長引く円安が影響を与えているのは、企業や観光客だけではない。欧米への留学を考えている大学生にとっても、それは大きな痛手だ。留学費用が大幅に膨らむ中、学業と両立しながら外貨を稼ぐ新たな働き方が注目されている。
今回紹介するのは、大学生でありながら外国人に日本語を教えるオンライン日本語教師として活躍する伊藤大輔さん。海外の語学学習プラットフォームを活用し、最高時給は40ドル(約6000円)、月収は最大で20万円弱に達した。
大学生という多忙な時間の中で、どのようにして外貨収入の道を見つけたのか。その秘訣(ひけつ)は、英語力と日本人としてのアイデンティティーを巧みに組み合わせたアプローチにあった。
●語学学習サイトPreplyで、日本語教師としてのキャリアをスタート
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伊藤さんは、英語教師の母親のもと、幼いころから英語に触れる環境で育ってきた。「母親が言っていることを理解できるようになりたい」という思いから、地元・群馬県にある小中高一貫のインターナショナルスクールに通い続け、英語力を磨いてきた。その成果もあり、英検1級、TOEIC950点を取得するまでに成長した。
自然と英語圏への留学を志すようになったが、そこで直面したのが「円安」という壁だ。奨学金を申請する予定ではあったものの、現地での生活費までをまかなうには、何かしらの収入源が必要だった。
そんな折、偶然大学の指導室で紹介されたのが、語学学習者と教師をマッチングするオンラインプラットフォーム「Preply(プリプライ)」だった。
Preplyは、世界中の学習者が、自分の予算や学習目的に合わせて教師を選び、オンラインでレッスンを受けられるサービス。比較的学習者が多い英語やスペイン語などはもちろん、ギリシャ語やセルビア語などのマイナー言語まで、さまざまな言語が対象になっている。「ネイティブから直接学びたい」というニーズの高まりを背景に、日本語を教えられる日本人教師への需要も増しているという。
●レッスンの工夫で評価も収入も上昇
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伊藤さんにとって、日本語教師という働き方はまったくの初挑戦だった。Preplyに登録する際には、自己紹介動画の撮影や、ネイティブスピーカーであることを証明する書類の提出が求められる。プロフェッショナルとして認定される「バッジ」の取得には資格が必要となるが、基本的には母国語話者であれば登録が可能だ。
初めての登録にあたって、伊藤さんは自己紹介動画にも工夫した。「同世代の外国人の日本語学習者を意識するなら、ポップでフレンドリーな雰囲気を出した方が効果的だと考えました。一緒に学んでいく姿勢を見せることを大事にしました」(伊藤さん)。
また、他の教師との差別化を図るために、レッスンのテーマ選びにもこだわった。「何が外国人の興味を引くのかを考えたときに、日本食や漫画、観光名所といったトピックを扱うようにしました。大学で観光について学んでいることもあり、時にはそれらの話題を英語で伝えるよう工夫しました」と話す。
現在は、3〜4人の定期的な生徒を抱えており、これまでに教えた生徒は15人ほどにのぼる。「米国や欧州、特にドイツやオランダなど、日本に関心を持つ生徒が多いです。英語がうまく通じないこともありますが、それも日本語教師として貴重な経験になっています」と語る。
そんな工夫を重ねた結果、始めた当初は時給8ドルだったレッスンも、今では20ドルまでに上げることができた。「1時間のレッスンでは、日本語教師としての役割に加え、文化交流の価値も提供していると思っています。楽しみながら稼げるというのが、この仕事の大きな魅力ですね」と笑顔を見せる。
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●LinkedInで見つけた新しい働き方。日本語教師でもAI相手でも問われた“日本文化力”
