富士フイルムのデジカメ「X half」のプレスリリースを見た時、まず思ったのは「デジタルカメラでハーフサイズってどういうこと?」だった。センサーを半分使うという訳でもないだろうしとか。一方で、縦構図が撮りやすいカメラという方向は面白いと思った。スマホでの撮影に慣れた人にとって、縦の方が構図を決めやすいだろうし、人を撮るなら縦の方が向いている。
それが、240gという軽さと1インチセンサー、信頼度の高い単焦点レンズで、ピント合わせはAFとマニュアルが選べて、露出もプログラムオートの他、絞り優先オート、シャッター速度優先オート、マニュアルが選べるというのは、スマホでは撮れない写真が楽に撮れそうでカメラに慣れている人には扱いやすいだろう。そこに、フィルムシミュレーションや数々のフィルター効果が乗るというのだから、スマホではない“デジカメ”らしさを感じる。
でも、軽量でコンパクトなデザイン、特徴的な機能、ハーフサイズという組み合わせに、どこかつかみ所がない印象を受けた。なので、実機をお借りして色々撮ってみた上で、取材をお願いして、この興味深いけれどもどこか不思議なカメラが実際にはどのように開発され、ユーザーはどう受け取れば良いのかを探ってみた。
「最初に、このモックアップがデザイナーから提案されてきたんです」と、富士フイルムで今回の製品の商品企画を担当された渡邊淳さん(イメージングソリューション事業部商品企画グループ長)が見せてくれたのは、製品版のX halfとほぼ同じサイズ、ディテールのモックアップだった。
|
|
「最初にこのモックアップがあって、その中の機能や、アプリを使って、こういうふうに撮影を楽しむという細部まで、コンセプトから具体的な機能も含めたアイデアの提案がデザイナーからありました。他にもいくつか案があった中でも、これが我々が考えていた『新しいユーザーをより広げていきたい』という意図にマッチすると感じたので、製品化を進めることにした、というのが開発までの流れです」
そのアイデアを提案したデザイナーさんは、当時入社2年目の若い方なのだが、本人も元々フィルムカメラが好きで普段から使用してきた中で、このアイデアに辿り着いたそうだ。
「僕ら商品企画グループのメンバーも初めて彼から提案を受けた時、すごくいいアイデアだと思いました。富士フイルムの『Xシリーズ』ブランドでこれまでのモデルでもエッセンス的に持っていたフィルムカメラのような体験をよりユニークな形で提供できる点が特に魅力的でした。そして、何より、このサイズと形ですね」
面白いのは、ハーフサイズフィルムカメラから着想を得た縦構図の撮影と、ハーフフィルムを組みで現像する時のように、2枚の写真を左右に並べることで得られる“物語”のような表現。これらがアイデアの中心にあるコンセプトだった。そして、その2枚1組というコンセプトをより明確にするためのフィルムを送るレバーなどのギミック。
「1枚撮ったらフレーム切り替えレバーを操作し、もう1枚撮ると、その2枚が一つの組写真のようになる、というのは、フィルムを巻き上げるという行為を彷彿とさせる点も含め、すごくイメージしやすかったんです。一方で、1枚撮るごとに必ずレバー操作が必要で、常に組写真になる形にするのは、ちょっとコンセプトとして尖り過ぎてると感じたので、そういう部分は商品開発の過程で何度も議論し調整していきました」
|
|
確かに、縦構図の組写真というコンセプトを分かりやすく伝える手段として「ハーフサイズカメラ」という例えは分かりやすい。私のようなかつてのオリンパス「Pen」のハーフサイズカメラを知っている世代だと。ハーフサイズに馴染み過ぎていて、「デジカメでハーフサイズって?」と思ってしまいがちだが、例えとしての表現とすれば納得できる。
つまり、35mmのフィルムを半分使って1枚とするというハーフサイズの構造と、横構図の写真のサイズに縦構図が2枚並ぶと、そこに別の表現が生まれるかもしれないというアイデアを重ねたところが、このカメラの中核にあるということなのだ。
「1枚1枚の構図が多少ずれていたりブレていたりしても、組写真にすると物語性が出て、雰囲気のある写真に仕上がるところもいいと思いました。背面のLCDモニターのサイズが大きいと、良い写真を撮影しないといけないとプレッシャーを感じるという意見も発案したデザイナーの周囲の同世代の声としてあり、あえて縦型で小さめなサイズを選びました」
