「少年ジャンプ」の漫画界やアニメ界における功績については、いまさらここであらためて書くまでもないだろうが、小説の分野における功績もなかなか無視できないものがある。
参考:【写真】映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』高橋一生演じる岸辺露伴
たとえば、文芸誌「ジャンプノベル」(かつて「少年ジャンプ」の増刊号として、年2回刊行されていた雑誌)は、1999年に休刊したものの、創刊時(1991年)からの連動企画である「ジャンプ小説・ノンフィクション大賞」(現・ジャンプ小説新人賞)は、村山由佳、小川一水(河出智紀)、乙一といった才能を輩出しており、また、同誌から派生したライトノベル系新書レーベル「JUNP J BOOKS」(ジャンプ・ジェイ・ブックス)からは、「少年ジャンプ」の人気コミックのノベライズを中心に、いまなお数々のベストセラーが生み出されている(記憶に新しいところでは、矢島綾による『鬼滅の刃』のノベライズが、「オリコン年間BOOKランキング2020」で1位・2位を独占した)。
いずれにせよ、こうした“ジャンプ発”の小説(ノベライズ)群によって、生まれて初めて「物語を活字で読む面白さ」を知った、という年少の読者も少なくないはずだ。そういう意味では、「少年ジャンプ」の小説の分野における功績は、もっともっと評価されてもいいのではないだろうか。
■「ジョジョの奇妙な冒険」はノベライズも傑作ばかり
|
|
とりわけ注目すべきは、荒木飛呂彦の代表作「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズを原作とする、一連のノベライズ群かもしれない(これまでにも、乙一、上遠野浩平、西尾維新、舞城王太郎などの異才が、「ジョジョ」の世界の小説化に挑んでいる)。
中でも、「ジョジョ」本編から派生したスピンオフ・シリーズ――『岸辺露伴は動かない』を原作とする「岸辺露伴短編小説集」は、書き手を1人の作家に絞らない、複数の作家たちによる短編の連作(競作)というやや特殊なスタイルながら、多くのファンを獲得しているようだ。
「岸辺露伴短編小説集」は、現在4巻まで刊行中。『岸辺露伴は叫ばない』、『岸辺露伴は戯れない』、『岸辺露伴は倒れない』、『岸辺露伴は嗤わない』(刊行順)といった具合に、各巻の書名は微妙に異なり、収録されているのは、「ウルトラジャンプ」の付録(小冊子)に掲載された短編の数々と、書き下ろし作品だ。また、繰り返しになるが、同シリーズは複数の作家による短編連作という形をとっており、現時点では、維羽裕介、北國ばらっど、柴田勝家、宮本深礼、吉上亮といった作家たちが、“ジョジョ愛”(というか“岸辺露伴愛”?)に満ちた傑作・怪作を書いている(このうち北國ばらっどは、映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』および『岸辺露伴は動かない 懺悔室』のノベライズも担当している)。
■「岸辺露伴」とは何者か
いずれの作品も、実質的には、(荒木の原作『岸辺露伴は動かない』では描かれていない)それぞれの作家によるオリジナル・ストーリーだが、既刊の4冊を通読してみても、それほどバラバラな印象は受けないだろう。それはたぶん、荒木飛呂彦が創造した「岸辺露伴」というキャラクターが、何があっても揺るがない強烈な個性の持ち主だからだ。だから、書き手が違っても、そして、漫画ではなく小説であっても、“岸辺露伴の物語”がブレることはないのだ。
|
|
ちなみに、(説明するのが遅くなったが)「岸辺露伴」とは、『ジョジョの奇妙な冒険』第4部に登場する漫画家のことで、〈ヘブンズ・ドアー〉という「スタンド」の使い手でもある。「スタンド」とは、具現化されたエネルギー(超能力)のことであり、〈ヘブンズ・ドアー〉は、人間(場合によっては動物も)を本にして、記憶を読み取ったり、命令を書き込んで行動を操ったりすることができる異能だ。
また、露伴は、「体験はリアリティを作品に生む」という信条のもとに漫画を描いており、「取材」と称して何かと危険な場所へと足を運んでいくのだが、その結果、毎回、世にも恐ろしい怪異と戦うことになる。その都度、〈ヘブンズ・ドアー〉を発動してなんとか窮地を切り抜けようとするのだが、『岸辺露伴は動かない』シリーズで戦う「敵」とは、「ジョジョ」本編の「敵」とは異なり、「スタンド」が通用しづらい(あるいは全く通用しない)土着の神々や妖怪などであるため、常に苦戦を強いられる。そこが、つまり、「スタンド」の力が制限される相手に対し、露伴が持ち前の知識と経験、そして、とっさの判断力を活かして奮闘する姿が、このスピンオフ・シリーズの面白さの鍵である、といっても過言ではないだろう。
■「岸辺露伴短編小説集」からあえて1本を選ぶなら?
「岸辺露伴短編小説集」に収録されている小説群も、すべてこの、「露伴が人一倍強い好奇心のせいで、日常と非日常の狭間に潜む怪異と戦うことになる」という原作の基本パターンを踏襲して書かれている。
いずれの作品も力作だが(お世辞抜きで、“外れ”はないといっていいだろう)、お薦めの作品をあえて1作だけ選ぶとしたら、第1巻(『岸辺露伴は叫ばない』)所収の「くしゃがら」(北國ばらっど)ということになるだろうか。
|
|
同作は、(タイトルにもなっている)「くしゃがら」という「出版禁止用語」をめぐる不気味な物語であり、2020年にNHK総合で放送された実写ドラマ版(主演・高橋一生/脚本・小林靖子/演出・渡辺一貴)の第1期でも、「第2話」として映像化されたため、「テレビで観た」という方も少なくないだろう。
注目すべきは、ドラマ版の企画段階で、本作が原作の1本として選ばれたという点だ。なぜなら、その時点ではまだ、「ジョジョ」本編のエピソードも含め、荒木飛呂彦が描いた“岸辺露伴の物語”は他にもいくつもあったのである。その上であえて選ばれたということは、それほどまでに、この「くしゃがら」というノベライズの完成度が高いということの証でもあるだろう。
また、その後、ドラマ版が第4期(第9話)までと、映画版が2本作られたいまでは、実写化されていない荒木の漫画作品は少なくなってきており(『岸辺露伴は動かない』の単行本に収録されている作品に限っていえば、現時点で残りあと5作)、今後は、「くしゃがら」以外のノベライズが、再びドラマの原作として選ばれることもあるだろう。
いずれにせよ、実写版(ドラマ・映画)と同じように、このノベライズのシリーズも、まだまだ“増殖”中である。漫画、アニメ、ドラマ、映画、そして小説と、メディアのジャンルを越えて広がり続ける“岸辺露伴の物語”に、今後も期待したい。
(文=島田一志)
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 realsound.jp 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。