
【写真】水瀬いのり、笑顔も真剣なまなざしも…撮りおろし満載のインタビューカット
■“普通でいたい”少女が選んだヒーローの道
――『TO BE HERO X』の世界観やストーリーの印象について教えてください。
水瀬:最初に「ヒーロー」という言葉を聞いたときは、やっぱり世界を救うとか、特別な能力を持っているとか、そういうスケールの大きな存在を想像していたんです。でも『TO BE HERO X』が描いているのは、そのもっと“根っこ”の部分。誰かに憧れられたり、希望を託されたり。そんな、人と人との信頼関係の中にヒーローの本質があるということに気づかされました。「誰か一人の希望になれたら、それはもうヒーローなんだ」っていう感覚を、この作品を通してあらためて思い出させてもらったんです。
だからこそ、この物語はヒーローを“遠い存在”ではなく、“すぐそばにいるかもしれない存在”として描いているように感じました。きっと現実の世界にも、目立たなくても誰かを支えたり、そっと寄り添っている“ヒーロー”がいるんじゃないかって。作品を通じて、そんなふうにヒーローを身近に感じてもらえることが、とても素敵だなと思いましたし、演じながらも胸があたたかくなる瞬間がたくさんありました。
そしてもう一つ、この世界で印象的だったのが、「ヒーローも人間である」という描き方です。どれだけ恵まれた力を持っていても、心が揺らげば、それを保ち続けることはできない。恐れや迷い、不安といった“弱さ”を抱えているからこそ、信頼を得ることの意味が大きくて。人は完全じゃない。だからこそ、誰かを信じること、信じてもらえることの重みがよりリアルに感じられる。
この作品は、ヒーローの“かっこよさ”だけじゃなくて、“内面の強さ”や“人間らしさ”まで深く掘り下げているところが魅力だと思います。本当の強さとは何か……それを問いかけてくるようなストーリーなので、ぜひ多くの方にその答えを感じ取っていただけたら嬉しいです。
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水瀬:私が演じるラッキーシアンは、登場するまで時間があったので彼女の過去や、なぜヒーローになったのかという背景に集中して向き合うことができました。特に、幼少期から特別な環境にいたことで、恵まれているように見える反面、ずっとそのことで悩み続けてきた。そういう“影”の部分を大切に演じました。
“幸運を味方につけて戦う”って、一見とても特別なことのように思えて、実は彼女自身はそれを誇ったり、自覚しているわけではないんです。むしろ、その力があるがゆえに感じてきた葛藤や、どこか「本当にこれでいいのかな?」という迷いが、彼女の根底にあると感じました。
彼女は決して底抜けに明るいわけではなくて。周囲からは「ラッキーで羨ましい」と思われるような存在かもしれませんが、本人にとってはその力がむしろ「自分を縛っている」と感じている節もあるんです。だから私は、彼女が「私は幸運なんだ」と自覚しているようには演じませんでした。
どこかで「これでよかったのかな」と思いながら、それでも前を向こうとしている。そんなラッキーシアンの繊細な揺らぎを通して、“ヒーローって本当に完璧じゃなくていいんだよ”というメッセージが伝わったら嬉しいです。彼女の幸せそうな笑顔が、見る人によってはちょっと切なく映るかもしれない。そんな余白を残しながら、心を込めて演じました。
――“幸運”が彼女のヒーロー性を象徴するものでありながら、そこに相反する感情があるのですね。
水瀬:彼女って、本当に“普通”でいたい子なんです。でもその「普通」を求める気持ちとは裏腹に、彼女の体質や置かれた状況は、どうしてもそれを許してくれない。特に印象的だったのは、彼女が自分の意思とは関係なく“助かってしまう”瞬間が描かれているシーンです。危機的な状況に陥っても、彼女だけが運よく無傷で済んでしまう。それは他のヒーローたちのように“力を発動する”というより、彼女自身の存在そのものが幸運を引き寄せているようなものなんです。
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――ラッキーシアンとご自身が重なる部分はありますか?
