
本日の賢者は、気候科学者の江守正多氏さん。地球温暖化や近年頻発する豪雨、猛暑など、私たちが身近に感じる問題を研究し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書執筆に携わるなど、国内外で活躍している。「気候変動の解説のおじさん」としてSNSやメディアを通じて、わかりやすく発信を続ける江守さんが、SDGsの視点から2030年を見据えた新たな価値観と生き方のヒントを語る。
【写真で見る】実用化が進む営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)
なぜ多くの人が危機的な認識を持たない?――この番組では、ゲストの方に「私のStyle2030」と題し、SDGs17の目標の中からテーマを選んでいただいております。江守さん、まずは何番でしょうか。
江守正多氏:
13番の「気候変動に具体的な対策を」です。
――13番はど真ん中。初めてか、2人目ぐらいの選択かもしれません。では、SDGs13番「気候変動に具体的な対策を」の実現に向けた提言をお願いします。
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江守正多氏:
今生きている世代が文明存続のカギを握る。
――ほとんどの人はそこまでの危機的認識がないとお考えですか。
江守正多氏:
気候変動問題が抽象的で、世界規模かつ何十年、何百年という話だからです。原因となる温室効果ガスは目に見えず、個人一人の行動でどうにかなる気がしないので、本質的に人間にとって考えにくい問題です。そういう問題だとわかった上で、どう受け止めるかを考えてくれる人が増えたらいいと思います。
――地球環境問題を考えてきて、楽しかったことや得したこと、印象に残ったことはありますか。
江守正多氏:
気候変動が人類の一番最大の問題と言われる位置づけになったのを、割と最初から見てきたことが得した気分です。一番最初ではないですが、1990年に国連のIPCCの最初の報告書を学生時代に読み、興味を持ちました。30年前は、世界が温暖化を止める合意をするなんて思っていませんでした。人類がこの問題に向き合えるのかと思いながら見ていましたが、パリ協定で化石燃料文明からの脱却を決意するまで進んだのはすごいことです。当時から見ていないとそのすごさがわからないと思いますが、僕はそれを感じられて、人生で得している感じです。大スペクタクルを一番いい席で見ている感覚ですね。
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――温暖化の影響で、魚の生息域が変わってきているのか。
江守正多氏:
複合的な原因がありますが、地球温暖化の影響も考えられます。海流の自然変動で黒潮の蛇行が起き、元に戻ることもありますが、平均的に海水温が長期的に上昇しているので、魚の回遊経路が影響を受けていると思います。これから温暖化が進むとさらに顕著になるでしょう。
――温暖化が解決したら海水温は下がるのでしょうか。
江守正多氏:
人間が大気からCO2を大規模に取り除ければ、地球の温度が下がり、海水温も徐々に下がるはずです。そうなれば、以前いたような魚が戻ってくる可能性もあります。ただし、何百年後になるかもしれません。
――毎年の異常な暑さに慣れてしまいましたが、日本は温暖湿潤気候と習いました。でも、亜熱帯のようなスコールや、春と秋が短くなった感覚があります。気候帯は変わってしまうのでしょうか。
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江守正多氏:
大きな意味では気候帯は変わりませんが、平均気温が上昇するので、亜熱帯のような気温になり、スコールのような雨が増えます。冬が終わったらすぐ暑くなり、残暑が長く、冬になる感覚です。気候科学的に、春は早くなり、秋は遅くなります。桜の開花が早まり、紅葉が遅れています。夏が長くなり、冬は短くなっていますが、最近30年は日本の冬の気温はそれほど温かくなっていません。冬はしっかり寒いのに夏が長いので、春と秋がなくなっていると感じる人が多いです。
――冬は寒いままですか。
江守正多氏:
冬は昔より暖かいですが、30年前にぐっと温かくなり、そこからあまり変わっていない。変動が重なり、そう見えていると思います。長期的にはさらに気温は高くなるでしょう。
――北海道と沖縄の気候格差はどうなりますか。
