尿管結石に襲われ、救急車で病院に運ばれたという野村さん。「二度と味わいたくないがゆえ、予防に努めるようになった」痛みが人々の暮らしに与える影響は甚大だ。慢性的な疼痛に悩む人は40、50代の中年にもっとも多いと言われ、その痛みは時に人生さえ奪う。この脅威に、我々はどう向き合えばいいのか──最新の研究事情を追った。
◆痛みだけではなく、痛みへの恐怖がQOLを著しく損なう
今年1月、自宅で朝食を取っていた加藤健二さん(仮名・45歳)を襲った痛みは、これまで経験したことがないものだった。
「梅干しを口にいれた瞬間に右側の奥歯に釘を打ち込まれたかのような激痛が走りました。時間にして数十秒から1分程度。最初のうちはじっと耐えていれば収まったのですが、徐々に痛みが訪れる間隔が狭まっていき、痛みが去った後も恐怖で何も考えられなくなって……かかりつけの内科に行くと『神経痛』の疑いがあると言われ、大学病院で検査したところ、三叉神経痛と診断されました」
三叉神経とは脳幹から顔につながる神経で、三叉神経痛は顔面に激しい痛みを伴うとされる。医師から提示された治療法は苛烈を極めた。
「薬物治療、神経ブロック注射、頭部切開による手術の3つの治療法があると聞かされ、事の重大さに気づきました。高血圧、動脈硬化の人が患いやすい神経痛なのだと。とりあえず薬物治療を選択し、抗てんかん薬や降圧剤を飲むと強烈な痛みこそ減っていったのですが、今度は突然高熱に襲われ、体中に赤い発疹が出たのです。医師からは『重度の薬疹で最悪、死を招く』と説明を受け、入院を要請されました」
抗てんかん薬の服用をやめ、ステロイド剤に切り替えると発疹は収まり、暖かくなるにつれて痛みの発作は出なくなった。だが、加藤さんの表情は一向に冴えない。
「三叉神経痛は寒い季節に出やすい症状らしく、今は沈静化しましたが、いつまたあの激痛に襲われるか、怖いのです。ものを食べるとき、何か飲むたびに恐怖がよぎる」
◆「死よりも痛みが怖い」術後に感じた医療の限界
三叉神経痛に苛まれた加藤さん同様、猛烈な神経痛に突如襲われた経験を持つ個人投資家の羽田信二さん(仮名・52歳)。彼の場合は、心臓腫瘍だった。
「友人と焼き鳥屋で飲んでいたとき、巨人に胸を踏みつぶされたような痛みに襲われ救急車で運ばれました。心臓の腫瘍が大きくなり、神経を圧迫して痛みとなって出現したのです。すぐに緊急手術となり、10時間に及ぶ大手術の結果、無事腫瘍は取り除かれたのですが、問題はこの後からでした」
地獄は麻酔から覚めた瞬間に訪れた。術後は強力な鎮痛剤のオピオイドを投与されていたにもかかわらず、まったく効かなかった。
「重い痛みが永遠に続く気がして、死への恐怖すら打ち消すほどでした。ナースコールを連打しても、医師も看護師も同情はしてくれど痛み対策は何もしてくれなかった。ここに日本の医療制度の限界を感じました」
◆20代後半から30年近くも慢性疼痛に苦しめられた女性
三叉神経痛、心臓腫瘍はともに突発的に訪れる痛みとその恐怖が特徴的だが、一方で20代後半から30年近くも慢性疼痛に苦しめられた女性がいる。飲食業を営む沢田多恵子さん(仮名・58歳)だ。
「私が患ったのは、膠原病。原因不明の難病と言われ、頭痛、関節痛、高熱、体調不良と“ありとあらゆる苦痛”が襲ってきます。全身に吹き出物が出たり、薬の副作用でひどくむくんだり。うつやパニックを起こすこともあった。人生の半分はこの病気と付き合ってきました」
あらゆる痛みが日替わりで襲ってくる毎日。副作用の強いステロイド薬を10年以上飲み続けたが、投薬での治療にも限界があった。
一時期は自殺も考えたという沢田さんだが、40代になって知人から聞いた温浴療法が生活を変えた。
◆痛みを制御する第一歩は「カラクリを知ること」
沢田さんが言う。
「東北地方にある湯治場に通うようになると、徐々に苦痛が和らぐ感覚を得たんです。湯につかるとのぼせるので、湯気に2、3時間あたる。『私にはこれが一番効く』と実感がありました。以来、痛みの兆候が出ると湯治場に行く、を繰り返しています。症状がひどくなる時は前兆があるので、悪化する前に手を打つ。それまで感じていた発作的な激痛は減り、痛みとともに生きるのも人生だと思えるようになった」
このように痛みをコントロールする術は、尿管結石を患った男性からも聞くことができた。個人事業主の野村隆さん(仮名・44歳)だ。
「痛みの王様というだけあって、半端じゃなかった。ただ、振り返れば前兆があって、自分の場合は不摂生が続いたこと。今もビー玉大の石が腎臓にあり恐怖を感じますが、前兆を感じたら仕事を断り、食生活を見直すなど痛みと向き合うことにしました。今後も起きる恐怖は常に感じているけど、怖いが仕方ない」
慢性痛に対し集学的な治療・研究を行う日本初の施設、愛知医科大学疼痛緩和外科・いたみセンターで陣頭指揮を執る医師の牛田享宏教授はこう語る。
「痛みはお化け屋敷と似ていて、恐怖や不安を伴います。取り除くには、カラクリを知ることが第一歩。痛みそのものを抑えることが困難でも、これならば大丈夫という知識と体づくりで安心感を持った生活を習慣づける事が大切です。痛み止めや鎮痛剤など、その場の痛みを緩和することももちろん大切ですが、痛みと向き合う姿勢も重要です」
絶望ではなく希望を持って生きるには、知識や周囲の理解が不可欠だ。
【愛知医科大学教授・牛田享宏氏】
高知医科大学卒、同大整形外科入局。テキサス大学およびノースウエスタン大学客員研究員などを経て現職。新著に『「痛み」とは何か』(ハヤカワ新書)
取材・文/週刊SPA!編集部
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