呂布カルマが「どう考えても割に合わない」のに酒を飲む理由

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2025年06月26日 17:50  週プレNEWS

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ラッパーとしてはもとより、グラビアディガー、テレビのコメンテーターなど、多岐にわたって異彩を放っている呂布(りょふ)カルマ。『週刊プレイボーイ』の連載コラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」では『飲酒』について語った。

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★今週のひと言「酒の味は全然好きじゃない。それでも俺が飲み続ける理由」

今回は酒について。もとより酒を嫌ってる人はともかく、俺と同じく酒を楽しんで飲んでる人の中にも、酒など二度と飲まんと反省なり誓いなりしたにもかかわらず、懲りずになぜかいまだに飲み続けている人がいるはずだ。

週プレ創刊以来、今まで何人の酒飲みが酒をテーマにコラムを書いてきたのだろう。おそらく皆ネタに困れば酒の話をしていたのではないだろうか。それぐらいに鉄板ネタで、誰もが酒に対しては一家言あるのだ。

俺が酒を飲み始めて二十数年になるのだが、幸いに酒とはいい距離を保てている......つもりだ。

俺の父親は確実にアルコール依存症で、そんな父の姿を見て育ったためか、子供の頃から酔っぱらいに対して嫌悪感があった。喫煙に対しても同様で、おかげで俺はたばこには手を出さずに済んでいる。

しかし酒はどういうわけか、酒だけに避けて通れず、早い段階でその味を、正確には酔っぱらう楽しさを覚えてしまった。とはいえ根っこにある酒への嫌悪からか、毎日飲んだりはしないし、実際家で飲むことはほぼない。その代わり外では思い切り飲む。

20代からクラブに入り浸り、遊びも仕事もクラブだったので本当に浴びるほど飲んだ。そのせいで家でまで飲みたいとは思わなくなったのかもしれない。

もしも酒を断つことがあるとしたら、飲みすぎによるドクターストップ、あるいは酒癖の悪さからシャレにならないレベルの失敗をしてしまい、反省して酒をやめる(その手の人はしれっと復活している場合も多い)ぐらいなものだろう。俺はいい距離を保っているおかげで、致命傷にならない程度の小さな失敗を繰り返しているだけなのだ。

確かに酔っぱらうと楽しい。俺はぶっちゃけ酒の味に興味はない。そりゃマズいよりはウマいほうがいいが、酒なんか基本的にはマズい。ジュースやお茶で酔えたらいいが、甘い酒は体に合わない。ただ酔っぱらうのが楽しくて比較的マシと思える味の酒を飲んでいるに過ぎない。

仕事柄、酒席に立ち会うことが多く、そこで楽しくお酒を飲むのは半ば使命だとも感じている。ただ、そんな場においても一切飲まずに楽しそうにしている人がいるのも事実。俺の使命感は揺らぐ。

彼らは乾杯にも参加せず、酩酊(めいてい)によるダメージや失言もなく、すべてを記憶していて、かつ運転もできるということで信頼も得る。

俺はというと、いらんことを言い、いらんことをし、途中から楽しかったことも、真剣に語り合ったことも、何も覚えていないのに、小さなケガをしていたり、物をなくしたりしながら高い金を払ってタクシーで帰り、翌半日は使い物にならない。

どう考えても割に合わない。

特に30代半ばになってからは飲酒時の記憶の欠落が激しく、その割に酔っても乱れないので涼しい顔ですべてを忘れている。

こちらが明らかに泥酔、酩酊しているならともかく、正気を保っているふうでそのときの会話はおろか、その場所にいたことすら忘れているので、後日話が噛み合わないことが多々ある。

記憶を失い始めこそ、その空白の時間の自分の行ないに恐怖したものだが、俺は意外と他人に迷惑をかけたりはしないっぽいことはもうわかっている。その代わり覚えていないのだ。それはいたずらにお金と時間を捨てているのと同じだ。

そこまでわかっていても、俺は酒をやめられない。これも一種の依存症ではないかと、これを書きながら気づいてしまった。

撮影/田中智久

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