メジャーでは労使協定の交渉が決裂して開幕が遅れたシーズンがありましたが、現行の労使協定から採用されたのが「PPI」という制度です。
PPIは「Prospect Promotion Incentive」の略。プロスペクト(将来有望な若手選手)の1年を通した活躍を計算して、主要なアワードを獲得するかランクインした場合、その選手が所属する球団に追加のドラフト指名権を与える、というものです。
PPIの対象となるのは、『MLBパイプライン』、『ベースボール・アメリカ』、『ESPN』が発表するプロスペクト・ランキング全体トップ100のうち、少なくとも2つにランクインした選手。その2025年版では、ドジャースの佐々木朗希投手が3媒体すべてで1位に選ばれています。
簡単に言うと、プロスペクトを開幕から起用することに対するインセンティブをチームに与える制度です。これまでに何人もの若手選手がシーズンを通して活躍し、追加のドラフト指名権をチームにもたらしています。
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おわかりのように、この制度は若手の育成が目的。出場機会を与え、育成する。そして野球を盛り上げるという狙いがあります。
球団経営がマネーゲームになってしまうと、最終的に巨大資本に駆逐されてしまいます。そうなると試合はつまらなくなり、結果的にスポーツの人気低下につながりますから、それを避けなくてはなりません。資金力がないチームが若手を育てるにはどうしたらいいのか。そうして導入されたのがこのインセンティブだったのです。
野球では、インセンティブという言葉をよく耳にしますね。なかでもよく聞くのが、年俸に対するインセンティブです。「10勝したらプラス1000万円」といったもので、契約更改の時に付帯条件として加えられることがあります。これは、選手のやる気をうながすものです。
野球には、たとえば勝利するたびにもらえる「勝利給」と呼ばれるものがあります。いわゆる歩合です。インセンティブと歩合は違うもので、どちらも成績に応じて選手に支払われる報酬ですが、歩合は「実績に応じて一定の割合で支払われる報酬」で、インセンティブは「特定の目標を達成した場合に支給される報酬」です。
単純にして説明しますと、
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・ホームラン1本につき100万円・・・歩合
・ホームラン20本以上で2000万円・・・インセンティブ
という感じでしょうか。
1シーズンでホームランを20本打った場合は、どちらも2000万円もらえます。しかし25本打った場合は、前者は2500万円になりますが、後者は2000万円のままです。
ホームランに対してすべて歩合で払うのは、あまり現実的ではありません。その選手がどれだけ打っているかは年俸に反映されていますし、翌年にホームラン数が減った時に年棒もガクッと下がってしまうのは、ホームラン以外でも評価されたい選手にとっていいことではありません。つまり、インセンティブを追加して選手のやる気をかきたてる、という使い方が一般的なのです。
選手の評価=年俸。つまりお金です。昔のプロ野球は年俸の査定がざっくりしていた、というのはときどき聞く話ですが、最近では国内外問わず、選手の評価軸は多種多様になりました。インセンティブもそのひとつですが、それをクリアできるかどうかの瀬戸際にいる選手にとっては、"心の重し"になる場合もあります。
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たとえば、ドジャース時代の前田健太投手はどれだけ調子がよくても登板できなかったり、あるいは勝利の目前でマウンドを降ろされたりすることがありました。
チームの采配に関しては、私があれこれ言うことではないので是非は問いませんが、勝利はもちろん、登板イニング数などがインセンティブの条件だったとしたら、非常にジレンマを抱えていたと思うのです。
では、インセンティブで一番得するのは誰なのでしょう。球団にとっては、選手をやる気にさせることができますし、飛び抜けた成績を残しても、歩合ではなくインセンティブなら一定の金額で済みます。そもそも、設定した成績に達しなかった場合は払う必要がありません。
チーム成績がよくない場合は経営コスト削減につながるので、そう考えると球団が得をするのかと思いますが......選手は自分の成績次第で、年俸に加えて多くのインセンティブを獲得できます。モチベーションも上がりますから、そう考えたら、球団と選手のどちらにもいい制度なのかもしれません。
PPIに話を戻しましょう。メジャーでは資金や戦力に乏しい球団が、有望な若手選手を育成して強豪球団に高く売るというシステムが確立しています。育成に成功すれば、その選手の売却益のほかに、追加ドラフト権を獲得できるメリットがあるということですね。
ベテランの活躍はもちろんとても大事なことですが、若手の成長と活躍を見ることができるのは、ファンにとってとても幸せなことだと思うのです。チームの経営を安定させ、選手にやる気を起こさせる。つまりインセンティブとは、私たちファンが一番メリットを享受できるものなのかもしれません。
メジャーの労使協定は来年末で切れるので、また変わるかもしれません。これから先もファンをワクワクさせる制度が整備されることを期待したいと思います。
それではまた来週。
構成/キンマサタカ 撮影/栗山秀作