KDDIは2024年5月、DX推進を基盤とした新たなビジネスプラットフォーム「WAKONX」(ワコンクロス)を立ち上げた。「和魂洋才」から生まれたもので、背景には、日本の人口減少や業界課題の深刻化、生成AIの急速な進展など、社会変化への対応がある。
3つの領域からなるのがワコンクロスの特徴だ。1つ目は、本業であるネットワーク技術を生かした「ネットワークレイヤー」だ。2つ目が世界5000万のIoT回線や保有する顧客データなどを、プライバシーを保護しつつ社会活用する「データレイヤー」。そして3つ目が、各業界やテーマ特有の課題を解決するために最適化した「バーティカルレイヤー」だ。
そしてバーティカルレイヤーが扱う協調領域として、モビリティ、リテール、物流、放送、スマートシティ、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の6つを標榜している。
●変革の旗手たち〜DXが描く未来像〜
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日立製作所、富士通、NECなどの国内大手が、DXなどのデジタル関連の事業やサービスをブランド化する動きが広がっている。各社はどんな強みを持ち、日本企業をどのように変えていこうとしているのか。各社のキーマンに丁寧に聞いた。
1回目:なぜ日立はDXブランドの“老舗”になれたのか? Lumada担当者が真相を明かす
2回目:なぜ富士通「Uvance」は生まれたのか サステナビリティに注力する強みに迫る
3回目:NEC「ブルーステラ」誕生の舞台裏 コンサル人材を自社で育成する強みとは?
4回目:東芝のDXブランド「TOSHIBA SPINEX for Energy」 キーマンに聞く圧倒的な強み
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5回目:寡占市場の電力業界 TOSHIBA SPINEX for Energyの「ITベンダーにはない強み」とは?
6回目:本記事
社会課題解決を標榜するビジネスモデルは近年、日立製作所やNECなどの国内大手も次々と打ち出している。ワコンクロスの特徴は、KDDIが有する多様な顧客とのタッチポイントを生かしてデータを活用し、継続的にサービスを運用するリカーリングモデルによって展開する点だろう。
他のDXブランドでは、顧客にコンサルティングをしながら、長期的に課題を解決しようとするモデルが多い。KDDIのやり方はこの点で、特徴的だと言える。
KDDIはなぜ、この異色のビジネスを立ち上げたのか。ワコンクロスを担当する同社ビジネス事業本部プロダクト本部の野口一宙副本部長に狙いを聞いた。
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●協調領域を生かすためのワコンクロス
――ワコンクロスの立ち上げの経緯について教えてください。
ワコンクロスというブランドが生まれる前の段階から、DX強化が非常に重要との認識が社内でありました。そのため、組織的にもDX推進本部を設置し、DX関連の人材を集めて体制を整えていました。背景には、人口減少や業界特有の課題に直面する顧客企業の問題や、生成AIの急速な進展など、社会全体が大きく変わる局面を迎えている点があります。
また、日本のデジタル化が遅れている指摘もあります。従来は企業ごとに個別に投資し、その内容を競争力として他社と共有しないことが一般的でした。しかし、最近では競合企業同士でも協調して投資し、共同資産として活用する需要が増えてきています。
例えば通信業界でも、かつては基地局のエリア構築を各社が競い合っていましたが、5Gでは当社でもソフトバンクと共同で基地局を建設する動きがあります。物流業界でも、共同配送の取り組みが始まっています。このように社会全体で必要とされるものは「協調領域」として、一緒に投資する気運が高まっています。
こうした状況を踏まえ、KDDIとしてもDXを協調領域への投資基盤として提供し、その上で各社がAIなどを活用して競争力を高めていくことが重要だと考えました。
――いつごろから具体的な話が浮上したのでしょうか。
2023年の下期頃からブランド化について議論し、本格的に進めていく話になりました。ワコンクロス立ち上げのもう一つの側面としては、DXは非常に幅広く多様なジャンルに及ぶため、一つ一つの取り組みだけを見ると、方向性や目的が見えづらくなることがあります。
そこで当社は、日本のデジタル化を加速させる大義を明確に打ち出すため、ワコンクロスというブランドを立ち上げました。このブランドを通じて業界や社会課題の解決に取り組む方向性を明確化し、社外にも分かりやすく説明します。それとともに、社内でも各プロジェクトがワコンクロスの一環であることを認識できるよう浸透させていく狙いがあります。
●IoTだけで5000万回線 データの強み
――ワコンクロスでは、具体的にどういった事業をしているのですか。
当社は、通信事業者として長年培ってきたネットワークを、重要な基盤として位置付けています。この「ネットワークレイヤー」の上に、ネットワークを通じて集まるデータを解析・活用するための基盤を形成していることが大きな特徴です。さらに現在はAI時代ですので、AIを全面的に活用する動きも進めています。
具体的な例では、ネットワークの部分ではIoT回線が約5000万回線におよんでおり、非常に広範囲に展開しています。これはもともとトヨタ自動車とのコネクテッドカー(インターネットに常時接続する自動車)の国際的な取り組みから始まったもので、当初は個別の大規模プロジェクトでした。
しかし現在ではマツダやスバルなど、他の自動車メーカーも、このプラットフォームを利用しています。コネクテッドカーが一般化したことで、KDDIは自動車の通信プラットフォームとして定着しています。このようなモデルを他の分野にも広げていけると考えています。
またKDDIはスマートフォンユーザーを多く抱えているため、そこから得られる膨大なデータを自社サービス改善のために長年活用してきました。これを「データレイヤー」と呼んでいます。現在では匿名性を担保した統計情報として加工し、「どのような人がどのエリアにいるか」といった統計データをリテール業界向けに提供し、商圏分析などに役立てるところまでデータ活用が広がっています。このようなデータ活用は、他にも多くの応用事例があり、ワコンクロスならではの強みとなっています。
