2万人のリストラや7つの工場閉鎖などで経営再建中の日産自動車は、長年スポンサーを続けている「横浜F・マリノス」を手放すのか? その場合、買い手は誰か? 価格はいくらか? 専門家に聞いた!
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■経営再建時は、スポーツ事業から切る
日産自動車は、2024年度の決算が約6700億円の巨額赤字になると発表した。
そして、2万人規模のリストラや7工場閉鎖などの経営再建策を示したが、自動車業界に詳しい専門家からは「それでも不十分だ」という声も上がっている。
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実際、最終的には破談になったホンダとの経営統合の協議中に、あるコンサル会社から「4万人のリストラが必要」だと指摘があったことも報じられている。
この経営再建の中で「身売りもあるのか?」と心配されているのが、日産の子会社でJリーグ発足時から日本サッカー界を支えてきた人気チーム「横浜F・マリノス」(以下、マリノス)だ。
日産のイバン・エスピノーサ社長は『神奈川新聞』のインタビューでスポーツ事業について「絶対にずっとやるとは言えないが、現状ではストップをかける計画はない」と答えている。
Jリーグが公開している各クラブの収支報告によれば、マリノスの24年度のスポンサー収入は約28億円。人件費などの売上原価や管理費を引いた純利益は900万円のプラスだ。単純に見ると日産の負担分はスポンサー費用の30億円弱で、グループ全体の赤字額に比べると小さくはある。
では安心できるかというと、そう単純な話でもない。
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バレーボールのSVリーグ「ヴォレアス北海道」などのプロスポーツチームを財務面で支援し、外資系プライベート・エクイティ・ファームで企業投資・経営支援などを行なっていた経験もある企業コンサルタントの山田 聡氏が語る。
「スポーツチームを支援する広告宣伝費は、企業認知の獲得などを目的とした将来に対しての投資なので、経営再建に向けた時期のコストカットでは最初に手をつけやすいという考え方が一般論としてはあります。
それに『従業員は大規模なリストラをするのにスポーツチームはそのままなのか』といった不満の声が社員や株主から上がるでしょう。
しかし、一番大きいのは銀行からのプレッシャーです。日産はかなりの金額を銀行から借り入れているはずなので、コスト意識が高い銀行は、一番厳しい姿勢を示すかもしれません」
日産はマリノスを手放したくないかもしれないが、現実問題としてはかなり厳しい状況ではないだろうか。
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■J2落ちすれば、売却が優先に
ところで、マリノスの株は現在、日産が最大の株主で572株(約77%)を保有している(帝国データバンク調べ)。
次に多いのは、153株(約20.6%)を保有する英国のシティ・フットボール・グループ(CFG)だ。CFGは英プレミアリーグの強豪、マンチェスター・シティFCをはじめ、世界各国でサッカークラブを運営している。
もし、日産がマリノスを手放した場合、CFGは保有株式をどうするのだろうか。山田氏は「CFGも手を引くか、逆に株式を買い増しして完全に子会社にするかのどちらかだ」と考える。
「これは推測になりますが、CFGがマリノスの株を持っているのは、日産がマンチェスター・シティFCのスポンサーとして投資していくこととセットになっている可能性があります。そうだとすると、仮に日産が手を引いたら、CFGのマリノスに対するサポートが弱まるかもしれません。
一方で、グローバル展開をしているCFGがこのタイミングでマリノスにさらに踏み込んで、日本の拠点として100%子会社化する判断もありえます」
山田氏は、オーストリアに本社を置く世界的な清涼飲料メーカーの「レッドブル」が、24年に当時J3だった大宮アルディージャを傘下に収めたことを引き合いに出し、こう解説する。
「日本からヨーロッパへのサッカー選手の供給実績は上がってきているので、Jリーグのクラブを育成拠点に使いたいと考えるグローバル企業はあると思います。ですから、CFGだけでなく、マリノスを買いたいという海外の企業はたくさんあるのではないでしょうか」
では、マリノスはいくらぐらいの値段になるのか。
「アメリカのメジャーリーグサッカーでは、売り上げの4、5倍の価格がついています。今、米国サッカーは盛り上がっているのでそれくらいになっていますが、日本では横浜ベイスターズがTBSからDeNAに売却されたときや、ホークスがダイエーからソフトバンクに買われたときは、売り上げと同規模の価格でした。それを参照するとマリノスは70億円くらいになる可能性があります」
しかし、マリノスは現在、大きな危機の中にある。それは今シーズンの成績だ。6月16日時点でJリーグ最下位。初のJ2降格の可能性がある。
J2になればJリーグからの配分金はもちろん、入場料収入やスポンサー収入などが減る可能性が大きい。
さらにメディアの露出なども減り、広告宣伝効果も薄れてくる。そうなると値段が下がるだけでなく、日産がマリノスを手放す可能性も高くなるのだ。
「J2への降格が濃厚になった場合は銀行や株主からのプレッシャーが強くなることも考えられるので、値段にかかわらず売却を優先するという決定になる可能性はあります。
そして、もし日産に代わるスポンサーが現れなかったら、トップ選手の年俸の維持が難しくなったり、チームスタッフのリストラなどの課題も出てきそうです。J2に落ちると、マリノス自身も収益に見合ったコスト削減をしなければいけないという状況になるでしょう」
70億円から値段はグッと下がるのだ。
では、もしマリノスがJ2に落ちて、日産がチームを手放した場合、誰が手を挙げるのか。
今、マリノスの株式は日産とCFGのほかに、わずかではあるが崎陽軒、神奈川新聞社、横浜信用金庫などの地元企業が保有している。こうした企業が、マリノスのスポンサーになることはないのだろうか。
「現状のスポンサー費用を維持しようとすると年間20億円、5年で100億円は必要です。それだけ投資ができる地元企業があるかどうかです」
1社で20億円を負担するのは難しそうだ。しかし、株式を持っている崎陽軒や神奈川新聞社、横浜信用金庫、相鉄ホールディングス、サカタのタネなどがまとまってマリノスを支援することはできないのだろうか。
日産がマリノスを手放さないのが一番いいが、「崎陽軒F・マリノス」や「相鉄F・マリノス」という響きも、決して悪くないと思うのだが......。
取材・文/木野龍逸 写真/時事通信社