iPhoneの子ども向けフィルタリングが効かなくなる? 「スマホ新法」の意外な盲点とは

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2025年06月05日 15:41  ITmedia NEWS

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 2024年6月に「スマホソフトウェア競争促進法」、いわゆる「スマホ新法」が成立した。25年12月18日に施行される予定だが、現在は関連する政令の整備のため、パブリックコメントの募集が開始されている。


【画像を見る】公取委が公開している「スマホ新法」の規制概要(全2枚)


 この話は、以前ゲーム開発会社の米国Epic Gamesが、AppleのApp Storeでの決済手数料が高いとして裁判になったことをきっかけに出てきた。結果的に手数料を下げるの下げないのというより、そもそもiOS向けには同社のアプリストアしか使えないという構造が問題じゃないのか、という話になってきた。


 これを受けて、米国企業に対して厳しく対応するEUでは、2023年より巨大テック企業の活動を規制するデジタル市場法(DMA)をスタートさせた。日本でも同じようなことをやろうというのが、スマホ新法である。25年2月には、法律を主管する公正取引委員会の主催で「第1回デジタル競争グローバルフォーラム」が開催され、各国の状況と日本の対応方針などが示された。


 スマホ新法による規制は、大きく分けて6つある。詳しくは公正取引委員会公開の資料を見ていただきたいが、AppleとGoogleに対して以下のようなことを求めている。


 これにより、アプリ開発やサービス事業者はOS事業者からの支配を逃れて、もっと自由になるという立て付けだが、消費者にとってそれはいいことなのか、いろいろ疑問点があるところだ。この連載ではこの疑問点について、22年からすでに指摘しているところである。


 ただこれまで指摘していたのは、おもに上記の1に関わるところである。つまりサードパーティーのアプリストアや課金システムが開放されて、ユーザーのセキュリティは大丈夫なのかという視点だ。しかしよく調べていくと、どうも2もかなり大きな問題になりそうなことが分かってきた。


 スマホを使う年頃のお子さんをお持ちの方はご存じかと思うが、未成年者にスマートフォンを使用させる場合、「青少年インターネット環境整備法」により、フィルタリングを設定することが義務化されている。キャリアの販売店でスマホを購入した場合、店頭で店員さんから説明を受けたと思う。場合によってはそのまま店員さんがフィルタリングの設定を手伝ってくれたりしたはずだ。


 だが2の規制によって自社ブラウザエンジン以外のものを認めると、iPhoneの場合はフィルタリングが効かなくなる可能性が出てきた。


●iOS/iPadOSにおけるWebKitとは


 アプリ開発に詳しい方しかご存じないかもしれないが、Appleのスマートモバイル機器、すなわちiPhoneとiPadでは、使用できるブラウザエンジンはAppleが提供する「WebKit」に限定されている。これは、Appleが自社のブラウザエンジンであるSafariのベースとして使用しているものである。


 アプリの中には、Webの情報を引っ張ってきて表示するものもある。例えばニュースアプリなどは、アプリ独自のUIによってニュースを選別分類して表示している。そして記事タイトルをクリックすると、外部のニュースメディアが配信している記事が開く。


 この時には、Safariなど別のアプリが立ち上がって表示するわけではなく、そのニュースアプリ内で記事が読めるはずだ。これが、アプリがWebの情報を引っ張ってきて表示する、という意味である。このニュースアプリ内でWeb記事を表しているブラウザエンジンが、WebKitというわけだ。


 iPhoneでSafariを使うのをやめて、Google Chromeをインストールしたとする。そうなるとChromeではGoogleのブラウザエンジンである「Blink」が使われるものと思いがちだが、実は違う。Chromeに見えているものはその外骨格ともいえる部分だけで、中身のブラウザエンジンはWebKitが使われている。iOS用のChromeは、特別仕様版なのだ。


 このブラウザエンジン1つで共用化されているという環境は、Chrome寄りの開発者や、Blink独自の機能を使いたいサービス事業者にとっては不自由だろう。


 一方でブラウザエンジンの共用化には、メリットもある。アプリが個別にブラウザエンジンを抱える必要がなく、エンジンがアップデートされるときはOSのアップデートとして更新されるので、アプリは個別にアップデートを発行する必要がなくなる。ユーザーもアプリごとに表示が崩れたり速度が遅かったりといった、体験のバラつきがなくなる。


 このように、iPhoneにおけるWebアクセスは、ブラウザだけでなく多様なアプリによって実行されるわけだが、じゃあこれをフィルタリングしましょうということになったら、どうするか。


