さなグループが秩序を再建していくストーリーなんですけど、そこに政治とか社会の起源を感じたんですよ。


 例えば、死刑が生まれる瞬間が描かれるんです。ある悪人をカッとなって殺すんじゃなくて、リーダーが苦悩の末に処刑を決断して、刑の執行を仲間が黙認して見守る。現実の社会だと国のシステムが代行してくれるから身近に感じにくいけど、もともと死刑ってそうやって制度化されていったんだなと考えさせられました。他にも『ウォーキング・デッド』には、法律や制度の起源を感じさせるエピソードがたくさんあるんです。


 そういうものの成り立ちを自分なりに描きたいというのが『マオニ』の原点ですね。学級会でクラスの決まり事を決めるように、社会や政治を作っていくとどうなるんだろう?という興味がありました。


――一方で、主人公たちを「ギャル」にしたのは何故でしょう。


意志強:ストーリーを作るなかで結果的にギャルに着地したんですけど、正しい選択をした気がします。ギャルって合理的ではないけど確固とした信念を持っている人たちだと思うんですよ。感覚的に「こういうことしちゃダメ!」という信念を持っている。それはカッコいいことなんですが、その反面、仲間割れや対立の要因になると思うんです。


 『マオニ』は「分かり合えなさ」が重要なテーマになっているんですけど、主人公たちが信念の違いから分裂していくストーリーを描くうえで、ギャルというモチーフはぴったりだったと思っています。


――「マオセブン」が分裂するシーンの会話は、ギャルっぽいリアルなコミュニケーションだと思いました。


意志強:建設的に議論するんじゃなくて「なんで?」「え?なにが?」「なに?どゆこと?」とずっと言い合っているという(笑)。私は見た目も経歴もギャルではないんですけど、非合理的な信念を持っているところにはすごく共感するので。だから、自分の信念を曲げられずに対立してしまう気持ちがわかるんですよね。


◾️「死んだ本物」か「生きている偽物」か


――意志強さんは過去作の『アマゾネス・キス』(リイド社)や『るなしい』(講談社)で、自己啓発サークルや新興宗教を舞台にしています。『マオニ』でも、2人のカリスマをめぐって対立が生まれたり、コンビニで売っていた自己啓発本がサークルの「バイブル」になったりしますが、今作でも宗教やスピリチュアリティがテーマなのでしょうか。


意志強:私はもともと宗教や神様に強く興味があるので宗教的な要素は自然と出てしまうと思うんですけど、『マオニ』はそれよりも「組織とリーダー」がテーマですね。


――「組織とリーダー」というと、地に足のついた普通のテーマに思えます。


意志強:でも、ギリシア神話とか日本神話って、組織とかリーダーの話でもあると思うんです。神話では、神様も家や一族に属していて、その関係性のなかでドラマが生まれるじゃないですか。そういう意味では、神様も組織の一員だし、人間社会と同じ関係性の中にいると思うんです。だから、私としては、宗教や神様について考えることと、組織やリーダーについて考えることは、そんなに違いがないですね。


――宗教というと、絶対的な神に多くの人がひれ伏すイメージを持ちがちです。


意志強:私はそう思わないんですよ。もっと身近な話だと思う。なので、『マオニ』ももっと普通の、サークルとか会社の人間関係の話だと思ってもらえるといいかなと。


――『マオニ』では、タイプの異なる2人のリーダーのどちらに付いていくかが物語の分かれ道になります。たしかに、どの組織でも起こりそうな問題ですよね。


意志強:作中に「リーダーは動いてはいけない」という、カギになるフレーズが出てきます。マオニはそれを象徴するキャラクターで、全く動かないし喋りもしない。一方で、真央は率先して動くタイプのリーダーで、メンバーを置いて一人で食料の調達に行ってしまったためにゾンビになってしまいます。


 私はどちらかが正しいリーダー像だとは思ってないんです。ただ、その二つのタイプのリーダーは絶対に分かり合えないとは思う。リーダーの素質がある人って海に浮かぶ孤島のようなもので、歩み寄ったり妥協したりできない。だから、リーダーが2人現れると、組織も自然と二つに割れてしまうんです。


――会社や一族の「お家騒動」は、そうやって起こりますよね。


意志強:そうです。会社でも創業者に付くのか、後を継いだ社長に付くのかで組織が分裂することってあるじゃないですか。そのときに、どちらを支持するのかも思想の決定的な分かれ目だと思うんですよ。「死んだ本物」がいいと思う人と、「生きている偽物」がいいと思う人は、絶対に分かり合えない。これが、私は人間の分かり合えなさの根本にあるんじゃないかと思っているんです。


――「死んだ本物」と「生きている偽物」のどちらを支持するか。


意志強:そこもゾンビものを描こうと思った理由なんですけど、本物のリーダーって亡くなったり、組織を離れたりしても、亡霊として回帰してくると思うんですよね。かつてのリーダーの幻影に囚われて苦しむ組織って多いじゃないですか。真央がゾンビ化して亡霊として戻ってくることで、根本的な思想の違いから生まれる争いを描けると思ったんです。


◾️第三の派閥は……「男根派」?!


――昨今、「分断の時代」とも言われますが、今の世相と『マオニ』の世界観に響き合うものは感じますか。


意志強:『マオニ』では「マオセブン」が色んな派閥に分裂していく過程を描くんですが、そういう意味では近い部分もありますよね。


 今の時代の分断って、二つの派閥に分かれて対立するというより、一つの集団がどんどん細分化されて、お互いに話が通じなくなるのが危ないと言われているわけじゃないですか。たしかに、それは危ないんだけど、コミュニティが小さくなる分、仲間を見つけやすくなると思うんですよね。分かり合えなさは感じるけど、孤独にはならないと思うので。だから、小さいコミュニティのなかで小さな喜びを仲間と分かち合うのが幸せな時代になっていくのかなと。


――『マオニ』では、真央、マオニに次いで、第三のリーダーであるテツヤが登場して、さらに分裂が進みます。


意志強:私のなかでは、テツヤとその一派を「男根派」と呼んでいるんです(笑)。とあるマンションを占拠してコミュニティを形成している男性至上主義の集団。そのなかで女性は子供を産むことだけが役割とされていて、ひどい暮らしをさせられている。でも、その環境で妙に生き生きと輝きはじめる女性キャラも出てくるんですよ。


――今後はさらに色んなリーダーと派閥が登場すると。


意志強:そうですね。それぞれの信念に従って、さまざまな立場に分かれていきます。それが原因で争いも起こるんですが、私としてはそれぞれのキャラに愛情の視点を持ちながら描いていきたいなと思っています。


◼︎『マオニ』はトーチwebで好評連載中!


(文・取材=島袋龍太 写真=林直幸)



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