新型コロナウイルス禍で大きな打撃を受けた沖縄県の観光産業が今、息を吹き返している。
【写真】伊良部島と宮古島をつなぐ全長3540メートルの伊良部大橋(筆者撮影)
沖縄県が4月25日に発表した2024年度の入域観光客数は、前年度比16.6%増の995万2400人だった。これは、過去最高だった2018年度の1000万4300人に対し、99.5%の水準まで回復したことになる。
なかでも観光客数の急増が目立つのが宮古島市だ。同市の観光客数は2024年度に119万2871人(前年度比25万4709人増)となり、最多記録を更新した。
●「単なる回復ではない」観光の質に変化
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しかし、その内実は複雑だ。宮古島観光協会の川満正寛事務局長に話を聞くと、現在の状況は単純な「回復」ではなく、質的な変化を伴った新たな局面に入っていることが分かる。
「コロナ禍前のピークだった2018年度は、約70万人が航空便、約40万人がクルーズ船での来島でした。現在クルーズ船は約20万人にとどまっている一方で、航空便の利用者が大幅に増加しています」
この変化は、宮古島の観光にとって経済的なメリットを意味している。クルーズ船は基本的に日帰り客であり、朝に到着して夜には出港してしまう。一方、航空便利用者は宿泊し、レンタカーを借り、飲食店を利用し、土産を購入する、いわゆる「滞在型観光」が基本となる。
「現在の観光客の多くはしっかりと宮古島にお金を落としてくれる。そういう意味では一定の経済効果が出ている状況だと言えるでしょう」と川満氏は説明する。
コロナ禍以降、観光客の客層にも変化が見られる。高級リゾートホテルの建設により富裕層の来島が増加している一方で、ゲストハウスや民泊も増えたため、低価格志向の観光客も押し寄せている。
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「みやこ下地島空港にはプライベートジェットが乗り入れ、ヒルトンなど外資系高級ホテルが拡張を続けています。一方、安価なゲストハウスも急増し、把握できないほどの軒数になっています」
●深刻化する人手不足
しかし、この観光ブームの陰で深刻な問題が表面化している。顕著なのが人手不足だ。
「ツアーバス、タクシー、飲食店など、あらゆる分野で人が足りません。他方、ホテルは次々と建設されており、全体の稼働率は分散により下がっています。ホテル経営者からは『もっともっと観光客がほしい!』という声が上がっています」
レンタカー業界では、コロナ前から台数が倍近くに増加。特に保有数10台以下の中小レンタカー業者が急増している。大手は元の規模に戻しただけだが、中小業者の参入により供給過多の状態となっている。
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観光客自身が運転できればいいが、全ての人がそうではない。そこでタクシーの需要が増えることになるが、目下、タクシー不足が深刻である。宮古島には約220台のタクシーがあるが、運転できるドライバーは130人程度しかいない。
「以前は1台のタクシーを複数のドライバーが交代で運転していましたが、現在は1人1台と専用になっています。高齢化でコロナ禍のタイミングにやめてしまったドライバーが多く、車両はあっても運転手がいない状況です」
加えて、観光ツアーバスも台数やドライバーが限られている。こうした問題は観光客の1割を占める交通弱者(高齢者や免許を持たない若年層)に深刻な影響を与えている。レンタカーを利用できない観光客は、実質的に移動手段を失っているのだ。
●倍増した家賃、住めなくなる地元民
宮古島に起きている人手不足の根本的な原因として、川満氏は「住宅問題」を挙げる。
「コロナ禍前から現在もなおホテルの建設ラッシュが続いており、県外から作業員が大量に来島しています。島内には十分な建設業者がいないため、これらの作業員用のアパートを次々と借り上げるか、あるいは新しく建設しています。その結果、一般住民が借りられる住宅がなく、家賃も高騰しています」
現在、ワンルームアパートの家賃は月額9万円を超える水準に達している。以前は月4万円程度で新築ワンルームを借りられたというから隔世の感がある。
「地元の若者は一度島を出ると、以前は仕事がないから帰れませんでしたが、今は仕事があっても帰れません。住む場所がないからです。賃金は少しずつ上がっていますが、それ以上に住宅コストが上昇しており、家賃を払ったらもはや生活できない状況です」
土地価格の高騰も深刻な問題となっている。特に外資系ホテルチェーンの進出により、土地取引価格は異常な水準に達している。
「外資系ホテルが億単位で土地を購入しています。伊良部島では海岸線のほとんどがリゾートホテル用地として売却されてしまいました」
2025年の地価公示では、住宅地の地価上昇率において「宮古島市上野字野原東方原1104番」が23.1%と、全国で3位になったほどの高騰ぶりである。
●“隠れ住民”と持続可能性の壁
さらに、表面化しにくい問題として“隠れ住民”の存在がある。
「住民基本台帳上の人口は約5万5000人で何年も変わっていませんが、実際には2万〜3万人の“隠れ住民”がいるとみています。主に短期の就労者や移住者ですが、当然、彼らは住民税を納めていません。実際の人口は増加しているのに税収は変わらないという歪んだ状況です」
一方、元来の宮古島住民は高齢化により減少傾向にある。このままでは若者が戻れる環境がなく、宮古島出身者によるコミュニティーそのものが存続の危機に瀕する可能性がある。
こうした状況を受け、行政も動き始めた。1月に就任した嘉数登新市長は、若者の住宅確保を“1丁目1番地”の課題として位置付け、4月には専門部署を新設した。
空き家の利用、市営住宅の開放、廃校舎の利活用など、多角的なアプローチが検討されている。特に廃校を短期宿泊施設として活用し、労働者向けの住環境を整備する提案も出されている。
宮古島の観光ブームは確かに経済効果をもたらしているが、その代償として深刻な社会問題を生み出している。人手不足、住宅不足、土地価格高騰、交通問題など、複数の課題が相互に関連し合い、住民の生活を圧迫している。
観光客数の増加だけを追い求めるのではなく、持続可能な観光のあり方を模索する必要がある。
後編では、宮古島観光協会の具体的な対策と、DMO(観光地域づくり法人)設立による新たな地域経営の可能性について詳しく取り上げる。
●著者プロフィール
伏見学(ふしみ まなぶ)
フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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