溝呂木一美さん 飽食の時代、寿司・焼肉・カレー・スイーツなど、あらゆるものが好きな時に食べられる日本。そんな状況にあって、徹底的に同じものを食べる人も存在する。年間500種類以上のドーナツを食べて研究しているイラストレーターで“ドーナツ探究家”の溝呂木一美さん(46歳)もその一人。
「ドーナツに人生を捧げている」といっても過言ではない溝呂木さんは、どのような生活を送っているのだろうか。また、カロリーが気になるドーナツだが、体調や体型の変化はないのか? 本人の口から語ってもらおう。
◆“ドーナツ沼”にハマったきっかけは…
溝呂木さんが、ドーナツを探究するようになったのは2014年。あるお店で食べたドーナツに衝撃を受けたことがきっかけで、“ドーナツ沼”にハマっていく。
「フィンランド発の『アーノルド』というお店で食べたドーナツに感動したんです。モチモチした弾力がつよい生地が特徴的で、見た目も北欧らしいデザインの良さがあって。それまで食べていたチェーン店やコンビニのドーナツとはまるで違い、『もっと色々なドーナツを知りたい!』と思ったんです」
こうして、ドーナツ探究家としての人生が幕を開いたわけだが、その素養は幼少期からあったようだ。
「物心ついたときから、ドーナツは好きでしたね。家族でお出かけした際は、帰りにミスタードーナツに寄るのがお決まりだったことも大きいと思います」
◆1日に20種類くらい食べる日もある
年間500種類というと、毎日1〜2個のドーナツを食べ続ける生活なのかと思いきや、溝呂木さんのスタイルは“アベレージ型”ではないようだ。
「ドーナツ探求活動をする日は、複数のお店を巡ります。ひとつの店舗で数種類買うことも多いので、食べる日と食べない日の差が大きい感じですね。ドーナツって、おやつやデザートのイメージが強いと思いますが、私の場合は1回の食事として食べていることも多いです」
こうした探究活動が実り、ドーナツに関連する書籍も複数執筆している溝呂木さんだが、取材期間がもっともドーナツを食べる時期だという。
「1日に20種類くらい食べる日もありますね。私はいいんですが、特にドーナツが好きでもない編集者さんを付き合わせたのは辛かっただろうと思います(笑)」
◆夫婦旅行中でもドーナツのために別行動することも
また、普段のドーナツ探求活動は夫と一緒に行うこともあるとのこと。共通の趣味は、夫婦円満に欠かせないものだが、その実態は……。
「当初は『ひとりでやってよ』という感じでしたね(笑)。ただ、最近は優秀な助手になってくれていて、私の活動になくてはならない存在です。リサーチもしてくれますし、別班行動も積極的にしてくれます。個人店だと、夕方には目当ての商品が売り切れていることもあるので、人海戦術ができるのは助かるんですよ」
連休になると、夫婦揃って地方のドーナツ店を巡る旅に出かけるそうだ。水入らずの状況だからこそなのか、別行動になることも多い。
「私はペーパードライバーなので旅先でレンタサイクルをよく借ります。片道30分くらいの道のりでも、ドーナツのためならまったく障壁ではないです。デコレーションがきれいなドーナツを持ち帰るときは、崩れないように、おっかなびっくり慎重に漕いで帰ってます(笑)。
たとえば旅をしようと考えたら、“未踏のドーナツ店”が集まる地域を選びがち。スケジュールもドーナツ店の営業時間に合わせたものになって、夫もそれに付き合わされているんです(笑)。だから、あえて『今回はドーナツと関係ない旅をしよう』と決めて、ドーナツから離れることもありますね」
距離置けば置くほど、ドーナツ欲はさらに高まりそうな気もする。しかし、溝呂木さんは「ホッとする部分もあるんです」ともらす。
「食べるのは大好きですが、おいしかったり、斬新だったりするほどレポートを書くのに熱が入りますし、『しっかり書かないといけない』と思っちゃう性格なので大変で(笑)。しかも私の場合、1店舗で4種類のドーナツを買ったら一つずつレポートを作るので、これが少々負担でもあります(笑)」
◆人間ドックの結果は?
ドーナツを愛しすぎる故の辛さもあるようだ。一方で、ドーナツの食べすぎによる身体への影響も気になるところだが、人間ドックの結果も問題ないのだそう。
「気をつけているからだとは思いますが。太ったり、肌が荒れたりもないですね。ドーナツ以外の食事は小麦粉を避けて野菜中心にし、カロリーも抑えています。それと、運動は毎日欠かさずやっていて、両手足に重りをつけて負荷をかけてウォーキングをしています」
溝呂木さんが、自己管理を徹底するのにはれっきとしたワケがあった。
「ドーナツをたくさん食べている人として表に出た時に、不健康そうだったり太っていたりすると、ドーナツのイメージも下げてしまいますからね」
糖分もたっぷりで油で揚げているドーナツを、1個食べることさえも忌避する人がいるが、溝呂木さんは経験をもとに次のように話す。
「気持ちはわかりますが、ずっとドーナツを食べてきてわかったのは、1個くらいのカロリーでは何か変わるものではないです。もっと気軽に食べてほしいなと思っています」
◆「身近で手に入るおすすめのドーナツ」は?
さて、ここまで読んでいて、そろそろドーナツが食べたくなってきたのではないだろうか。そんな人のために、溝呂木さんが身近で手に入るおすすめのドーナツを聞いた。
「丸中製菓の『キングドーナツ』です。日本に住む人々は、70年代にアメリカのドーナツチェーンが登場する前からドーナツを食べていました。当時は、ベーキングパウダーを用いたケーキ記事を揚げたものが主流だったわけですが、それを継承しているような素朴さがあります。単に甘いだけではなく、塩気も感じる味わいも独特です」
筆者は甘いものをほとんど食べない。そんな人でも美味しく食べられる商品も教えてもらった。
「山崎製パンの『ソーセージドーナツ』ですね。ドーナツの生地に甘みがあるので、具材の塩気が引き立つんですよね。鮮明な味のコントラストが生まれています」
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最終的には「日本のドーナツの歴史をつまびらかにしたい」という溝呂木さん。実は、これだけ身近にある存在でありながら、「あんドーナツ」の発祥さえわかっていないのだとか。ドーナツをじっくり眺めてみると、オーパーツのように見えなくもない。今度食べる際には、いにしえの人々の創意工夫に対して思いを寄せつつ、思いっきりかぶりついてみたい。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。