
連載【堂本光一 コンマ一秒の恍惚Web】RACE29
ヨーロッパラウンドの幕開けとなったエミリア・ロマーニャ、モナコ、スペインの3連戦はドライバーズランキング上位の3人、レッドブルのマックス・フェルスタッペン、マクラーレンのランド・ノリスとオスカー・ピアストリがそれぞれ1勝を挙げるという結果に終わり、チャンピオン争いは接戦が続いている。
日本のファンの注目を集める角田裕毅(つのだ・ゆうき)選手はレッドブルのマシンへの適応に苦戦し、3連戦で獲得したポイントはわずかに1点にとどまった。角田選手は第10戦カナダGP(決勝6月15日)ではマシンの性能を引き出し、上位入賞を果たすことができるのだろうか!?
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■ウイング規制による勢力図の変化はなかった
3連戦を締めくくる第8戦スペインGPの舞台となるカタルーニャは、低速から高速までさまざまなコーナーが配置されたサーキットです。テスト走行で使用されることも多く、各チームはデータを豊富に持っているので、マシンの性能がはっきりと出ます。
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しかもスペインGPからは"フレキシブル(可変)ウイング"の規制が強化されました。開幕から強さを見せつけているマクラーレンはウイングをたわませることで空気抵抗を減らし、直線のスピードを伸ばしていたと言われていました。規制の強化によって勢力図がどのように変化するのかを注目していましたが、結論を言えば、上位勢の序列に大きな変化はありませんでしたね。
マシンの実力が問われるスペインでマクラーレンは相変わらず異次元の速さを披露し、ピアストリ選手が優勝し、2位にはノリス選手が入り、ワンツーフィニッシュを達成。今シーズン、ピアストリ選手はゾーンに入っているような高い集中力を発揮し、早くも今季5勝目を挙げました。
超スローペースで追い抜きがなかった第7戦のモナコGPとは対照的に、スペインGPはハイスピードの攻防戦と戦略の駆け引きがあり、すごく面白かった。マシン性能で上回るマクラーレンの2台に対して、レッドブルとフェルスタッペン選手は戦略で何とか対抗し、レース終盤まで好勝負を演じていました。
見応えのあるバトルはゴールまで残り約10周というタイミングでセーフティカー(SC)が導入されるまで続きました。SC中にほとんどのチームがピットインしてソフトタイヤに交換しますが、マクラーレン2台の後ろで3番手につけていたフェルスタッペン選手はハードタイヤを選択します。
レッドブルの手持ちのタイヤは、新品のハードしかなかったとはいえ、ゴールまで残りわずかという場面でこの選択は疑問が残ります。レースが再開すると、フェルスタッペン選手はグリップ不足でペースが上がらず、フェラーリのシャルル・ルクレール選手やメルセデスのジョージ・ラッセル選手に追い上げられてポジションを落としていきました。
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さらにフェルスタッペン選手はラッセル選手とのバトルの際に接触しタイムペナルティを科され、最終的に10位に終わりますが、周りがソフトタイヤを履く中で自分だけがハードタイヤという状況では、フェルスタッペン選手といえども打つ手はありませんでした。
■角田選手は強いドライバーに成長する過程にある
角田裕毅選手にとってもスペインGPは厳しい週末となりました(13位完走)。角田選手はイモラ・サーキットで行なわれた第7戦のエミリア・ロマーニャGPで新しいフロアを持ち込んだマシンをドライブしましたが、予選で大クラッシュを喫します。マシンは大きく破損し、角田選手はエミリア・ロマーニャ、モナコ、そして今回のスペインでも旧仕様のパッケージで走らざるを得ませんでした。空力性能が重要なカタルーニャでは、その影響は少なくなかったと思います。
角田選手はスペイン初日のフリー走行からマシンがスライドすると訴えていましたが、予選でも最下位に終わります。角田選手の予選タイムは、昨年のレーシングブルズ在籍時のタイムと比較すると0.4秒も遅い。
ポールポジションを競い合ったノリス選手やフェルスタッペン選手も、1年前に比べると0.4秒近く遅くなっていますが、角田選手の場合はレーシングブルズからトップチームのレッドブルに乗り換えているのです。それでもなお0.4秒遅いのは、やはりマシンのバランスがどこかおかしかったのだと思います。
結局、角田選手は決勝前にマシンのセッティングを変更してピットスタートを選択。周囲とは異なる戦略をとっていましたが、ペース自体は悪くなかった。SCがなければ、もしかしたらポイントに手が届いたかもしれません。
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レース後に角田選手は「自分たちが期待していたほどのペースではなかった」とコメントしていましたが、苦しいながらもポイントに届きそうな力強い走りを見せてくれました。
それだけに新パッケージのマシンで走っていたらどうだったのかな......と思ってしまいます。角田選手本人もイモラでのクラッシュ後、「あそこまで攻める必要はなかった」と話していましたが、結果も残さないといけないので、すごく難しい立場ですよね。
