ミルコへのエール/島田明宏

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2025年06月26日 21:00  netkeiba

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▲作家の島田明宏さん
【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】

 前にも書いたように、今年の4月上旬あたりから左手の親指周辺に痛みを感じるようになり、病院に通いはじめた。

 固定したり、消炎剤を塗ったり、痛み止めやビタミン剤を飲んだりしているうちに、何もしなければ痛みやしびれを感じることはなくなった。

 最後まで残った症状は、親指の間接を思ったように曲げることができず、できたとしても付け根でカクンと引っ掛かり、わりと強い痛みを伴うことだった。

「ばね指ですね」

 医師にそう言われた。指を酷使する人がなりやすいという。私は「親指シフト」という、親指を使うことの多いキーボードで40年近く原稿を書きつづけているので、そのせいなのか。

 先週、ステロイド注射を打ってもらったら、いくらか親指の動きがよくなった。それでも、まだストレッチをしないと間接を曲げることができないし、無理やり曲げると痛むことがある。

 注射の効果は数カ月つづき、気にならないレベルまで症状が改善することもあるようだ。ということは、効きはじめるまでにも時間がかかるのだろう。これでダメでも簡単な手術で治るらしいので、のんびり付き合っていくことにしたい。

 私がそうだったように、医療従事者を除けば、本稿を読んだほとんどの人が「ばね指」を知らなかったのではないか。自分も周囲の人たちも、これだけあちこち怪我をしたり、いろいろな病気になったりしているのに、まだ「初耳」のものがある。

 競馬にもそれがあって、私は、2017年1月1日から「落馬再騎乗」が禁止されていたことを、3年前、千田輝彦調教師らの落馬再騎乗をこのコラムで取り上げようと調べてみるまで知らなかった。

 リスグラシューのラストランとなった2019年の有馬記念で、短期免許期間を終えていたダミアン・レーン騎手が騎乗できたのは、「同一年に同じ馬でGIを2勝以上し、年内にその馬でGIに出走する当日に限り騎乗できる」という外国人騎手への特別なルールがあったから、ということも、報道されるまで知らなかった。

 また、同様の特例措置が、2003年の菊花賞でミルコ・デムーロ騎手がネオユニヴァースに騎乗したときにも適用されていたことも知らなかった。というか、それはたぶん忘れていたのだと思う。

 そのデムーロ騎手が、来月中旬からアメリカの西海岸で騎乗することを発表した。

 去年の秋、私はスポーツ誌の「神騎乗」の取材で彼にインタビューした。

 取り上げたのはヴィクトワールピサで制した2011年のドバイワールドCだった。あのレースはミルコでなければできなかったと吉田照哉さんがメディアでコメントしており、私も素晴らしかったと思うと伝えると、「ありがとうございます。もっとたくさん褒めて書いてください」と笑っていた。

 話を聞いたのは、史上30人目、現役14人目となるJRA通算1300勝を達成した数日後だった。1999年に初来日し、2015年にJRAの騎手になった。2018年までは4年連続100勝以上したのに、昨年も一昨年も50勝に満たない勝ち鞍に終わっていた。

「最初は短期免許で日本に来て、今は苦しいけど、1300勝できたことはすごいと思う。年を取ったなと思うけど、やっぱり後ろは見ないで前を向きたい」

 もともと「陽気なイタリアン」という感じのキャラクターではないが、低迷する母国の競馬界の現状を真剣に憂いていた。

 天才馬産家フェデリコ・テシオが、ネアルコ、リボーといった世界的名馬を送り出した、輝かしい競馬史を持つ母国に誇りを持ちながらも、イタリア人騎手は異国で活躍するしかない状況に置かれているのだ。

「(弟の)クリスチャンはいい感じですよね。ウンベルト・リスポリや、アントニオ・フレスが今アメリカで活躍している。フランキー・デットーリもそうですね。アンドレア・アッゼニは香港で頑張っている。ダリオ・バルジューは日本の免許試験を受けたこともある。誰でもどこかで終わるけど、ぼくは諦めない。諦めたら終わりだから。日本にいたいけど、できなかったら、もう海外に行くしかないですね」

 ミルコの騎乗で私が真っ先に思い出すのはヴィクトワールピサのドバイワールドCだが、次に強烈だったのは、レッドファルクスで連覇を果たした2017年のスプリンターズステークスだ。

 直線で馬場の真ん中から凄まじい脚で伸びてくる同馬の背にいる彼を、私は、前年につづき、カメラマンが並ぶ外ラチ沿いの、ゴールより先のところから見ていた。いくらか正面に近い角度から見ることができるわけだが、馬上の彼が、馬の背に生えた羽根のように見えた。

 もちろんこれは私が受けた印象なのだが、レッドファルクスの芦毛の馬体が、ミルコ・デムーロという羽根によって浮力を得ていたように感じられたのだ。

 ミルコなら、アメリカでも活躍できる。そう信じて応援したい。

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