水瀬:シアンって、どこにいても“自分らしさ”を崩さない子だと思うんです。私自身も、環境が変わってもあまり自分が大きく変わるタイプではなくて、そこはすごく似ているなって感じます。
特に印象的だったのは、シアンが“わからないことはわからない”ってちゃんと言えるところ。たとえ相手が目上の人であっても、自分の気持ちを大切にして、疑問に対して正面から向き合おうとする。たとえばクイーンさんとのやり取りでも、ただ流されるのではなくて、ちゃんと自分の気持ちを持って接していく姿勢に、「わかるなぁ」って強く思いました。
私自身も、自分の中に解決できていない感情や、ちゃんと向き合いたい気持ちがあると、すぐにやり過ごすのではなく、ちゃんと時間をかけて考えるタイプなんです。“その場をうまくやりくりする”よりも、“次に進むために一度立ち止まる”という選択をする。そういうところに、すごくシアンらしさを感じるし、自分と重なる部分として共感しながら演じていました。
■水瀬いのり流・信頼の築き方 大切なのは“無理に踏み込まない”こと
――「信頼」がスーパーヒーローを生み出すという本作の設定にちなんで、水瀬さんがこれまでの人生で大切にしてきた「信頼の築き方」があれば教えてください。
水瀬:私はわりと、“地雷”を先に知りたいタイプ”なんです。「これ、今から聞こうとしてることがもし嫌だったら、遠慮なく言ってね」とか、最初に相手の境界線をちゃんと確認したい。気を遣われることが苦手なので、「ここまでは大丈夫」「ここからはちょっと嫌かも」っていうラインをお互いに共有しておきたいんです。だから、そういうスタンスを自然と理解し合えるような人が、周りには多い気がします。
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逆に、まだ相手との関係に自信が持てないときは、無理に踏み込んだりはしません。私は、会話ってすごく“責任”があるものだと思っていて。自分が心を開いて話しかけるからには、ちゃんと相手の時間も大切にしたいし、お互いに“実りのある対話”ができる状態じゃないと、あまり踏み込まないようにしているんです。
なんとなく話が弾んで、「まあ、いい感じだったよね」で終わる関係もあるかもしれないけど、私はそういうのって、結局どこかで“気まずさ”になってしまうと思っていて。それなら最初から、お互いがちゃんと楽しく、安心していられるような関係を築きたい。だから、自分の中で「この人とは深く関われそう」と感じたときには、勇気を持って一歩踏み込んでいく。それが私なりの、信頼を育むコミュニケーションなのかなって思います。
――「何気ない会話にも責任が伴う」という感覚は大切ですよね。また、ラッキーシアンは人との出会いによって運命が動き出すキャラクターですが、水瀬さんご自身の人生を大きく変えるきっかけになった出会いや出来事はありますか?
水瀬:特定の「誰か」というより、「声優という仕事」そのものが、私の人生を動かしてくれた大きな出会いだったと思います。“声でキャラクターに命を吹き込む”ということが、私にとってのすべての原点であり、きっと一生をかけて向き合っていく存在。そうやって、自分自身を構成してくれた“運命の出来事”だったなと、今も感じています。
■今日の自分の頑張りが、未来の誰かの支えになるかもしれない
――水瀬さんにとっての「ヒーロー」とは、どのような存在でしょうか?
水瀬:すごく素直な気持ちで答えると……もしかしたら、“自分自身”かもしれません。毎日仕事をして、生活をして、何気ない日々を積み重ねていく。それを続けていくためには、自分がちゃんと“ここにいる”ことが大切で。自分がいなければ、今の環境も、大切な人たちとの出会いもなかったと思うんです。過去の自分が頑張ってくれたから、今の自分がある。そう思うと、自分自身が、自分を守るヒーローなんじゃないかって感じることがあります。
ですが、もし自分以外の誰かを挙げるとすれば、それは母です。実は、私はもともとこの仕事に就くつもりはなかったんです。でも母が、「あなたにはこういう仕事が向いていると思うよ」と背中を押してくれて。自分自身がまだその道を信じきれていなかった時に、まっすぐな言葉で可能性を信じてくれた。それが、今の私を作ってくれたきっかけでした。
今、こうして大好きなお仕事に出会えているのは、あのときの母の言葉があったから。だから、母は私にとっての“人生を変えてくれたヒーロー”なんです。
――素敵なエピソードですね。また、ご自身が声優として活動される中で「誰かにとってのヒーローになれた」と感じる瞬間はありますか?
水瀬:私はどちらかというと自分を客観的に見てしまうタイプなので、「誰かのヒーローになれている」と強く実感することはあまりないんです。でも、ファンレターをいただいたときや、ライブ・イベントでみなさんの表情を目にしたとき、なかには涙を流してくださる方もいて「私という存在が、こんなにも誰かの心の中に大きく残っているんだ」と感じる瞬間があります。
そういうとき、嬉しいというより、正直すごく驚いてしまって。同時に「どうしてそんなに思ってくれたんだろう?」って、その理由が知りたくなります。どんなときに、私の声や演技がその方の心に届いたんだろう。その涙には、どんな想いがあったんだろう……。そんなことを自然と考えてしまうんです。
そして、そんなふうに想ってくれる人がいるのなら、その気持ちにちゃんと応えられる自分でいたい。「今日の自分の頑張りが、未来の誰かの支えになるかもしれない」そう信じられるようになったのは、この仕事を続けてきたからこそだと思っています。
(取材・文・写真:吉野庫之介)
テレビアニメ『TO BE HERO X』は、フジテレビほかにて毎週日曜9時30分から放送中、毎週月曜12時からNetflix&Prime Videoにて最速配信。