外食チェーンが次々と値上げに踏み切る中、価格の据え置きを貫いている「サイゼリヤ」。代表的なメニューである「ミラノ風ドリア」は、1999年に480円から290円へと大胆に値下げし、“デフレの申し子”と呼ばれる存在になりました。2020年7月に300円となりましたが、現在もその価格を維持しています。
外食産業全体が、原材料や人件費の高騰により厳しい経営環境に直面し、市場が低迷する中、サイゼリヤは価格を据え置きながらも堅実に業績を伸ばしてきました。こうした姿勢は多くの消費者から支持を集めてきましたが、その裏では、コメや原材料価格の上昇、人件費の増加、円安といった逆風が重なり、日本国内の営業利益率はかつての7%台から5%を下回る水準に落ち込んでいます。
一方で、アジアやオーストラリアなど海外市場では依然として高い利益率を確保しており、特にアジア圏ではコロナ禍でも2ケタの営業利益率を維持。グローバル事業が、サイゼリヤ全体の収益を支える構造になっています。
サイゼリヤはこの状況下で、どのように価格と利益のバランスを取っていくべきなのでしょうか。今回は、同社のコスト削減の歴史を振り返りながら、今後の価格戦略の選択肢について考察していきます。
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●コスト削減はイタリアからの直接調達から始まった
サイゼリヤが低価格を維持できている背景には、創業当初から一貫して徹底されてきたコスト削減の仕組みによって、安定して利益を確保してきたことが挙げられます。
1970年代、まだ日本でイタリア料理が一般的でなかった時代に、サイゼリヤはワインやパスタ、オリーブオイルやトマトソースなど、保存性の高い食材に目をつけ、それらをイタリアから直接大量に輸入していました。こうした食材は在庫管理もしやすく、大量輸入によってスケールメリットを生かせました。
また、通常はボトルで輸入することが多いワインについても、サイゼリヤではタンクで輸入し、日本国内の工場でボトリングすることで、大幅なコスト削減を実現しました。
調達の工夫はそれだけではありません。中間業者を極力排除し、現地の食材業者と直接取引を行うことで、中間マージンを削減。品質の高い食材を安定的に、しかも低価格で仕入れる体制を築いていきました。
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こうした仕組みは現在も引き継がれており、イタリア現地で契約している複数の業者と協力関係を結び、継続的な品質向上や新メニュー開発にも取り組んでいます。
一方で、大量仕入れはリスクをともないます。そのため、サイゼリヤではメニューを絞り込み、調達から在庫、調理に至るまでの工程を標準化してきました。メニューの数を限定することでロスを減らし、効率化を最大限に図ることで、コストを最小限にしつつ、利益を最大化していったのです。
●オペレーション改善によるコスト削減
サイゼリヤのコスト削減は、調達にとどまりません。店舗での調理工程も徹底的に効率化されています。
象徴的なのは、「厨房に包丁がない」という事実です。サイゼリヤでは、工場で下処理された食材を店舗で加熱・盛り付けするだけで料理が完成する仕組みを導入しています。誰が作っても均一な品質と味が提供できるように設計されており、調理スキルに依存しない体制を整えることで、人材育成コストの削減にもつながっています。
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このような“工場化”を支えるのが、同社独自の「科学的経営」です。例えば厨房の設計では、どの位置に誰が立ち、どのタイミングで何をすれば最も早く料理が提供できるかを細かく検証。サラダ1つとっても、オーダーから提供までの時間を短縮できるよう、調理場の動線やレイアウトを科学的に分析し、日々改善を重ねています。
また、千葉や福島には契約農場を持ち、例えばレタスであれば、1株から何枚の葉が取れるか、そこから何人前のサラダが作れるかまで計算しています。このように、いかに効率良く提供できるかを研究することで、提供スピードとコストの最適化を同時に実現しているのです。
こうした一連の取り組みにより、サイゼリヤは全国どの店舗でも、品質のブレがなく、スピーディーに料理を提供できる体制を築きました。創業期から続く調達・製造・提供の一貫した効率化こそが、同社が長きにわたって「低価格でおいしい」を実現してきた原動力であると言えるでしょう。
●日本国内とアジア諸国、対照的な収益構造
こうした企業努力により、徹底したコスト削減と収益化を実現したサイゼリヤ。その売り上げはコロナ禍を経て回復基調にあり、日本国内も含めて全体としては着実に成長を続けています。
アジア市場では力強い伸びが見られ、高成長を維持しています。特に、中国市場は近年、アジアセグメントに統合されたため単独での数字は把握しづらいものの、堅調に売り上げを増加させています。
