2021年9月、筆者は「いまさら聞けない『メタバース』 いま仮想空間サービスが注目される“3つの理由”」という記事を執筆した。この年はFacebookが社名を「Meta Platforms」に変更するなど、メタバースを巡ってさまざまな動きがあり「メタバース元年」という声も上がったほどだった。
さらに新型コロナウイルスによるパンデミックが非対面でのコミュニケーションのニーズを押し上げたこともあり、いよいよ仮想空間サービスが私たちの日常に定着するかのように思われた。
それから4年。いまやIT系のニュースと言えば、生成AIやAIエージェントなど、AIに関する話題一色だ。一部には「メタバースはオワコン」という声まであるほどだが、果たしてメタバースは「終わって」しまったのだろうか?
●相次ぐ国内メタバースの終了
|
|
「メタバースは終わった」という声が上がる背景には、国内で企業がメタバース事業から撤退する例が見られることが一因となっている。24〜25年にかけ、大手企業が手掛けていた複数のメタバース・プラットフォームが、相次いでサービスを終了したのだ。
25年2月28日、ANAホールディングスの子会社であるANA NEOが展開していたメタバース 「Gran Whale」がおよそ1年半でサービスを終了した 。Gran Whaleは、旅行体験をバーチャル空間で提供することを目指し、台湾や香港、マレーシアと世界各地の観光地を仮想的に訪問できるサービスとして注目を集めていた。しかし期待されたほどの売上を得られず、撤退を余儀なくされた。
また25年3月31日には、NTT QONOQが運営していたメタバース・プラットフォーム「DOOR」がサービスを終了した。DOORは20年11月にスタートし、専用アプリ不要でブラウザからも手軽にアクセスできる点が特徴だった。美術館や博物館のバーチャル展示、教育機関によるオンライン授業など、文化・教育分野での活用が進んでいたが、事業としての持続させることができなかった。
なおDOORは、リプロネクストが事業承継しており「Roomiq(ルーミック)」という名称にリブランドした上で、25年7月9日より再開予定だ。
エンターテインメント分野でも同様の動きが見られる。VARK社が18年12月に正式ローンチしたVRライブ配信プラットフォーム「VARK」は、新型コロナウイルスのパンデミックでリアルイベントの開催が制限されたことを受け、バーチャルライブ需要の急増とともに大きく成長した。
|
|
しかしコロナ禍が収束し、対面でのイベントが再開されるようになると、オンラインライブ市場に急ブレーキがかかる。多くの人々が再び現地でのライブ体験の臨場感を求めるようになり、オンラインライブの需要は減少傾向に転じた。これに伴い、VARKも利用者が減少し、24年3月4日に突如サービス終了を発表。その具体的な理由は明らかにされていないものの、この急な発表は業界に衝撃を与えた。
これらの事例は、ビジネスとしてのメタバースの難しさを如実に物語っている。初期投資や運営コストが高い一方で、収益化までの道のりは長く、多くの企業が事業継続を断念せざるを得ない状況に追い込まれている。特に日本国内では、VRヘッドセットの普及率が低いことも相まって、思うようにユーザーを獲得できていないケースが目立つ。
●メタバースは終わらない──強気の市場予測は続く
一方でメタバース市場の予測は、強気の見通しを示しているところが目立つ。例えば、インドのリサーチ会社であるPolaris Market Researchは、24年のメタバース市場の規模が約1070億ドル(約15.6兆円)に達したと推定しており、それが34年には約4兆8000億ドル(約700兆円)にまで拡大すると予測している。25年から34年にかけての年平均成長率(CAGR)は、実に46.3%だ(これは約2年で市場規模が倍になる計算になる)。他にもさまざまな調査会社が「メタバース市場は今後も順調に成長する」と予測している。
また24年10月に総務省が発表した「安心・安全なメタバースの実現に関する研究会報告書2024」でも、国内のメタバース市場規模について、22年の1377億円から、27年には2兆59億円にまで成長すると紹介している(これが正しければCAGRは71.4%となる)。
|
|
こうした強気の予測の背景にあるのが、主要プレイヤーの着実な成長だ。2000年代から2010年代にかけて登場したメタバース企業が手堅いビジネスを展開し、ユーザーの獲得を続けている。
●Roblox、VRChat、Fortnite……主要メタバースの現在
06年に正式リリースされた「Roblox」は、その代表格の一つといえるだろう。ユーザーが自由にゲームを作成・共有・プレイできる世界最大級のオンラインゲームプラットフォームで、そこから「ゲーム版YouTube」とも呼ばれている。同社の発表によれば、24年第4四半期の時点でデーリーアクティブユーザー数は8530万人、1日の平均滞在時間は2.4時間となっている。
またRoblox上におけるクリエイターの収益は総額9億2300万ドル(約1350億円)に達するなど、独自の経済圏を形成している。メタバース系プラットフォームの先駆けとして、ゲーム以外にもバーチャルコンサートやソーシャル体験など、多様なコンテンツを提供している点が評価を受けている。
「VRChat」は17年にSteamで正式リリースしたSNS型メタバース・プラットフォームだ。アバターを通じて仮想空間で交流や経済活動ができ、イベントや会議なども開催できる。VRChatはユーザーがコンテンツを自由に作成し共有することを奨励しており、これにより活気あるコミュニティーを形成している。
