
「どんな勉強をすれば、仕事ができるようになりますか?」
新人のころ、40代のベテラン男性社員に相談したらこんなことを言われた。
「『逆襲のシャア』は観たほうがいいよ! これさえ観ておけば大丈夫だから!」
ガンダムは『SEED』しか知らないし、宇宙世紀もの未視聴なのに、いきなり「逆シャア」を観ることになってしまった――。今でも忘れられない困惑体験だ。
今から10年ほど前のこと。大学卒業後、広告制作会社に就職した筆者は、一人前のコピーライターになるべく、機会があれば周囲の先輩に質問しまくっていた。(文:西荻西子)
|
|
「ガンダム分かる?」「SEEDくらいしか…」→ 逆シャアのDVDを貸される
あるとき、40代の先輩社員の仕事を手伝うことになった。打合せも終わり、先輩にどんな勉強をすればいいか聞くと、上記の答えが返ってきた。雑談まじりの会話とはいえ、仕事の相談をしているのに唐突にガンダムを勧められたのだ。
筆者が「ガンダムですか?」と聞くと、「そう、ガンダム。わかる?」と言われたので、「SEEDくらいしか観てないです」と、小学生のときになんとなく観ていたシリーズを挙げた。
すると、先輩はガンダム語りを始めた。アムロやシャアがどうとか言っていた記憶があるが、キラやアスランしか知らない筆者はわからない。ただ、先輩がすごく楽しそうだったのは覚えている。最後に、
「今度DVD持ってくるから!」
|
|
と言って、後日本当にDVDを会社に持ってきて貸してくれた。
AI生成によるイメージ画像。本当にDVDを貸してくれたのだ
「アクシズ」「サイコフレーム」がわからない。最後は不思議な力で救われる
帰宅後、すぐにDVDを再生した。先輩が勧めてくれるのだから、とても面白かったり感動したりするのではないか……と思ったが、びっくりするほど意味が分からなかった。
「アクシズ」「サイコフレーム」といった意味不明な言葉が飛び交い、話の筋が掴めない。そもそもアムロとシャアがなぜ戦っているのか、なぜシャアが地球に攻撃をしかけて、小惑星みたいなやつを落とそうとしているのかがわからない。というか、シャアって仮面つけてるんじゃないの? という感じだった。
|
|
アムロの夢に出てくる光る女の子がララァらしい。このララァをめぐって2人は因縁があるようだけど、過去作を観ていないのでわからない。そうこうしているうちに不思議な力で地球は救われ……というところで話は終わった。あれ? アムロとシャアはどうなったの? さっぱりわからない。
ストーリーはともかく、広告業界で働く上で必要な何かが描かれているのでは? とも思って注意しながら観ていたが、それもよく分からなかった。
もちろん先輩に悪気はない。むしろ、自分の知見を共有してくれる良い人だ。ただ、後で知ったが「逆シャア」を理解するには、少なくともアムロとシャアが出てくる『機動戦士ガンダム』『Ζガンダム』を履修しておく必要があるのだという。事前知識がなければ理解できないわけで、勧められた方は困惑するしかない。
善意だからといって、いきなり勧めるのはよくない
後日、先輩にDVDを返す際、「どうだった?」と聞かれ、「いやーすごかったです!」としか言えなかった。
それでも先輩はご満悦そうで、飲み会で「西荻が『逆襲のシャア』観てくれたんだよー!」と話していた。筆者は内容を全然理解していなかったので、いつ話を振られるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。「アムロとシャアの最後の戦い、グッと来るよな」とか言われたらどう答えればいいのだろう、なんて考えていた。
結果として先輩のまわりでガンダム話が大盛り上がりしたので、筆者に振られることはなかった。本当によかった。
それにしても先輩はなぜ「逆襲のシャア」を勧めてくれたのだろうか。広告クリエイターは教養として名作を抑えておくべき、名作からクリエイティブの何たるかを学べ、といった意図があったのだろうか。
おそらく、実際のところはそんな大層な意図はなくて、ただ単純に自分の好きなものを後輩に勧めたかった、というだけなのだろう。とはいえ、いくら名作であっても作品を楽しめる下地があるか、といった当人の事情を無視して勧めるのは無粋だ。
これを読んだ上司・先輩世代の方は、新人に自分の趣味を唐突に押し付けないよう気をつけていただきたい。そして私も、後輩ができたら『十二国記』をいきなり全巻渡したりしないようにしたい。