しかし、セグメント利益率に着目すると、違った景色が見えてきます。日本では2013年まで7%程度あった営業利益率が、2014年以降は5%を下回り、2024年8月期も低水準のままです。売り上げは伸びていても利益が減っているという状況が続いており、コロナ禍では赤字を計上した年もありました。
これに対し、アジア市場では好調な利益率を維持しており、直近では14%という高水準となっています。また、過去を振り返ってみても10%以上を維持しており、サイゼリヤ全体の収益性を大きく押し上げています。
このアジア市場での高収益が一時的な要因ではないことも重要です。サイゼリヤはアジアにおいても工場や店舗への資本投下を積極的に行っており、償却費を含んだうえでの高利益率となっています。
つまり、投資を継続しながらも高収益を維持できていることから、事業としての持続的な競争力があると言えるのです。
●日本の利益率が、アジア諸国に比べて低い理由
アジア諸国での業績が好調な一方で、日本国内の利益率が低迷しているのは、コスト構造の変化が大きく影響しています。
同社は長らく「固定費の抑制」により利益率を維持してきました。しかし最近は、特に人件費や水道光熱費、原材料費の上昇が大きく、これまでのようにコストを抑えて収益性を確保するのが難しくなりつつあります。
例えば、かつては固定費を売上比で50%以下に抑えることを目標にしており、2023〜24年頃には45%台にまで削減することに成功しています。しかし最近では、変動費がじりじりと上昇しており、かつて42%程度だった比率が、現在では49%近くに達しています。
変動費上昇の主な要因は、原材料費の高騰です。特に影響を与えているのは、コメをはじめとする食材価格の上昇が大きいと考えられます。
そのため、サイゼリヤ全体で見れば、アジア諸国での高収益によって6%台の利益率を保っていますが、この変動費の上昇を価格転嫁できなければ、今後営業利益率を上げていくことは難しくなってくると考えられます。
●今後のサイゼリヤの成長戦略は、主に2つ
そのため、今後のサイゼリヤの成長戦略には、2つの柱があると考えられます。
1つ目は、アジア諸国、特に中国市場における持続的な成長です。足元の中国経済では、消費者物価指数(CPI)の動きなどを見ても、価格転嫁が進まず、デフレ傾向が強まっていることが分かります。スターバックスをはじめとする企業が一部商品の値下げを実施するなど、現地では価格競争が激しくなっています。
しかし、このような環境は、効率的な運営体制を強みに持つ企業にとって、競争力を発揮しやすい局面とも考えられます。
サイゼリヤは長年にわたり、低価格を維持しながらも、科学的なオペレーションによって高い生産性を実現してきました。こうした経営手法は、価格が下がりやすいデフレ環境と非常に相性が良く、中国市場でも十分に力を発揮できる可能性があります。
もちろん、こうした環境下で仮にサイゼリヤが真価を発揮したとしても、利益率がさらに上がるとは限りません。ただし、価格競争が前提となる市場において、低コスト体質を保ちながら一定の利益を確保できる体制を構築できれば、安定した成長が期待できるでしょう。
●「選ばれる値上げ」による利益率改善がカギ
成長戦略のもう1つの柱は、日本国内における価格戦略の見直しです。
現在、サイゼリヤの1人当たりの客単価は858円。主要なファミリーレストランチェーンが1000円前後であることと比べると、1〜2割ほど安い水準となっています。この価格差を踏まえると、仮に5%程度の値上げを実施しても、依然として「お得な店」というイメージを保つことは可能です。
実際、しまむらなどの企業も段階的に値上げしながら、「競合他社と比べると割安」というポジションを維持して消費者の支持を得ています。サイゼリヤも同様に、適切なタイミングと価格設定によって値上げを行うことで、顧客離れを抑えながら利益率の改善を実現できると考えられます。
日本国内の営業利益率は現在2%未満にとどまっていますが、5%程度の値上げによって売上高に対する変動費率が改善すれば、3〜4%程度まで回復する可能性があります。今後も食材費や人件費、水道光熱費の上昇が続くと予想される中で、収益構造を維持・改善するためには、戦略的な価格改定や値上げが必要になるでしょう。
「常に安い店」というブランドイメージは、価格を据え置き続けることを意味するわけではありません。重要なのは、競合他社と比べて相対的に安いと感じられる水準を保ちながら、企業としての持続可能性を確保することだと、私は考えています。
サイゼリヤは、圧倒的なコスト競争力を背景に、他社よりも控えめな値上げであっても十分な利益改善が見込めるという強みを持っています。今後の経営では、「どのタイミングで、どの程度の価格改定を行うか」が大きな焦点となるでしょう。
物価高が続き、本当の意味で“お買い得”とされる企業が選ばれる現在。科学的経営によって築かれた競争力を武器に、サイゼリヤがどのような戦略を取り、消費者の支持を集め続けていくのか。今後の戦略に注目したいと思います。
(草刈 貴弘、カタリスト投資顧問株式会社 取締役共同社長/ポートフォリオ・マネージャー)
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