江守正多氏:
北海道や東北の方が温度上昇が大きく、雪が減ると太陽光を吸収しやすくなり、春や秋の気温が上がりやすくなります。沖縄は海に囲まれ、温度上昇がマイルドです。温度差は縮まっていく感じです。北海道では夏が涼しかったのにエアコンが必要になり、東京オリンピックの札幌マラソンが暑かったように、涼しかった地域が暑くなっている実感があります。
――10年後、20年後の地球はどうなっていますか。
江守正多氏:
今のペースでは、20年で世界の平均気温が0.4度上がります。0.4度は大したことないと思うかもしれませんが、世界の平均気温は産業革命前から1.3度上昇し、1.5度以内に抑えるのが世界目標です。0.1度の上昇でも大きな影響があります。かつてカナダや北欧のあたりも1000m級の氷におおわれていた。そんな氷河期は今より6度低く、海面水位が130m低かった全く異なる地球でした。
グリーンランドでは近年、ひと夏に6000億トンの氷が溶けているといわれている。
江守正多氏:
人間は100年で1度以上上げ、10年で0.2度ずつ上がっている。このままでは今世紀末に2度や3度まで上昇します。
――3度上昇したら、食べ物や作物の生産はどうなりますか。
江守正多氏:
気候条件により、作物生産が半減する地域が出てくると思います。既に食料は影響を受けていて、米不足は去年の猛暑や大雨で生産が被害を受けたことが一部原因です。高温で米の質が悪くなり、市場に出る割合が減りました。日本は食料を多く輸入しており、オレンジ、オリーブオイル、チョコレート、コーヒーなどは原産地の災害で価格高騰や品薄になっています。
――米は大丈夫と思われていたが、米不足も温暖化の影響を受けているのか。
江守正多氏:
品種改良で対応して農家が努力している、昔の品種なら今頃米は取れなかったかもしれません。北海道では米の生産が増えていますが、改良によって何とかしのいでいる。
――真剣に受け止めていかなくてはいけない。努力不足に見えるか?
江守正多氏:
個人がCO2を出さないよう注意するのも大事ですが、火力発電を減らし、太陽光や風力発電を増やす、ガソリン車を電気自動車に替えるといった大きな変化が必要です。
――私たちが食べ物を選ぶとき、産地や作り方を気にしますが、電気の世界ではどうですか。私たちが選べることはありますか。
江守正多氏:
化石燃料で作った電気よりも、太陽や風力でつくった電気の方が欲しいと言ったら選べる。多くの電力会社で再生可能エネルギーのプランを選べます。CO2を出さない電気を選べるわけです。
――TBSラジオで「岩手の風力発電から来ている」と言われたとき、嘘だろうと思いましたが、本当にそんなことできるんですか?
江守正多氏:
そこから発電された電気が直接来るわけではないですが、その部分が割り当てられます。CO2ゼロの電気を選ぶと、投資が再生可能エネルギーに向かい、増えることを応援できます。長期的には、投資が増え、コストも下がります。
ある程度行くと、人々の意識とそちらに投資をした方が、経済的にメリットがあるということが、好循環になって一気に進むことがあるし、みんながそんなこと考えて電気を買うということは起きないかもしれないが、ある程度の人がやると常識が変わり始める。
――みんながやれば止まる。でも、トランプ大統領のような「温暖化は問題ない」という発言はどう受け止めますか。
江守正多氏:
それは世界的大問題です。アメリカの連邦政府は気候変動対策に大ブレーキをかけますが、カリフォルニアやニューヨーク、リベラルな州や企業は対策を続けます。しかし、自分の国さえ良ければいいという政治勢力が政権を取る国が増えると、気候変動で災害が増え、難民が発生し、移民排斥やナショナリズムが強まり、気候対策が後退する悪循環になります。気候変動対策は世界の協力が不可欠で、自国だけでは意味がありません。そんな国が増えると、協力が崩れ、現代文明は持たないと思います。
――日本はグリーンエコノミーなどで政策的に後押ししていますが、もっと加速するには何が必要ですか。
江守正多氏:
日本は気候変動対策を重視し、政治、行政、企業も真面目に取り組んでいます。日本の真面目さが活きていますが、既存産業を維持しながら進める側面が強いです。太陽光発電はかつて世界でシェアを持っていたが、大量生産で中国に負けました。ソーラーパネルの乱開発で自然破壊が問題になっている。営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)は農地で農業と発電を両立させ、適度な日陰で作物を守り、農作業も効率化します。農地は既に開発された土地なので、これを活用するのは筋がいいと思います。これは、希望・期待が持てる。
