コロナ禍後における、観光地としての宮古島の現在地を取材した本企画。前編では、宮古島の観光ブームの光と影を見てきた。2024年度に観光客数119万人という過去最多記録を達成した背後には、深刻な人手不足、住宅問題、土地価格高騰などの課題が山積していることが明らかになった。
【写真】宮古島の雪塩が運営する「島の駅みやこ」では、島内で生産された野菜などを販売している(筆者撮影)
後編では、これらの課題に対する宮古島観光協会の取り組みと、持続可能な観光地域づくりへの挑戦を追う。
●設立から3年、登録DMOに
宮古島観光協会の川満正寛事務局長が強調するのは、観光客数の追求から質の向上への転換である。その象徴が、3月に認定された登録DMO(観光地域づくり法人)での活動だ。
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「コロナ禍前は観光プロモーションが中心で、『宮古島においで、おいで』と外ばかりを向いていました。しかし、いざ観光客が増えると、何のためにやっているのか疑問に思うようになりました。海外の大型クルーズ船が来た時期には道路や店が大混雑することで、島民からは『外国人をこんなに呼んで、俺たちのために何にもならないじゃないか』と厳しく叱られました」
この反省から、宮古島観光協会は地域住民への貢献を最優先に考えるように。そこでDMO設立に向けて動き出し、2022年3月には同協会は観光庁から候補DMOとして認定された。これは単なる組織の発足ではなく、観光業のあり方そのものを見直す転換点となった。
「DMOの目的は地域を稼がせる仕組みを作ることです。観光協会だけでなく、行政、JA、漁協など、あらゆる関係者を巻き込んで議論した結果、1年間の検討を経てDMO設立を決断しました」
●宮古島を知り尽くすガイドを育てる
登録DMOになったことによって、宮古島観光協会は国の補助事業に申請できるようになった。現在進めているのが、島民を対象とした観光ガイド人材育成プログラムである。
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「島の文化を案内できるガイドを養成し、インバウンドにも対応できる体制を整えています。ガイドのスキルをランク付けし、Aランクならガイド料3万円といった付加価値を設定する構想です」
単なる観光案内ではなく、宮古島独自の文化体験も提供する。例えば、伝統的な飲酒文化「オトーリ」を外国人観光客に紹介し、その歴史的背景を解説することで、文化的価値をコンテンツに変え、経済価値に転換する試みが行われている。
「ローズウッド宮古島の総支配人から『オトーリは素晴らしい文化だ』と言われました。島民にとっては当たり前のことでも、外部の人には貴重な体験となります。こうした島の文化をコンテンツとして売り出していくことが重要です」
●地産地消促進による経済循環改善
経済面において宮古島が抱える構造的問題の一つが、いわゆる「ザル経済」だ。これは観光による収益が地域に落ちずに外部へ流出してしまう状態を指す。一例を挙げると、宮古島では食材の多くを本土からの輸入に依存している。川満氏によると、年間の食材需要約110億円のうち、地元産が占める割合は1〜2割程度にすぎないという。
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「観光収入以上に支出の方が多いのが現状です。観光客が増えたと喜んでいる場合ではなく、お金がどこに落ちているかを考えれば、この構造を変える必要があります」
この問題を解決するため、宮古島では「しまさんにしましょう!」をキーワードとした地産地消推進運動を展開している。もっとも、単なる愛郷心に頼るのではなく、品質や栄養価の優位性を訴求することで、消費者の行動変容を促している。
「スーパーで100円の県外産ネギと200円の宮古島産ネギがあれば、多くの人は100円のネギを選びます。しかし、宮古島産ネギの栄養価やおいしさを理解してもらえれば、200円でも選んでもらえるはずです」
●ふるさと納税額は増加の一途
「自ら稼ぐ」という観点で、宮古島観光協会が大きな成果を上げているのが、ふるさと納税事業の運営である。2023年度の個人版ふるさと納税額は12億6813万円、2024年度は11億8336万円と下がったものの、寄付件数は前年度比26.1%増の1万4627件で過去最高となった。
「2021年に事業の委託を受けた当初、返礼品を提供するのは50事業者程度でしたが、現在は200事業者を超えています。寄付額も5億円から12億円と倍以上の成長を遂げました」
特に注目すべきは、個人事業者への支援体制である。
「おじい、おばあ一人ではできない複雑な手続きを、私たちが全て代行します。生産に専念してもらい、商品ができたら連絡をもらう。梱包用ダンボールに宛名シールも貼って、宅配便が来たら出すだけの仕組みを作っています」
ふるさと納税の活発化は、オーバーツーリズム対策としても機能している。実際に来島しなくても宮古島の魅力を返礼品で体験でき、将来的な来島につながるファン作りの効果があるからだ。
「来島せずに宮古島の良いものを求めてくれるファンが増えれば、最終的には観光客を選べるようになります。質の高い観光客に来てもらう基盤作りになっています」
宮古島市の財源確保の手段として、宿泊税導入の議論も進んでいる。川満氏は、観光客にとって宿泊税は既に一般的な制度であり、理解を得られやすいと考えている。
「京都や大阪でも宿泊税が導入されています。観光客は既にこうした税金に慣れており、大きな反対はないでしょう」
●持続可能な観光への展望
川満氏が描く理想的な宮古島観光の姿は、量的拡大から質的向上への転換である。
「観光客数を追いかける必要はありません。最終的には、エコに興味があり、宮古島を大事にしてくれる観光客を選びたい。『美しい海を皆で守っているんだ』というメッセージを発信し続けることで、環境意識の高い観光客が自然に集まるようになるでしょう」
この実現のためには、観光客だけでなく住民の意識改革も不可欠だ。
「島民の中にもゴミをポイ捨てしている人はいますから、地元の意識も変えていく必要があります。観光客と住民が一体となって宮古島の美しい環境を守る文化を作りたい」
宮古観光協会の取り組みの根底にあるのは、「島民の幸せなくして、島の発展なし」という理念である。
「(吉井良介)会長がいつも言っているのは、『宮古島の市民が幸せにならない限り、私たちの存在意義がない』ということです。しっかりと稼げる仕組みを作り、自分たちを守りながら地域に貢献していく必要があります」
登録DMO、地産地消推進、ふるさと納税活用、宿泊税導入など、多角的なアプローチを通じて、持続可能な観光地域づくりを目指している。
観光ブームに沸く他の地域にとっても、宮古島の経験は貴重な示唆を提供するだろう。量的成長の追求から質的向上への転換、そして地域住民の幸福を最優先とした観光政策の確立。これこそが、真の意味での観光立地域の姿なのかもしれない。
「離島でのモデルケースを作り、成功事例として他の地域にも参考にしてもらえれば、皆が潤う世界ができるのではないでしょうか」
川満氏の言葉は、宮古島の挑戦が単なる地域活性化を超えて、日本の観光業界全体への問題提起でもあるのだ。
●著者プロフィール
伏見学(ふしみ まなぶ)
フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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