
西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第52回 5人交代制で輝いた選手
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回は好試合が連続したUEFAネーションズリーグ準決勝から。5人交代制を生かしたポルトガル&フランスの様子と、そこで輝いた選手たちを紹介します。
【5人交代制の威力】
UEFAネーションズリーグの準決勝は、2試合とも選手交代で流れが変わっている。
ドイツvsポルトガルはフロリアン・ビルツが48分に先制。一進一退ながら、ややドイツ優勢の展開だった。しかし、ポルトガルが58分に3人を交代すると流れは一変。63分にフランシスコ・コンセイソンのゴールで追いつくと、68分にクリスティアーノ・ロナウドが決めて逆転。そのまま勝利した。
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スペイン対フランスは稀に見るハイレベルだった。どちらも攻め合い、攻撃すれば決定機を作る。展開は互角だったがスペインが55分時点で4−0のリード。フランスは59分にキリアン・エムバペのPKで1点を返す。十分チャンスは作れていたので、あと1、2点は取れそうだったがさすがに3点差は厳しいかと思われた。
ところが、終わってみれば5−4。67分に5点目をゲットしたスペインに追いつくことはできなかったが、終盤の3連続ゴールは鬼気迫るものがあった。こちらも63分の3人交代で流れを変え、さらにふたりの交代で追撃の波を作っていた。
5人交代制が定着してから、選手交代は大きな意味を持つようになっている。
それまでの3人交代、あるいはそれ以前のふたり交代では、戦術的な交代はふたりないしひとりに限られていた。これは試合の流れや時間帯にもよるが、負傷者が出た場合を考えると交代枠をひとり残しておく必要があったからだ。
ふたりの交代ならば試合の流れを変えられるが、ひとりで大きな影響を与えるのは難しい。それが5人となればシステム変更も含め、フレッシュな選手を同時に3人入れるだけでも効果は期待できる。11人プラスアルファだったサッカーは、16人で考えるのが普通になったわけだ。
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【ポルトガルはヴィティーニャとフランシスコ・コンセイソンで逆転】
58分の3人交代で一気に流れを変えて逆転したポルトガルの選手交代は、ジョアン・ネベス→ネルソン・セメド、ルベン・ネベス→ヴィティーニャ、フランシスコ・トリンコン→フランシスコ・コンセイソン。いずれも同じポジションの交代でシステムの変更はないが、明らかにギアが上がった。爆上がりした。
大きかったのはヴィティーニャの登場だ。本来なら先発で出るはずのプレーメーカーだが、チャンピオンズリーグ決勝を戦った疲労を考慮したのだろう。足下に吸いつくボールコントロール、絶対的なキープ力、俊敏なドリブル、走り続ける体力......おそらく現在世界最高のMFの投入でポルトガルは本物のポルトガルになった。ビルツをマークしつつのゲームメイクというところに、ヴィティーニャの凄さを感じる。
殊勲はフランシスコ・コンセイソン。右サイドに開いてパスを呼び込むと右足でボールを止め、すぐに左足のタッチで一気に加速、あっというまにペナルティーエリア近くまで前進し、得意の左足でファーサイドへ完璧なシュートを叩き込んだ。
父親はポルトガル代表の常連だったセルジオ・コンセイソン。ポジションは同じウイングだがプレースタイルはかなり違う。利き足も違うし、身長もだいぶ息子のほうが低い。名前を知らなければ親子とは思わないだろう。フランシスコ・コンセイソンの特徴はなんといってもスピード、初速の速さがずば抜けていて、それが同点弾の場面で遺憾なく発揮されていた。シュートも高速でドリブルしながら、体を開いて蹴り足に体重を乗せる見事なキックだった。
フランシスコ・コンセイソンはその後も次々とチャンスを作っている。先発のトリンコンがほとんど何もできなかっただけに交代の威力が目立ったわけだが、トリンコンは決定力に優れたアタッカーなので先発は不思議ではない。さらにこの試合では左サイドだったペドロ・ネトも本来は右サイド。右ウイングにタイプの違う3人の左利きがいるわけだ。左もディオゴ・ジョタ、これまで先発起用されていた異能のラファエル・レオンがいる。
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ポルトガルは昔からウイングの宝庫だったけれども、以前はいても使いきれなかった。現在は5人交代制を最大活用できるチームのひとつだろう。
【圧巻のラヤン・シェルキ】
63分の3人交代でギアを入れたフランス。こちらの起爆剤はラヤン・シェルキである。
デジレ・ドゥエ→ブラッドリー・バルコラはパリ・サンジェルマンでも定番のリレーだが、シェルキはこれが初キャップ。トップ下のマイケル・オリーセとの交代だった。
圧巻だった。絵に描いたようなテクニシャンで両足をまったく同じように使う。ウスマン・デンベレもそうだが、それ以上の完全な両足利き。右利きらしいが、左足を使っている時は左利きにしか見えない。79分のゴールも左足だった。
エムバペの横パスを受け、浮かせて左足のボレー。84分にはバルコラへの針穴を通すようなスルーパスからオウンゴールを誘い、93分にはコロ・ムアニへピンポイントのクロスボールでアシスト。3得点を生み出している。
先発したオリーセは長身の技巧派で守備もしっかりやる現代的なトップ下だが、シェルキは時代錯誤に思えるくらい古典的である。そんなに走らないし、守備力も高くない。ただし猛烈にうまい。シェルキ登場前もフランスはエムバペ、ドゥエ、デンベレが強力な個人技でチャンスを作っていたが、シェルキはこの3人をも超越したスキルで流れを持っていった。
自信満々で不遜にみえるくらいのプレースタイルは、ブラジル代表の大御所的名人だったロベルト・リベリーノを想起させる。技術が違うので見えているものも違う。スペインの守備ブロックを問題にせず、プレー単位をメートルからセンチメートル、ミリメートルに変えたような感じだった。
久々に代表復帰したスペインのイスコが似たタイプだが、シェルキはそれに輪をかけたテクニシャン。しかもまだ21歳。タイプは違うが、ジネディーヌ・ジダンが出てきた時の異物感に近い。明らかに周囲と違う技術レベルの持ち主。シェルキをいかにチームに組み込むか、あるいは組み込めないのか。ディディエ・デシャン監督の采配が注目される。
それにしてもアントワーヌ・グリーズマンを失って、まだオリーセとシェルキがいるフランスの層は分厚く、5人交代制をフルに使えるチームと言える。
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