画像はイメージです ※画像生成にAIを利用しています 一般的に、子供や老人に対しては寛容な態度をとることが少なくありません。それは、大人たちが守るべき対象だからではないでしょうか。だから、多少の行き過ぎた行動でも大目に見られるものです。
ただ、度がすぎるとそうとは限りません。今回は、老舗喫茶店に通う常連の老人客に手を焼いた2代目オーナーのエピソードです。
◆昭和レトロな街角喫茶
昭和40年代の創業の老舗喫茶店「サカエ(仮名)」を切り盛りするのは、2代目の岡村さん(仮名・45歳)。地元で愛され続け、年配の常連客も多いのだとか。
「父が始めた店で、今年でちょうど55年になります。できるだけ昔のまま残しているんですよ。あのベロアの椅子も、実は開店当時のものなんです」
この店のこだわりは、注文が入ってから一杯ずつドリップで淹れるブレンドコーヒーとのことで、毎日足を運ぶ客も少なくないそうです。
「苦味と酸味のバランスを大事にしているんです。派手ではないけれど、毎日飲んでも飽きない味を目指しています」と岡村さんは話してくれました。
こうした丁寧な姿勢と変わらぬ味が、街の人々の心をとらえて離さない理由なのでしょう。
◆常連客が披露する手品に困惑
そんなこだわりが売りの老舗喫茶店ですが、最近までちょっとした“悩みの種”があったそうです。それが、常連客の稗田さん(仮名・88歳)の存在でした。
「毎朝、決まった時間に来店するんです。先代の頃から通ってくれていて、ありがたい存在ではあるんですが……」と岡村さんは声をひそめながら語ります。
稗田さんは、開店直後のまだ店内が静かな時間にやってきては、コーヒーを一杯注文し、決まって窓際の席に座っていました。ところが、ここ1年ほどで少し様子が変わってきたといいます。
「急に手品を始めたらしいのです。スカーフの色を変えたり、トランプの絵柄を当てたり……正直、どこかで習ってきたのかな?と思うような、懐かしい手品なんですけどね」
手品の内容は、いわゆる昭和の香りがするものばかりで、ややぎこちない動きに周囲の視線が集中することもありました。最初のうちは笑って見ていた他のお客さまも、次第に気まずそうに目をそらすようになっていったそうです。
「『見てくれる?』といって近くにいる客に何度も同じ手品を披露するものですから……。周りの客も戸惑っているようでした」と岡村さんは戸惑い気味に話してくれました。
◆常連客ゆえの苦慮する対応と募る焦り
稗田さんの、お世辞でも上手とは言えない手品に、岡村さんは頭を悩ます日々が続いたといいます。
「常連さんですし、長年通っていただいていたこともあって、きつく言うこともできなくて……。ただ、手品を見せられて困惑する客がいることも事実なんです」
店が混んでいない時には、岡村さん自身が話し相手になるなど、さりげなく手品をさせない工夫もしていたそうですが、それでも完全に止めることはできなかったといいます。
「本気で、ご家族に相談しようかと考えました。でも、そこまでしていいのかどうか……。自分の中でも迷いがあって」
結局、稗田さんに注意することも、ご家族に伝えることもできず、岡村さんは日々小さな葛藤を抱えたまま、時間ばかりが過ぎていきました。
◆突然訪れた呆気ない幕引き
ところが、ある日を境に、稗田さんは姿を見せなくなりました。
「急に来なくなるって、最初は風邪でもひいたのかなと思っていたんです」
しかし、それから数日後のこと。店にひとりの女性が訪れました。稗田さんの娘さんだと名乗るその女性は、静かにこう告げたそうです。
「父、先日亡くなりまして……。最後まで“サカエのコーヒーが一番おいしい”って言ってたんですよ」
その言葉に、岡村さんはしばらく言葉を失ったといいます。
「正直、ホッとした部分もありました。心のどこかで、“これで毎朝の気苦労がなくなる”と……。でも、それと同時に、ぽっかり穴が空いたような感じもありました」
先代の時からの常連である稗田さんに対して、もっと思いやりを持った接し方ができなかったのかと、岡村さんは後悔の念でいっぱいだったそうです。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営