●iPhoneにおけるフィルタリングの実態


 実はiPhoneにおけるフィルタリングは、ブラウザエンジンが1つしかないというところに依存している。つまりどんなWebアクセスも必ずWebKitを通るので、WebKitに対して特定のサイトへはアクセスさせない、あるいはアクセスさせるといった指示をすることで、抜け道なしとなる。これがiPhoneにおけるWebフィルタリングの実態である。


 ではこのWebフィルタリングを、実際にOSの中から指示しているのは何か。それは、構成プロファイルという仕組みである。


 構成プロファイルとは、iPhoneの設定を一括変更するための設定ファイルである。例えばWi-FiのIDやパスワード、VPNの設定、メールアカウントの設定、アプリや機能の制限などを、構成プロファイルによって一括コントロールできる。例えば会社や学校で配布する端末に全部同じ設定を入れたいという場合は、構成プロファイルをリモートで一括インストールするとこで、全部同じ設定の端末を作成できる。


 日本の青少年向けフィルタリング設定は、この仕組みを利用している。構成プロファイルにより、標準ブラウザのSafariを見えないようにして、フィルタリング専用ブラウザを強制的にデフォルトに設定、「設定」で勝手にデフォルトを変更できないようにロック、WebKitに対しては指定したカテゴリーやコンテンツ、あるいは指定URLへのアクセスを制限するよう指示する。するとWebKitがそのルールに従って、ページ表示を抑制するというわけだ。


 構成プロファイルは、大人の個人端末ではあまり利用されていないので、知っている人は少ないだろう。場所は、「設定」→「一般」→「VPNとデバイス管理」の中にある。そこに何もない人は、構成プロファイルは入っていない。


 フィルタリング用構成プロファイルをインストールするには、キャリアが開設しているフィルタリングサービス専用サイトへ行き、ログインしてパスワードを設定し、そこから構成プロファイルをダウンロードしたのち、端末側でインストールを行うという手順が必要になる。お子さんの端末に入れた覚えはないという方は、おそらくキャリアの店頭でお店の人の言われるがままに操作したため、覚えていないかもしれない。


 iPhoneにはフィルタリング以外にも、「スクリーンタイム」という機能を活用したペアレンタルコントロールも実装されている。これにより特定のアプリの使用時間を制限したり、アプリのインストールのために保護者の確認を取るなどといった制限が付けられる。


 フィルタリングとともにこれも並行して設定しておかないと、妙なアプリをインストールしてそれが抜け穴になる可能性がある。またインストール可能なアプリは、年齢によるレーティングで管理されている。


●何が問題になるのか


 スマホ新法によって、ブラウザエンジンにWebKit以外を採用したアプリが入ってくると、そのエンジンは構成プロファイルの指示には従わないので、フィルタリングが効かなくなることが予想される。抜け穴どころではない、大穴が開くことになる。


 これを防ごうとするなら、WebKit以外のブラウザエンジンを採用したアプリのインストールを止めなければならない。だがそれを誰がやるのか。スマホ新法は、それをやらせろと言っているので、止めるなら保護者が個人の権限で止めるしかない。だが、どれがWebKitを使っていないアプリなのか、一般ユーザーには知るすべがない。


 端末でフィルタリングができないのなら、どこかネットワーク上でフィルタリングするしかない。考えられるとすれば、特定のVPNを経由するような構成プロファイルを作ってインストールし、キャリア側でフィルタリングを実施する方法に変更することだ。だがキャリア回線を使う通信にはフィルタリングできても、Wi-Fiによる接続では効かない。キャリア側がそれを引き受けるかどうかも、分からない。


 仮に他のブラウザエンジン、例えばBlinkやGeckoに対して、構成プロファイルの指示を受けるようにしてもらうということは可能だろうか。ただそうなっても、WebKitのように1つのエンジンを共用する仕組みではなく、個別のアプリに内蔵する格好になるので、WebKitで実現しているような動作にはならないだろう。


 また新しい構成プロファイルを入れて直してください、と各家庭にお願いしても、保護者がそれをやってくれるかどうかも分からない。意味が理解できないか、やれる技術がない保護者はたくさんいる。そもそも保護者では手に負えないから、法律を作ってインターネット接続役務提供事業者にフィルタリング設置義務を負わせたわけだ。


 青少年インターネット環境整備法は、設置当初は総務省の所管であったが、現在はこども家庭庁に移管されている。スマホ新法に関しては、公正取引委員会は総務省の「利用者情報に関するワーキンググループ」の報告書内容とは連携しているようだ。だがフィルタリング動作に対する影響は、これまで議論されてきていない。


 スマホ新法による市場開放とも取れる施策は、青少年インターネット環境整備法を機能不全に陥れる可能性がある。この問題が解決しない限り、スマホ新法による市場開放は、青少年の端末を除外する何らかの方法が必要になる。



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