角田選手はレッドブルに移籍して以降、サウジアラビアGPやエミリア・ロマーニャGPでクラッシュしています。角田選手のコメントを聞いていると、思いもよらない挙動が出ているようで、まだレッドブルのマシンにうまく適応できていないように見えます。
現代のF1ドライバーはチームからすぐに結果を出すことを求められ、成績が悪いと世界中のファンからSNSで叩かれたりします。でも、ワールドチャンピオンのフェルスタッペン選手やルイス・ハミルトン選手もみんな大きなクラッシュを経験し、そこから学んで強くなっていっています。角田選手はまさに今、その過程にいると僕は思っています。
レッドブル陣営としては、角田選手にはマシンに一日でも早く慣れて、孤軍奮闘するフェルスタッペン選手をサポートすることを望んでいます。その期待に応えるためにも角田選手はまずは予選でフェルスタッペン選手に近いタイムを出して、レッドブルが2台体制で戦える状況をつくってほしいと思っています。
■ザウバーやアストンマーティンなど中堅チームが躍進
スペインGPでは中団グループのバトルも見応えがありました。カタルーニャではレーシングブルズとアストンマーティンが元気で、ここまで好調だったウイリアムズが少し苦戦していたのが印象的でしたが、一番のサプライズはザウバーです。
アップデートがかなり効果的だったようで、ベテランのニコ・ヒュルケンベルグ選手が5位でフィニッシュ。大殊勲でしたね。アストンマーティンもフェルナンド・アロンソ選手が9位に入り、今季初ポイントを獲得しました。
一方、レーシングブルズのマシンも速いだけでなく、乗りやすそうですね。モナコではアイザック・ハジャ選手とリアム・ローソン選手がダブル入賞を飾りましたが、スペインでもハジャ選手が7位に入賞しています。
中団グループは全体的に底上げされ、上から下まで激戦が繰り広げられています。ファンとしてはうれしい限りですが、速くなった中団グループのマシンと、レッドブルに移籍した角田選手がポイントを賭けて争う場面が多かった。
エミリオ・ロマージャGPでは角田選手とアロンソ選手が10位の座を巡って最終周までバトルを繰り広げていました。2度の世界チャンピオンに輝くアロンソ選手と角田選手が争うのを見るのは楽しいですが、今は何よりも角田選手にレッドブルで結果を出してもらいたいという気持ちが強い。
だから前回も言いましたが、ウイリアムズ復活やアロンソ選手の活躍はうれしいですが、「タイミングは今じゃないんだよな......」とついつい思ってしまいます(笑)。
■スペインGPを制したドライバーが王者になる!?
過去のデータを見ると、スペインGPを制したドライバーがチャンピオンになるケースが多い。フェラーリ時代のミハエル・シューマッハ選手やメルセデス時代のハミルトン選手、最近はフェルスタッペン選手もそうです。
今年のウイナーのピアストリ選手はデビュー3年目ですが、勝利を重ねるごとにどんどん風格が出てきているように感じます。ただフェルスタッペン選手がエミリア・ロマーニャGP、モナコGPではノリス選手がそれぞれ優勝したことで、スペインGP終了時点でのポイントランキングは首位のピアストリ選手が186点、ランキング2位のノリス選手は176点、ランキング3位のフェルスタッペン選手は137点と、チャンピオン争いはまだまだ混戦模様です。
それにマクラーレンが圧勝したスペインのカタルーニャと、次戦のカナダGPの舞台となるジル・ビルヌーブではコース特性がまったく異なります。バラエティに富んだコーナーが連続するスペインGPは空力性能が求められますが、直線と低速コーナーが組み合わされた"ストップ&ゴー"のカナダGPはブレーキやトラクションの性能が重要となります。
スペインとはまた違った展開になる可能性があります。しかもカナダGPはエスケープゾーンが狭いために大きなクラッシュが発生しやすく、荒れたレースになることも多い。
どんな展開になるのか今からワクワクしていますが、一番の注目はやっぱり角田選手です。カナダGPではようやくフェルスタッペン選手と同じ新型のパッケージで走れると思うので、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか。カナダGPの週末が待ちきれません!
☆取材こぼれ話☆
マネージングテクニカルパートナーとしてこの春、レッドブルからアストンマーティンに移籍した天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイ。スペインの前週に行なわれたモナコGPの現場に、アストンマーティンに移籍後、初めて姿を現した。
「これまでレッドブルやマクラーレンなどで数々の勝利とタイトル獲得に貢献したニューウェイですが、やっぱり存在感がありますし、彼がいるだけで何だかアストンマーティンのマシンが速くなるような気がします(笑)。マネージングテクニカルパートナーとしてチームに加入したニューウェイは基本的にレギュレーションが一新する2026年以降のマシン設計に携わっているようですが、現行のマシンにもアドバイスをしているようです。第7戦エミリア・ロマーニャGPでアップデートを投入して以降、競争力を上げてきたアストンマーティンですが、これからニューウェイのアドバイスによってマシンがどれだけ速くなるのか。そこにも注目しています」
スタイリング/渡邊奈央(Creative GUILD) 衣装協力/AKM ヘア&メイク/大平真輝
構成/川原田 剛 撮影/樋口 涼 写真/桜井淳雄