Preplyでの経験を通じて、「自分でも外貨を稼げる」と自信を持つようになった伊藤さんは、新たな仕事の可能性を模索する中で、大学のキャリア教育をきっかけにビジネス特化型SNS「LinkedIn(リンクトイン)」と出会った。
LinkedInは、世界で11億人以上が利用するプラットフォームで、情報発信やネットワーキングはもちろん、国境を越えて副業を含むさまざまな求人を探すことができる。伊藤さんはこのLinkedInを通じて、AIに日本語を教える「AIトレーナー」の仕事を見つけた。
この仕事では、AIが出力した日本語の文章をチェックし、より自然で正確な表現に修正したり、文化的なニュアンスを加えたりする。伊藤さんは、留学を控えている身として学業をおろそかにしないよう配慮しつつ、群馬の自宅から東京の大学までの往復6時間という通学時間を活用して業務に取り組んだ。
その結果、日本語教師とAIトレーナーという二本柱で安定して案件を受けられるようになり、最高時給は40ドル(約6000円)、月収は20万円に迫る成果を上げた。
そうした仕事を通じて、伊藤さんが改めて実感したのは、「本当に求められているのは、英語力以上に“日本文化への理解”である」ということだ。
「日本語教師もAIトレーナーも、日本文化を深く理解していることが大切です。日本語教師に関しては、日本語を教えてほしいというより、日本人と交流したい、リアルな日本文化を知りたいという人が多いです。AIトレーナーでも、日本の価値観や習慣を理解していないと、自然なフィードバックはできないと感じます」
文化や価値観に根ざした知識こそが、意外な強みになり、差別化につながることも多いという。「そうした“日本人として当たり前に知っていること”が、意外と役に立つんです。それによって、外国の人たちとさまざまな仕事をする中で、自分のキャリアに対する視野も広がっていくのを感じました」(伊藤さん)。
●外貨獲得で経験した“地球規模”の働き方は、キャリア感も変えた
伊藤さんは、外貨を稼ぐという経験を通じて、働き方や将来のキャリア観が大きく変わったと語る。
「最初は『本当に外貨で数十万円も稼げるの?』『詐欺だったらどうしよう……』と不安もありました。でも、実際に始めてみると、少しずつ成果が出て、自分にもできるんだという自信に変わっていきました」
こうした挑戦を重ねる中で芽生えたのが、「国境のない働き方」という感覚だ。特に大きかったのは、自分自身の価値に対する認識の変化だという。
「自分ができる仕事を、世界の誰かが必要としてくれる。それって、自分という商品を“輸出”している感覚に近いと思います。自分がどれだけ世界で通用するのかを実際に試せたことで、大きな自信にもなりました」
仕事を通じて培ったスキルも多い。日本語を教える際に齟齬(そご)が生まれないように英語で補足する力や、瞬発的な返答力。大学でファシリテーターをしていた経験も生かされ、生徒の意図をきちんとくみ取り、自然に会話を広げていくスキルも磨かれた。
これらの経験は、キャリアに対する考え方そのものを変えていった。 「以前は『どの企業に入るか』と考えていましたが、今は『自分がどこに価値を生み出せるか』という考え方に変わりました。インターネットやAIが当たり前で、世界中にクライアントがいる環境で働いたことで、自然と視野が広がりました」
さらに、海外のクライアントに頼りにされることで得られた自己肯定感も大きい。こうした経験により、以前はICT教育やIoTなどのテクノロジー分野に関心があったものの、人と接したり、人の魅力を引き出すことに興味を持つようになったという。“人事”領域に関心を持ちつつも、外貨を稼ぐ仕事や今後の米国留学を通じて、さらに自分の興味は何なのかを深掘りしていきたいと話す。
長引く円安という現実の中でも、学生のうちから海外とつながる働き方を選ぶことで、キャリアに対する認識が大きく変わりそうだ。伊藤さんのように、自分の得意分野を生かして外貨を稼ぐ「越境バイト」は、これからの時代、新しい働き方の選択肢として、静かに広がり始めている。
(薬袋友花里、フリーランスの記者・編集者)
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