「Baltimore Orioles」公式Xより 35歳のオールドルーキーが3試合ぶりの白星を懸けて、今季15試合目のマウンドに上る。
日本時間21日のヤンキース戦で先発が予定されているのは、新人王の資格を持つ投手の中で最多に並ぶ5勝を挙げている菅野智之だ。
菅野は昨年オフに海外FA権を行使してオリオールズに移籍。巨人時代の12年間で通算136勝を挙げたほか、MVPを3度、沢村賞を2度獲得するなど、球界のエースに君臨していたが、35歳という年齢や球速の低下などを危惧する声も少なくなかった。
しかし、大方の予想に反して、菅野はここまで14試合に投げて、5勝4敗、防御率3.38という上々の成績を残している。
◆与四球率の低さは全体の6位
開幕から安定した投球を披露している菅野だが、当初は奪三振数の少なさに「いずれ打たれ始めるだろう」といった厳しい声も目立っていた。そんな雑音をかきけしたのが、日本で培った経験だ。
実際、菅野の速球は剛腕がそろうメジャーリーグにおいて決して速くない。フォーシームの平均球速は92.3マイル(約148.5キロ)とメジャーではかなり遅い部類。21日現在、フォーシームを200球以上投じた投手はメジャー全体で193人いるが、菅野は165位。この球速では、メジャーで生き残ることは難しい。
しかし、菅野はそれを補って余りある制球力と投球術を持ち合わせている。
まず若手の頃から高く評価されている制球力だが、滑りやすいといわれるメジャーの公式球にもしっかり対応。四球の数は、9イニングあたり1.58個で、これは規定投球回数に達している全75投手中6位。1試合で3個以上の四球を与えた登板は一度もない。
◆“6つの球種”で打者を翻弄
そして、その制球力以上に光るのが熟練の投球術だ。MLB公式データサイトの「ベースボールサバント」によると、今季、菅野が投じた球種は全部で6つ。投球割合の多い順に、スプリット(25.7%)、スイーパー(19.0%)、フォーシーム(16.4%)、カットボール(16.0%)、シンカー(12.6%)、そしてカーブ(10.3%)となっている。
持ち球の多さはもちろんだが、6つの球種すべてを10%以上の割合で駆使している点は見逃せない。対戦する打者は的を絞るのも容易ではないだろう。
ダルビッシュ有(パドレス)も菅野に匹敵するレパートリーを持つが、これだけ投げ分けている投手は菅野をおいて他にいない。6つの球種から1つでも欠ければ、これだけの成績は残せていないはずだ。
◆注目すべき「初球の入り方」
持ち前の制球力と6つの球種を操ることでメジャーの強打者を手玉に取っている菅野だが、円熟味を帯びた投球術は「初球の入り方」にも表れている。
一般的には、ストライクを先行させて有利なカウントをつくるのが投手のセオリーだが、今季の菅野は、あえてその定石とは異なる入り方で結果を残しているのだ。
実際、菅野の初球の被打率は.381と高く、メジャー平均(.339)を大きく上回っている。1ストライク後の被打率も.255で、こちらも平均(.218)より高い。一方で、初球がボール判定だった場合の被打率はわずか.195。メジャー平均(.255)を大きく下回っており、むしろ“ボール先行”の方が打者を封じている。
普通の投手ならボール先行で苦しくなり、甘く入って打たれることが多いが、菅野は高い制球力と多彩な球種で挽回可能。つまり「ストライク先行が有利」という定石にとらわれず、“自分の土俵に持ち込む”ことができる熟練の投球術こそが、今の菅野を支えているのだ。
ちなみに、今季活躍している他の日本人投手を見ても、1ストライク後の被打率の方が1ボール後の成績よりもいい。山本由伸(ドジャース)が、1ストライク後=.176、1ボール後=.208、千賀滉大(メッツ)が、1ストライク後=.148、1ボール後=.231といった具合だ。
逆にいえば、菅野が初球の入り方にもう少しだけ気を配ることができれば、今後さらなる活躍にも期待できるだろう。
◆ヤンキースタジアムで快投なるか
オリオールズは5月下旬に借金の数が最大18まで増えていた。ところが6月に入ってからは白星が先行しており、浮上の兆しを見せている。それだけに、エース級の働きを続ける菅野の登板する試合は是が非でも勝ちたいところだろう。
21日は敵地ヤンキースタジアムでの大事な一戦。菅野は、地元ボルチモアでの前回対戦でヤンキースの強打線を5回無失点、8三振に封じ込めた。
熱狂的なファンが多いヤンキースタジアムでも同じような投球を披露できるか。菅野自身の移籍話も浮上する中で、絶好のアピールチャンスにもなりそうだ。
文/八木遊(やぎ・ゆう)
【八木遊】
1976年、和歌山県で生まれる。地元の高校を卒業後、野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。米国で大学を卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬情報サイトにて競馬記事を執筆中。