――続いてお話しいただくテーマは何番ですか。
江守正多氏:
4番の「質の高い教育をみんなに」です。
――教育ですね。SDGs4番「質の高い教育をみんなに」の提言をお願いします。
江守正多氏:
負担意識から卒業する方法です。2015年の社会調査で、気候変動対策は生活の質を高める機会と世界の3分の2が答えましたが、日本では3分の2が生活を脅かすと答えました。日本人は真面目で、気候変動対策に我慢や努力を強いられるイメージを持ちがちです。
――日本は環境先進国と言われ、公害問題を克服し、川も綺麗になり、ポテンシャルがあるはずです。なぜこうなるのですか。
江守正多氏:
去年や一昨年から、気候変動を心配する人が8割、9割いますが、漠然とした心配で、「最近暑いからこの先どうなるか」と感じてはいるが、政策を変える理解に繋がっていない人が多いです。日本は災害が多く、受け入れてしまう傾向があります。気候変動は理由なく暑くなっているのではなく、人間が原因で止められる問題で、世界が協力していると伝わっていない感じです。
――防災や減災の意識は高いので、災害と気候変動を結びつければ意識が変わりそうです。
江守正多氏:
海外では記録的な大雨や猛暑の報道で気候変動を関連づけますが、日本ではほとんどせず、暑さを実感するだけで終わります。災害報道と気候変動をつなげて伝える。災害直後は話しにくいですが、振り返るコーナーで気候変動を伝える。
――そうすれば、天災ではなく人災だとわかる。
江守正多氏:
例えば大雨による洪水が起きたとする。最近は、人間活動による温暖化がなければ雨が2割少なかった、ここまで起きなかった、災害が起きなかった、この規模は人災だったなど、科学的に言えるようになっています。そういう発表を合わせて伝えるべきです。
――グレタ・トゥーンべリさんの行動を「無理だ」と感じる人もいます。どう思いますか。
江守正多氏:
2019年9月の怒りのスピーチで、自分が怒られていると感じ、負担意識から苦手と思う人がいると思います。人によって感じ方は違いますが、私は彼女が歴史的に現れるべき人だと感じます。気候変動には不公平があり、先進国が排出した温室効果ガスで低所得国や未来世代が災害に苦しみます。また世代間の人権侵害もいえる。気候変動によって将来世代を虐待している。しかし今、その実感を持っているひとは少ない。過去の奴隷制や植民地主義が当時は常識だったように、今の私たちの行動も未来から批判されるかもしれません。虐げられる側が声を上げ、常識を変えてきました。気候変動では、そういう構造がある。虐げられる未来世代は、子供が声を上げる必要があります。そこへグレタさんが現れた。未来世代のグレタさんはその象徴で、彼女の声で不公平に気づくべきです。
――若い世代やこれから問題に向き合う人に前向きなメッセージを。
江守正多氏:
歴史的にすごい時代に生まれ、自分の行動が未来に影響を与えるかもしれない。そして歴史がどう変わるのか、気候変動問題がうまくいくか瀬戸際をハラハラしながら見るのは、エキサイティングな人生が送れるが、知らないと通り過ぎてしまう。
――危機的状況だからこそ、未来を救い、歴史を変える主役になれるということか。
江守正多氏:
そういうことだ。
――グラデコの記録をご覧になっていかがですか。
江守正多氏:
悪循環の話が綺麗に書かれていてすごいです。
――地球環境問題は物理的な問題だけでなく、世代間の問題だと改めて理解しました。歴史の中で位置づけ、未来の歴史を良くするには今の私たちが主役意識、当事者意識を持つことが大事だと感じた。
江守正多氏:
主役意識というのはいい、みんな人生の主役だ。
――改めて、江守さんが考えるSDGsとは何ですか。
江守正多氏:
SDGsは社会の大転換です。日本では「毎日いいことをしましょう」と思う人もいますが、飢餓や貧困の撲滅など、大きな変化が必要です。気候変動もそのスケールの話です。17の目標を一人で考えるのは大変で、私も13番しか普段考えていません。でも、SDGsのいいところはいろんな入口があり、役割分担できることです。私は13番をやり、別の目標は他の人がリードし、社会を変える先頭に立ってもらう。互いに応援できればいいと思います。
(BS-TBS「Style2030 賢者が映す未来」2025年6月15日放送より)