思えば、昔、写真展などに行くと組写真というのは一つのジャンルにもなっていた。また、インスタなどで複数の写真を一つの投稿の中で上げるのは当たり前。ただ、連続して撮った2枚が常に組みになるという仕様だと、気楽にシャッターを切りづらくなるかもしれない。
そこで、フレーム切り替えレバーを操作した時だけ、次の写真が組写真になるようにしたり、既に撮った写真を背面ディスプレイに表示させた状態で、フレーム切り替えレバーを操作すると、表示された写真と次に撮った写真が組みになる機能にした。さらに、後からアプリ上で選んだ任意の2枚を組みにする機能も加えた。
|
|
「最初の提案の段階では、とにかく尖っていたんですよ。例えば、毎回レバーで巻き上げる行為をしないと次の写真が撮れないとか。アイデアの良い点を生かしながら、より多くのお客さまに楽しんでもらうにはどう工夫をしたらよいかを皆で考えながら開発していきました」
製品では、フィルターとフィルムシミュレーションは、どちらかを選ぶことになっていて、フィルターを選ぶと、フィルムは「PROVIA」に準ずる設定になっているそうだ。確かに、そこまで選べてしまうと一枚撮るのにも考え込んでしまう。
同じ富士フイルムの「instax WIDE Evo」のように、シャッターを切ることがプリントと直結するなら、選択肢が多くても構わないかもしれないが、デジカメだとすると、手軽さが失われるのも避けたいし、そこで得られる画質の違いは、パッと見て分かるほどにはならない気がする。
とはいえ、実際に撮っていると「二重露光」「ライトリーク」あたりは、フィルムシミュレーションと連動してほしいと思った。そのあたりは、今後のユーザー・フィードバックなどを参考にしながら考えていきたいと渡邊さんも話してくれた。そのくらい実際に撮影してみないと分からない多彩な特長を持つカメラであるのだ。
「難しかったのは、背面の2つのLCD画面ですね。最初から、アイデアとして提案されていたのですが、この大きさのカメラに2つの画面を入れるのは難しい課題でした。一方でモックアップの非常にコンパクトなサイズ感は絶対に実現したい部分でした。それを、1つのLCDパネルを外装のデザインで区切って、2つの画面として見せるという発想で実現させました」
フィルムカメラのように、入れているフィルムが分かる背面パネルのデザインは、このカメラの最も魅力的なデザインの一つ。しかも、フィルムシミュレーションを、単にメニュー画面から選ぶのではなく、実際に、そのフィルムを入れ替えているような気分を味わえる体験は、ある意味マニアックな機能を、より身近に感じさせてくれる優れたインタフェースなのだ。そして、このインタフェースがあるから、フィルムを入れて撮っていた時代の感覚を再現した「フィルムカメラモード」が生きる。
「フィルムカメラモードは、最初のアイデアにはありませんでした。最初にあった、撮るたびに必ずレバーを巻き上げるというアイデアについては、本来撮影に必要な行為というわけではないので違和感があって、一方で撮影体験としては面白いとも感じていたので、だったら、そのギミックを体験できるスペシャル・モードを作ろうよ、という発想から出てきた機能がフィルムカメラモードでした」
この「フィルムカメラモード」という機能、リリースを読んだ時には全然ピンと来なかったというか、それは何のため? といった感じだったのだけど、実際に使ってみると、これが面白かったのだ。
かつて、フィルムカメラの時代には、当たり前に、入れるフィルムを考えるところから撮影が始まっていたことを思い出した。今回は、作品展に応募する写真を撮りたいから高感度の白黒フィルムにしようとか、新婚旅行でバリ島に行くから、発色が鮮やかで高精細なポジフィルムを使おうとか、そういうことを当たり前に考えていたことを、すっかり忘れていた自分に驚いたりもした。
1枚ずつ、撮るたびにフィルムを選ぶなら、それはフィルターやエフェクトと変わらない。ところが、36枚、48枚、72枚を撮り終わるまでずっと、そのフィルムに付き合うという体験は「フィルムを選んでいる」という実感が生まれる。その忘れていた感覚が妙に新鮮だったし、確かに「フィルムカメラモード」という名前がぴったりだと感じた。しかも、撮ってみると、確かに「おお! これはVelvia(ベルビア)のあの色と質感だ!」と思える見事な再現度。