さらにAI技術が進展したことで、データ活用のユーザーインターフェースも劇的に簡単になり、扱いやすくなりました。その結果、IoT回線から得られるデータやauショップ、ローソンといった小売の現場から得られるデータ、法人の顧客から得られるデータなど、多種多様なデータを効果的に活用できる環境が整っています。これら全てのデータ資産をうまく融合・分析することで、社会課題解決や事業成長支援など幅広い分野で世の中への貢献が可能になると考えています。
●6協調領域の取り組み
――顧客に対し、具体的にどういった支援をしているのでしょうか。
現在ワコンクロスでは、バーティカルレイヤーの中で、特に重要なテーマとして6つの協調領域を設けて取り組んでいます。具体的には自動車などのモビリティ、リテール(小売)、ロジスティクス(物流)、ブロードキャスト(放送)、スマートシティ、そしてBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)の6領域です。
まずモビリティ分野については、これまでのコネクテッドカーの取り組みをさらに発展させています。KDDIではトヨタ自動車との協業から始まったコネクテッドカー事業が現在ではマツダやスバルにも広がり、グローバル規模で3000万を超えるIDを管理しています。これは日本のスマートフォンID数を超える規模となっています 。
また、KDDIスマートドローンという子会社を設立し、ドローン事業も展開しています。KDDIも、ロボットを使った実証などロボティクス分野にも積極的に取り組んでいます。将来的な自動運転社会に向けて、24時間365日グローバルで運用してきた通信ノウハウを生かし、ロボットや自動運転技術の支援を進めています。
リテール分野ではローソンとの協業を通じて、小売業界特有の課題解決に取り組んでいます。特に人手不足の中で店舗運営を効率化するため、「KDDI Retail Data Consulting」というサービスを提供しています。このサービスは、商圏分析や新店舗出店候補地の選定などにおいて、店舗経営者に生成AIを活用したチャット形式で最適な立地条件などを提案する機能も備えています。
物流分野では、自社で物流センターを保有し、スマートフォンを含む移動機とその周辺商材のB2B、B2Cなどの配送業務を手掛けています。その中でデータ解析による効率化に取り組み、昨年には倉庫自動化を推進する子会社「Nexa Ware」(ネクサウェア)を設立しました。実際、自社物流センターのデータ分析によって出荷量が前年比1.4倍になる成果が得られ、このノウハウを商品化して外部にも提供しています。
スマートシティ分野では、JR東日本と共同で東京・高輪地区のスマートシティプロジェクトを展開しています。このプロジェクトでは都市計画や都市開発において、人流シミュレーションや災害時避難誘導、カスタマーが店舗へ訪れるための仕掛け作りなど、具体的な課題解決策を提供しています。この取り組みで得られた知見やノウハウは他の都市開発プロジェクトにも横展開していて、特に鉄道会社による都市開発案件への提案を進めています。
こうした6つの協調領域それぞれにおいて、KDDIは実際の現場や事業活動から得られる具体的なデータと知見を活用しながら、顧客が個別には投資しづらい協調領域への共通プラットフォーム提供という形で支援しています。また、それぞれの領域で培ったノウハウとデータ分析力、AI技術を融合させることで、多様な業界や社会課題の解決を進めています。
●各協調領域の具体的取り組み
――スマートシティはネットワーク基盤の話なのでしょうか。
スマートシティの取り組みは、ネットワークだけでなく、シミュレーションやロボット、街を訪れる人向けのアプリの提供など多岐にわたっています。3月27日に開業した高輪ゲートウェイシティプロジェクトでは、データプラットフォームの構築や多様なデータ利用、さらには商圏分析などへの応用を検討しています。現在、プロジェクト内部ではビジュアル的にも具体化が進んでおり、スマートシティはさまざまな要素を総合的に組み合わせたものとなっています。
――放送分野とBPOについてはいかがでしょうか。
ブロードキャスト分野では、「5G SA」という無線技術を活用し、放送局向けに映像品質を維持しつつ中継のワイヤレス化を実現しています。従来のケーブルによる制約を解消し、例えば野球中継などで、より自由な撮影が可能になりました。実際に甲子園での実証実験では、ソニーグループと協力して放送品質に耐えうるワイヤレス中継を実現し、高い評価を得ています。
BPO分野では、(KDDIと三井物産の共同出資会社である)アルティウスリンク社と協力し、生成AIを活用したデジタルコンタクトセンターの構築を進めています。「Altius ONE for Support」というソリューションを展開し、コンタクトセンター業務の効率化と高度化を図っています。
――BPOに関して課題はありますか。
コンタクトセンターのデジタル化には課題もあります。KDDIの自社カスタマーケアセンターでの経験から、生成AIの導入初期段階では精度の問題(ハルシネーション)があり、クレームにつながる可能性があることが分かっています。そのため、現場での導入のネックになっていたといいます。現場で経験を培いながら、生成AIの導入を進めています。
KDDIでは、この自社カスタマーサポート現場で培った生成AIやデジタル化の運用ノウハウを、顧客に提供する商品やサービスに生かす取り組みを進めています。この経験をもとに、生成AIやデジタル化技術の効果的な導入と運用方法を確立し、より高品質なカスタマーサポートの実現を目指しています。
――自社のノウハウをサービスやプロダクトとして展開していくわけですね。
はい。物流やコールセンター事業など、私たちが自社で試行錯誤を重ねてきた現場の経験を生かし、それを顧客にも提供して支援していくことを、現時点で追求しています。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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