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マイクロソフトが約6000人のリストラを断行した。AIに代替可能な人材を一気にカットしたという。その一方で、会社に籍を置きながら最低限の仕事しかしない「静かな退職」が、昨今話題となっている。なぜ人は「静かな退職」を選ぶのか――。
「静かな退職(Quiet Quitting)」とは、米国のティックトッカーが広めた概念だ。退職はしないが、必要最低限の仕事だけをこなす働き方のこと。今、この働き方が日本でも広まりつつある。
そこで今回は、AI時代に「静かな退職」を選ぶとどうなるかを解説する。特に若手社員や、部下の働き方に悩む管理職は、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
●なぜ「静かな退職」を選ぶのか? 3つの要因
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そもそも、なぜ「静かな退職」という働き方を選ぶのか? その背景にはいくつかの要因があるようだが、私は次の3つが大きいと考えている。
第1に、過重労働と評価のアンバランスだ。どれだけ頑張っても報酬や評価が伸びず、疲労ばかり蓄積する。「これ以上頑張っても損だ」と感じる人は多いだろう。
第2に、キャリアの限界である。昇進する枠は限られ、給与も頭打ち。将来像を描けないなら、今以上に頑張る意味を見いだせない、という気持ちも分かる。
第3に、価値観の変化だ。昔と違って環境も大きく変化した。自己投資や副業を重視する人が増えている。会社を「生活費を得る装置」と捉えるようになってもおかしくない。
こうして「最低限で十分」という考え方が、本人の中で膨れ上がったのではないか、と私は考えている。
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●「静かな退職」を選ぶ若者たちの仕事ぶり
それでは次に、「静かな退職」を選ぶ若者たちは、どんな仕事の仕方をしているのか。具体例を3つ挙げてみよう。
指示された業務だけを淡々とこなす
例えば、データ入力を頼まれたら、その作業だけを行う。効率化の提案もしない。他人のミスを見つけても報告しない。時間内に終わらせることだけを目的とする。
会議では発言せず存在感を消す
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会議に出席はするが、意見は求められない限り言わない。議事録係を頼まれても最低限の記録のみ。改善案や新しいアイデアを出すことはない。
定時になったら即座に帰宅する
残業は一切しない。たとえチームが忙しくてもサポートする気はない。「自分の仕事は終わった」という理由で、周囲への配慮もない。
これらに共通するのは「最低限の仕事」という考え方だ。しかし、ここで問題がある。本人にとっての「最低限」と、会社にとっての「最低限」は大きく異なることだ。
「最低限の仕事」しかしていないと、ドンドン「視座」が低くなる。何が「過重労働」なのかも、分かりづらくならないか。視座が低い状態で「最低限の仕事はしている」と主張しても、会社からは評価されないだろう。「ほぼ仕事をしていない」と思われても反論できない。俯瞰(ふかん)力がないため、組織で必要とされる仕事の全体像がつかめていないからだ。
こうなると、本人の主張と会社の見解とのギャップは広がっていくに違いない。「静かな退職」を選ぶ要因について3つ書いたが、もし本人の主観だけで客観的な裏付けがなければ、これらの要因についても説得力がなくなってくる。
●AI時代に置換される仕事の3つの特徴
近年、米国ではプログラマー数が急減している。米労働統計局(BLS)のデータによれば、プログラマーの人数は2000年代初頭に70万人以上とピークに達した後、減少傾向が続き、とりわけChatGPTが登場した2022年末以降の1年間で約27.5%も雇用が減った。わずか1年でプログラマー職の4分の1以上が消失した計算になる。
もちろんプログラマーだけがAIに置換されるわけではない。では、どんな仕事がAIに置換されやすいのか。3つの特徴を挙げよう。
1. ルーティンワークが中心の仕事
2. 創造性や高度な判断力を必要としない仕事
3. 人間ならではの対人コミュニケーションや関係構築を必要としない仕事
それでは、一つ一つ解説していく。
ルーティンワークが中心の仕事
定型的な作業の繰り返し。マニュアル通りに進めれば完了する業務。たとえば、データ入力、書類作成、簡単な問い合わせ対応などだ。AIというより、すでにデジタル化によって事務職の多くが奪われつつある。
創造性や高度な判断力を必要としない仕事
過去からずっと続く、慣れ親しまれた業務。新しい価値を生み出さない作業が該当する。斬新な発想、奇抜なアイデアが求められる仕事なら、まだAIより人間のほうが適している。AIが出力するアイデアは「これまでの平均値」であることが多いからだ。
人間ならではの対人コミュニケーションや関係構築を必要としない仕事
コミュニケーションを最小限に抑えられる業務。一人で完結する作業。顧客との深い関係性を必要としない仕事は、置換されていくはずだ。
これら3つの特徴を見て気づくだろうか。会社が「人間」に求めるバリューは、ドンドン高度になってきている、ということだ。したがって、「最低限の仕事しかしない」と言い張り、「静かな退職」を選ぶ人は、自らAIに置き換えられやすい働き方を選んでいると言えよう。
●「静かな退職」を続けた先に待つ3つのシナリオ
では、「静かな退職」を続けるとどうなるか。3つのシナリオを描いてみよう。
市場価値の停滞
「静かな退職」を続けて5年。ようやく転職を考えて履歴書に何かを書こうとしても、書くことがないだろう。面接で「この期間は何をしていたか」と聞かれても、具体的な成果を語れない。同世代が着実にスキルを積み上げている中、ようやく自分が取り返しのつかないことをしてきたと思い知る。もちろん転職市場での評価は低く、条件の良い会社への転職は困難だ。
AIによる業務の消失
まだ自分の意思で転職を選べるうちはいい。所属部署でAI導入が進み、会社が人員削減を決定。真っ先にリストラ候補に挙げられたら、どうか。まだ20代なのにリストラ対象になったら、自分の履歴に大きな傷がつくことだろう。
深刻なのは、長年の「静かな退職」で学習習慣がなくなってしまっていることだ。そもそもの脳の基礎能力も低下していたら、どんなに若くても容易にスキルアップできないまでになり果てているだろう。
完全な職業人生の崩壊
リストラされた後、転職活動を始めても、すでに市場価値はかなり落ちている。どの企業の書類選考も通過できないだろう。たとえ面接までありつけたとしても、「なぜ成長しなかったのか」と厳しく問われるに違いない。
結局、非正規雇用や単純労働しか選択肢がない。収入は激減する。将来への不安から精神的にも追い詰められる。かつての同僚たちは、AIを活用しながら高度な仕事をこなしている。その差は埋められない。
これらのシナリオは決して大げさではない。現にマイクロソフトのような大企業でさえ、AIに置換可能な人材を容赦なくカットしている。日産自動車は2万人、パナソニックは1万人の削減を発表。過去と違い、企業は黒字でも「攻めのリストラ」をする時代だ。「最低限の仕事しかしない」と主張した人材をサポートする余裕はない。
●今すぐ「静かな退職」から脱却せよ
AI時代において「静かな退職」は、自らの首を絞める行為だ。私はそう信じている。最低限の仕事しかしない人材は、真っ先にAIに置き換えられるだろう。
もし今の職場で力を発揮できないなら、速やかに新天地を求めるべきだ。「静かな退職」という逃げの姿勢ではなく、自分が活躍できる環境を積極的に探せばいい。
時代は急速に変化している。「静かな退職」という選択はやめて、もっと自分の「強み」を発揮できる場所を探そう。行動を起こすべきである。そうしないと、最悪のシナリオが現実のものとなってしまう。
著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。
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