「フィルムシミュレーション自体は、従来からXシリーズなどに搭載しているものと同じです。ただ、フィルムらしい質感は取り入れたかったので、『グレイン・エフェクト』機能を少し強めにして搭載しています。若い人が『写ルンです』を使ったり、古いデジカメを使うみたいな、荒いザラッとした質感を意識しましたね。今のユーザーが考えるフィルムらしさのような」
グレイン・エフェクトは、確かに、かなり強めに掛かる。強度を「強」にして、粒を「大」にすると、かなりの粒感が出て、高校生の頃、「Tri-X」(KODAKの白黒フィルム)を800や1600に増感してアンダー目に撮っていた頃を思い出したりもした。
当たり前のようにキレイに撮れてしまうスマホのカメラに慣れていると、この見ようによって失敗と思われるような質感が、「絵」としての面白さに見えてくる。もはや写真は「真を写す」よりも、味や深みのある「絵」が撮れる方が、わざわざカメラを買うという行為にとっては正解という時代になっているのかもしれない。元々、写真は「嘘」を写すから面白いと思っている私には、X halfのようなカメラこそ、正しい写真機に見える。
最初のモックアップと見比べると、サイズや全体の印象、ダイヤルやレバーなどの操作系の配置などはほとんど変わらないのだけど、細部には違いがある。例えば、製品には搭載された光学ファインダーがモックアップにはない。また、ムービー用のライトと、スチル用のフラッシュは別になっている。
面白いのは、ここまでフィルムカメラに近づけていながら、しっかりムービーモードがあり、フィルムシミュレーションにもムービー撮影に向いた「ETERNA」が用意されていること。そして、ビックリするのは、2in1機能による組写真にもムービーが使えることだ。
片方をスチル、片方をムービーにも出来るし、両方をムービーにもできる。また、複数枚の写真を選んで横スクロールで見せる、スライドショー・ムービーを作る機能もある。
やはりX halfの開発に携わった富士フイルムの米山諒さん(イメージングソリューション事業部商品企画グループ)は、「それも、組写真のアイデアから生まれた機能です。最初の提案のアイデアは大切にしています」と話す。「撮影の時だけじゃなく、撮影した後にアプリを使いギャラリーで鑑賞するように写真を楽しめるとか、撮った写真をスムーズに出力してリアルのプリント物で楽しめるとか、ただのカメラに留まらず、写真体験全体として楽しんでもらいたいという思いで、我々が持っている他の写真製品との連携をさせています」と、かつてのフィルムの「ベタ焼き」のようなプリントを見せてくれた。
アプリの「フィルムカメラモード」の表示画面から、直接コンタクトシートのようなプリントが注文できるサービスがあるのだ。また、撮った写真を縁なしのパネルにしてくれるサービスもある。小口が黒や白に塗られているあたり、とても芸が細かい。
もちろんチェキとの連携も可能。X half本体から、直接、撮った写真をBluetoothで“チェキ”スマホプリンターに送り、写真として出力が行えるのだ。この、カメラから直接プリントできるというのが、「チェキ」の思想を尊重しているようでとてもいい。
最初に抱いた様々な疑問も、まず「2in1の組写真を、フィルムカメラ的な操作のコンパクトな縦構図カメラで撮る」というコンセプトから始まったと聞くと、とても腑に落ちる。ハーフサイズカメラだと思うから、色々不思議に思ったのだけど、重要なのは、縦構図の写真を2枚並べるという表現だったのだ。それを多くの人が手に取りやすいモデルへとブラッシュアップしつつ、最初のコンセプトは忘れない。その姿勢が「個性的」な、でも製品開発のロジックはきっちりと筋の通ったカメラを生んだのだろう。
もう、私は欲しくてたまらない。ただ、そのコンセプトに対して、やや価格が高過ぎるような気はする。
とはいえ、昨今の円安の状況に加え、実売価格はスマホよりは安いような気もするし、ここは無理しても買うべきかと真剣に悩む。そのくらい、他にはないこのカメラだけの体験ができる製品なのだ。そういう製品が企画を通して、発売されたことが、何よりうれしいのだった。
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。
Win11のブルースクリーンが黒に(写真:ITmedia PC USER)81
Win11のブルースクリーンが黒に(写真:ITmedia PC USER)81