写真意識的や無意識的に、相手に不快な思いをさせる行為を“〇〇ハラスメント”と呼びますが、「『それはハラスメントです!』とやたらハラスメントを主張する部下に悩まされている」と嘆く中高年も、近年増えているようです。
◆口ぐせのように「それ〇〇ハラですよ」と言いまくる部下
「今年で2年目の若手男性社員は、気に入らないことや思い通りにならないことがあると、すぐ『それパワハラですよ(笑)』とか、『完全にセクハラっす』と言ってくる。敏感な時代だから相手を傷つけないように常に気を張っているつもりでしたが、無意識に傷つけてしまっていたのでしょうか……」
都内の総合商社に勤務する宮戸聡さん(仮名・38歳)は、部下の男性社員から毎日のように身に覚えのないハラスメントを指摘され、接し方に悩んでいました。
「部下も最初は冗談交じりだったのですが、毎回会話の中に『それってハラスメントです』というフレーズを必ず入れてくるようになりました。例えば、部署の歓送迎会の出欠を聞いただけで『いまどき飲みニケーションって、アルハラ過ぎません?』と言ってきたり、『二次会でカラオケとか、カラハラ過ぎるわー』と。もう何がハラスメントで何がそうでないのか、わけがわかりません」
ちなみに、アルハラは飲み会で一気飲みを強要したり、無理やりお酒を勧めること。そして、カラハラは飲み会後にカラオケへの参加を強要したり、歌う曲を指定されてそれを断ると不機嫌になることだそうです。
「ほかにも『リモート会議でビデオ画像の“ON”を強要するのはリモハラ(リモートハラスメント)だ!』とか、『残業しなければ終わらない仕事量を押し付けるのはオバハラ(オーバーワークハラスメント)ですよ』と言われて……。そんな名称のハラスメントがあるの!? と、よく知らないハラスメントを一方的に主張されるので、いつもパニック状態になってしまいます」
◆接触を控えても「それはそれで〇〇ハラだ!」と突きつけられた
あまりにも「〇〇ハラ」を連呼される状況。上司に相談しても、状況は改善されませんでした。
「過敏すぎる部下の言動を上司に相談しても『細かいことは分からないから、なんとか対応してあげてよ』『今の若い人たちは、いろいろ細かくてめんどくさい世代だね(笑)』と言うだけで、取り合ってくれない。いつも丸投げされていました」
そして自然と腫れ物にさわるように、その部下に声をかけなくなった宮戸さん。それでも部下の勢いは止まりません。
「業務上必要最低限の会話しかしなくなると、『なんで僕だけ雑談してくれないんですか』『もっと難しい仕事が欲しいし、ちゃんと教育してください』『厳しく育ててもらいたい』と訴えてきたのです。正直めんどくさいなと思ってしまいました。何か指摘したり、少しだけ厳しい言い方をするとすぐ〇〇ハラって言われてしまうので……」
後輩への接し方に悩み続け、いつの間にか円形脱毛症になってしまったという宮戸さん。頭には500円玉ほどの大きさの“円”が2つできていたそうです。
「そしてある日、突然その後輩から『僕の成長する機会を奪わないでください!!!』と大声で叫ばれたんです。職場のど真ん中で突然ですよ。さらに続けて『過剰に勝手に配慮をするのはホワイトハラスメントって言うんですよ!?』と詰め寄られてしまって。もう何をやってもあげ足を取られる状態で、かける言葉が見つかりませんでした」
◆まさかの救世主となったZ世代。「先輩、それって……」
静まり返る社内。その静寂を破ったのは、入社したばかりの女性社員の一言でした。
「ハラスメントを主張しまくる社員に向かって『〇〇先輩って、なんでそんなにマイナーなハラスメントに詳しいんですか?』と小声で語りかけていて。彼女としては本当に不思議に思ったのでしょうね」
まさかの質問に、ハラスメントを主張しまくる社員は無言で固まってしまったとか。
「それでも彼女は質問を続けていて『ひとつずつ、これって何かハラスメントに当てはまらないかな?って調べているんですか?』『想像したらめっちゃマメだし、なんかかわいいですね!(笑)』とひとりでほほ笑んでいるんですよ。思わず周りにいた社員たちも笑ってしまって、ピリピリした雰囲気が穏やかな空気に変わりました」
しかし、“ハラハラ先輩”の怒りはおさまりません。
「彼は『自分は被害者だ!』『自分の権利がないがしろにされてる』と被害を訴え続けていました。するとさっきまでほほ笑んでいたその女性社員が、静かに彼に近づいてこう言ったんです。『……先輩、“ハラハラ(ハラスメントハラスメント)”って知ってますか? 本当は適切な指示や言動なのに、過剰なハラスメントの主張をすることみたいです。これって先輩のことですか?(笑)。ハラハラ先輩って呼んでいいですか?』と。そして、畳みかけるように『上司に対して暴言を吐いたりすることを、逆ハラスメントとも言うみたいです。まさに今。ウケる(笑)』とズバッと言ってくれました」
◆“ハラハラ社員”のその後
思わぬ伏兵を前に、ハラハラ先輩は一言も立ち向かうことができません。その後しばらく謎の病欠を繰り返し、1週間ぶりに出社してきた彼は別人のように静かになってしまったのだとか。「〇〇ハラ」発言も一切無くなったようです。
「彼女の存在に救われましたが、上司である僕が何もできなかったのはとても恥ずかしいし申し訳ない。騒動があった日から毎日反省しています」
敏感な時代だからといって言われ放題になるのではなく、敏感だからこそ相手に配慮しつつ、自分の心もきちんと守ることが大切なのですね。
<文/青山ゆずこ>
【青山ゆずこ】
漫画家・ライター。雑誌の記者として活動しつつ、認知症に向き合う祖父母と25歳から同居。著書に、約7年間の在宅介護を綴ったノンフィクション漫画『ばーちゃんがゴリラになっちゃった。』(徳間書店)、精神科診療のなぞに迫る『【心の病】はこうして治る まんがルポ 精神科医に行ってみた!』(扶桑社)。介護経験を踏まえ、ヤングケアラーと呼ばれる子どもたちをテーマに取材を進めている。Twitter:@yuzubird