
西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第54回 フランコ・マスタントゥオーノ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今月、アルゼンチン代表に初招集されたリーベルプレートの17歳、フランコ・マスタントゥオーノのレアル・マドリード行きが決まり、クラブワールドカップでも話題に。そのプレースタイルと今後の成功のカギを分析しました。
【10代選手へ100億円投資】
レアル・マドリードへの移籍金は4200万ユーロ(約73億円)、手数料などを合わせるとおよそ100億円だという。リーベルプレートの17歳、フランコ・マスタントゥオーノにつけられた市場価値だ。
ちなみにレアル・マドリードはロドリゴを獲得した際にも4500万ユーロを支払っていて、10代の選手の移籍金としては破格だった。さらにエンドリッキには16歳時点で基本移籍金の4000万ユーロに各種ボーナスや税金を含めると総額7200万ユーロ(約118億円)を支払ったとみられている(正式契約は18歳になってから)。マスタントゥオーノだけが例外というわけではない。
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同じ17歳で誕生日も1カ月違いのラミン・ヤマル(バルセロナ)に設定されている契約解除金は10億ユーロ(約1600億円)だ。実質的な市場価値はこの10分の1の約1億ユーロと言われているが、それでもマスタントゥオーノの2倍以上になる。
10代の選手への莫大な出費は異様な感もあるけれども、レアル・マドリードがヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴ、エンドリッキに次いで獲得したマスタントゥオーノへの期待の大きさがうかがえる。完成した即戦力というより、将来への投資に大金をかけるのが近年のトレンドなのかもしれない。
クラブワールドカップの初戦、リーベルは浦和レッズと対戦した。試合は3−1でリーベルが勝利、マスタントゥオーノは先制点につながるサイドチェンジを通している。ただ、見せ場はこれくらいだった。17歳にしては大人びたプレーぶりにインテリジェンスを感じさせ、カットインからのシュートやパスに才能の片鱗を見せたが、ほとんどの時間帯でゲームから消えていた。
【逆足ウイングと守備側対策事情】
リーベルは4−3−3システムだが、攻撃時にはウイングがインサイドへ移動し、外にはサイドバックが進出して幅をとる。
可変としては珍しいものではなく浦和もかつてはやっていた形だが、リーベルはパススピードが速くスムーズにボールを動かしていて、序盤の浦和は奪いどころがなかった。ただ、かなり徹底した外回しで、守備のブロックの中への進入は少なく、最終的には浦和のスライドを遅らせて外からクロスボールという攻め手。
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この攻め込み方において、インサイドへ入っていったマスタントゥオーノにパスが入らなくなっていた。見せ場が少なかった要因だろう。左ウイングのファクンド・コリーディオは先制のヘディングシュートを決めているが、マスタントゥオーノはクロスボールをヘディングで決めるタイプではなさそうで、そうなるとこの試合の攻め方では絡めるところがあまりなかったわけだ。
左利きの右ウイング、プレースタイルは同年齢のヤマルと似ている。カットインがスムーズで技も多彩、左足のキックはピンポイントを狙える。ただ、これだけだとラ・リーガで活躍できるかどうかは何とも言えない。ヤマルがあれだけ猛威を振るっていたのだから、マスタントゥオーノにも期待がかかるわけだが、ヤマルにしても昨季ほどの活躍が今後もできるかどうかは微妙な気がしている。
強力なウイングの存在は、そのチームの攻撃力のバロメーターになっている。
チャンピオンズリーグで優勝したパリ・サンジェルマンには、デジレ・ドゥエ、ブラッドリー・バルコラ、フビチャ・クバラツヘリアがいて、偽9番のウスマン・デンベレもサイド攻撃は得意。バルセロナにはヤマルとラフィーニャ、プレミアリーグ王者のリバプールにはモハメド・サラーがいる。
とくに左右に強力なウイングがいる場合、片方を抑えてもサイドチェンジされると逆でいい形を作られてしまうので、守備側にとっては非常に厄介だ。しかも、多くの場合は利き足とサイドが反対の逆足タイプである。
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逆足のウイングによるバイタルエリア(※DFラインとMFの間)へのカットインは、いまや守備にとって最大の脅威になっている。
バイタルエリアへの縦パスについては、長年に渡る対策の積み重ねもあって守備戦術はかなり整理されてきていて、以前ほど脅威ではなくなっている。ところが、サイドからバイタルエリアへ入られるというのは、新たに浮上した問題だ。
しかし、その対策として5バックが普及しつつある。5バックでローブロックを組むことで、ブロックの横へのスライドが速くなり中央の厚みも増す。相手のウイングになるべくいい形でボールを持たせないための工夫だ。最初から5バックの場合、あるいはリーベルと対戦した浦和のようにサイドハーフが引いて4バック+1とするケースもあるが、5人で横幅を埋めるという点は同じ狙いだ。
5バックにプラスして、MFが引いてDFと協力するダブルチームによるカットイン対策もある。こちらはすでに常態化している。
今後、カットイン型逆足ウイングの脅威は削られていくかもしれない。
【メッシの足跡を辿れるか】
アジア予選最終戦、日本代表はインドネシア代表を6−0で粉砕した。しかし、その前のオーストラリア代表戦は相手の5バックにサイド攻撃がいつもほど機能せず、0−1と予選唯一の敗戦を喫している。
インドネシアも5バックだったが、日本はその手前を制圧してバイタルエリアへ進入し、中央突破から得点を奪った。つまり、5バックはサイド攻撃に対してある程度の効果を発揮するが、ディフェンスラインの手前が人数不足になるので、そこを制圧されてMFが釣り出されると、バイタルエリアが空いてしまう弱点があるわけだ。
マスタントゥオーノがレアル・マドリードで輝けるかどうかは、相手のDFラインの手前を制圧できるかどうか、そしてハーフスペース(※サイドと中央の間)に潜り込んだマスタントゥオーノに何ができるのか。そこにかかってくるのではないか。
ヤマルほどのスピードは感じられないかわりに、マスタントゥオーノには狭いスペースでのプレーに南米選手らしいうまさがある。
偽7番のスタイルは、アルゼンチンのレジェンドであるリオネル・メッシが数年前すでに示してくれている。道筋はすでについている。マスタントゥオーノが大先輩の足跡をどこまで辿れるかはわからないが、その道が市場価値を証明してくれるのではないか。
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