
愛らしいけれどどこか人間くさい表情が魅力のマーモット。今、日本初のマーモットカフェ『マーモット村』が東京・中野区野方に2025年5月24日にオープンし、密かに注目を集めています。しかし、このカフェはただの癒やしスポットではありません。運営元のマーモット株式会社が掲げる真の目的は、マーモットの保護活動を主軸とした施設なのです。
【写真】足の指切断手術を終え…安心したのか、へそ天で眠るマーモットさん
代表を務める今井英莉さんがマーモットのSNS動画を見て、その愛らしさに心を奪われたのがすべての始まりでした。そこから以前から知り合いであったマーモット系インフルエンサーである「ドクターマーモット(通称ドクマ)」さんと一緒に、マーモットに関するさまざまな情報を調べていくうちに、中国山東省で違法かつ劣悪な環境で飼育されているヒマラヤマーモットの存在を知りました。2人は、「なんとか救えないか」という思いから保護活動を始めたといいます。
マーモット村ではカフェの運営、輸入手続き、生体販売などを担当し、一方の個人で活動しているドクマさんは、マーモット村での飼育環境の監査やSNSでの情報発信を担い、2024年7月には「マーモット愛好会」を設立。現在、会員数は500人以上にのぼるそうです。
傷ついたマーモットを救え!中国の劣悪な環境と保護活動
取材の日にマーモット村で公開していたのは6匹のヒマラヤマーモットですが、実はバックヤードにはケガをした治療中のマーモットが多くいます。指の欠損や鼻・頭の傷を負っている子は、獣医師による治療を経て、心身ともに健康になればカフェで公開できるとのことです。
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「中国には正規のマーモットブリーダーは1社しかなく、違法なブリーダーは輸入手続きができません。正規ブリーダーであっても環境は劣悪で、暗くて狭い施設に大量のマーモットが押し込められている状態で飼育されています。マーモットは集団で固まりやすい習性があるため、上に乗られて踏まれてケガしたり、仲間から引き剥がすときに指をケガしたりすることが多いんです」と今井さん。さらに、「ケガをしても治療されず、販売もできないためブリーディング施設で亡くなるのです」
ドクマさんは、もともと保護犬・保護猫のボランティア活動に関わっていた経験もあり、動物福祉の観点からこう語ります。
「中国では、ペットや動物への扱いがまだまだ酷い現実があります。マーモットは日光を浴びないといけないのですが、中国のブリーダーは生殖の効率性を重視し、薄暗い檻のような場所に閉じ込めています。そうした扱いにより本来は平和な生き物なのに人間に対して恐怖心を生み、仲間同士でも触れ合っただけで、人間と勘違いして仲間を攻撃するのです。中国のブリーダーに傷ついたマーモットの治療を懇願しましたが、まったく聞き入れてもらえませんでした。だからこそ日本に連れ帰り、適切な治療をしてあげたいと思ったのです」
生体販売は審査を厳しくし価格はあえて高めに設定
マーモットは世界で15種類確認されています。げっ歯類動物の日本への輸入は多くの規制がありますが、「ボバクマーモット」「アルプスマーモット」「ウッドチャック」の3種類はすでに動物園などで飼育されています。今回、ヒマラヤマーモットは新たな挑戦であり、日本の環境で生きていけるかを十分に調査し、中国から正規ルートで輸入するために約2年の歳月をかけ、200人ほどの協力者の助けで実現させました。
ドクマさんは、以前、悪徳ブリーダーの施設に通訳とともに旅行客を装って潜入調査をした経験もあるそうです。
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「中国人ブリーダーは、悪意を持って劣悪な環境で飼育しているわけではないと思いますが、文化の違いがあり、直接話してもなかなか理解されません。そこで中国の野生動物保護の管轄である林業局に働きかけ、悪徳ブリーダーの証拠を集め提出する計画です。また、マーモットブリーダーがいる中国、オランダ、アメリカ3カ国の行政と連携し、密猟や不適切な販売を防ぐための取り締まり活動にも参加しています」
今後は生体販売も予定していますが、誰もが簡単に飼えるようにはしていません。衝動買いや転売を防ぐために高額な価格設定(110万円〜170万円)にしています。ドクマさんは「すでに保護活動に800万円以上費やしており、マーモットは10年以上一緒に過ごす覚悟がなければ飼ってはいけません」と力説します。
ヒマラヤマーモットの魅力と飼育の難しさ
ヒマラヤマーモットは頭から背中にかけて黒茶の毛色が特徴です。標高の高いところで生息しているため、冬眠期間が6〜8カ月と非常に長く、冬眠前には体重の50%近く脂肪を蓄える必要があり、冬眠中に餓死するケースもあるとのこと。また、繁殖は冬眠明けにしか行えず、警戒心が非常に強いため人工繁殖は難しいのです。マーモット株式会社では、不適切な環境での人工繁殖には反対しています。
マーモット村の料金プランは、「ふらっとプラン(20分1500円)」と「満喫プラン(60分2800円)」の2種類あり、ワンドリンクとオリジナルグッズ付きのお土産ももらえます。現時点では、マーモットに負担をかけないよう入場人数を制限したり、来場者はマーモットに触ったりできません。トングを使ったエサやり体験は可能ですが、マーモットの体調が優先されるため、寄ってこなければエサやりは諦める必要があります。
「中国のブリーディング施設で育った子たちは、恐怖心のためご飯も食べられずガリガリに痩せ細っていることも多いのです。ココアちゃんは、日本に来たときお腹がぺったんこで、左足の小指がありませんでした。感染が広がっていたので隣の指も切断することになり、日本の獣医師さんに手術してもらいました。抗生剤を飲ませ、いまはモリモリご飯を食べられるまでに回復し、体重は2倍になったんですよ。昨日、久しぶりにケージから出してみんなに会わせたら、お腹を上にして“へそ天”で寝てくれたんです。安心して眠れるようになったのが、本当にうれしかったです。だんだんそうやって心配せずに、自由気ままに生きても大丈夫なんだっていう思いで過ごしてもらいたい。そのためにスタッフは毎日気を遣って優しくなでたり触れ合ったり、ご飯も置くだけじゃなくて直接手からあげるというのを大事にし、そういうコミュニケーションでだんだん人に慣れてもらっています」と今井さん。
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ドクマさんは「マーモットは急死した父の面影をどこか感じさせる」と言います。劣悪なブリーディング施設で飼育されているマーモットを救い出す保護活動が、父への恩返しだと感じていたのかもしれません。そもそもマーモット村をオープンさせたのは、資金不足やマーモットの受け入れキャパに限界があることからで、売上は保護施設の維持、保護活動、スタッフへの給料などに充てています。保護施設とは言わず、マーモット村がカフェという「入り口」を作ったことで、より多くの人が気軽にマーモットに関心を持てるようになったのは大きな一歩です。マーモット村の活動はまだ始まったばかりで、日本ではマーモットの認知度が低く、保護活動を支える資金や専門的なケアが求められています。マーモット村の取り組みが成功すれば、将来的に他のエキゾチックアニマルの保護活動へとつながる可能性もあるでしょう。
(まいどなニュース特約・鈴木 博之)