デーリーアクティブユーザー数は公開していないものの、メタバース文化に詳しい個人VTuberのバーチャル美少女ねむさんのnote記事によれば、VRChatの同時アクセス数は25年1月1日に約13万7000人に到達。これは24年1月1日の記録であった約10万6000人から30%ほど成長している。
ゲーム好きにはおなじみ「Fortnite」も、単なるオンラインゲームの枠を超えた存在となりつつある。17年に米Epic GamesがリリースしたFortniteは、当初は協力型のサバイバルゲームが主だったものの、後に登場した「バトルロイヤル」モードが世界的な人気を博してユーザーを増やした。
その後はユーザー間の交流を促すソーシャルハブとしての機能を強化し、音楽イベント、映画のトレーラー公開、ブランドとのコラボレーションなどを開催もしている。またユーザーが独自の空間やゲームを作成できる「クリエイティブ」モードも提供中で、多様なコンテンツが日々生まれている。
実際にクリエイティブモードでユーザーが費やした時間は、24年に総プレイ時間の36.5%を占め、クリエイターには3億5200万ドル(約510億円)が支払われたと報じられている。
25年3月の時点で、Fortniteの登録プレイヤー数は約6億5000万人、デーリーアクティブユーザー数は6000万人以上であるとの報道も。別の記事によれば、ピーク時には1日に4470万人がプレイし、同時接続プレイヤー数が1434万人に達したこともあるほどで、その人気ぶりがうかがえる。
他にもブロックチェーン技術を基盤とした分散型メタバース・プラットフォームである「Decentraland」や、同じくブロックチェーンベースのメタバースで、ボクセルアートが特徴の「The Sandbox」などがメジャーなサービスとして浮上し、成長を続けている。こうしたことを考えると、強気の市場予測も納得できる。
●メタバースは「日常化」するのか?
一方、こうしたプラットフォームの成長が、まだ局地的なものにすぎないとの評価もある。ユーザーが一部の層に限られていたり、用途が限定されていたりするという指摘だ。確かに「何らかのメタバースに、ゲーム以外の目的で毎日ログインしている」という人は、まだ主流派ではないだろう。
こんなデータがある。博報堂DYホールディングスが25年3月に発表した「メタバース生活者定点調査2024」によれば、国内においてメタバース関連のサービスを認知している人は38.4%、メタバース関連のサービスを利用したことがある人は全体の8.7%という結果が出ている。ちなみに23年度の同じ調査では、それぞれ40.5%、8.4%という結果で、ほとんど変化していない。
ちなみに日本リサーチセンターが25年4月に発表した「生成AIの利用経験 2025年3月調査」によれば、生成AI計の利用率は2024年6月の15.6%から2025年3月には27.0%へと増加するなど、生成AIという存在が着実に定着しつつある様子がうかがえる。
さらにこんなデータもある。現在のメタバース利用者のうち、10〜20歳の年齢層が最も多く、全体の38%を占めているという。それに続くのが21〜35歳の年齢層で、36%を占める。さまざまなメタバース系サービスが登場しているとはいえ、それを十分に楽しむためには、高性能のPCやVRゴーグルといった端末が必要になる場合がある。そのため、デジタルに精通している若い世代がメタバースをけん引しているのだろう。
もちろんそれが悪いわけではない。新しいテクノロジーは若い世代から普及を始めるのが常だし、キラーコンテンツが出れば一気に状況が変わる可能性もある。またあらゆるテクノロジーが「日常化」しなければならないというものでもない(例えばドローンはすっかり身近な存在になったが、皆が皆そのパイロットになったわけではない)。
しかし2年で倍になるという急速なスピードでメタバース市場が拡大するためには、さらに一般の人々の参加を促す変化が必要になるだろう。
●「ヘッドセットが面倒」──メタバースの弱点
少し前になるが、22年10月に米The Vergeが「Meta’s flagship metaverse app is barely used by the employees building it」(Metaのフラッグシップ製品であるメタバースアプリは、開発している従業員からほとんど利用されていない)という記事を公開している。
それによると、The Vergeが入手した社内メモから、MetaのVRソーシャルネットワーク「Horizon Worlds」(同社の主力メタバースアプリ)が多くの品質問題を抱えており、開発チームの従業員ですらほとんど使っていないことが明らかになったという。同アプリは21年12月にMetaの「Quest」ヘッドセット向けにリリースしたもので、「ヘッドセットの装着・セットアップが面倒」「セットアップに時間がかかる」といった不満が漏れているそうだ。
メタバースを巡る技術は日々進化しているが、まだ一般の人々が気軽に参加するという環境には至っていない。参加のハードルをさらに下げ、その魅力を上げるために、いくつかの技術進化が期待されている。
まずはデバイス系の進化だ。もちろんメタバース系サービスにはVRが必須というわけではなく、PCやスマホ上で実現しているものも多いが、メタバースの価値をフルに引き出すためには、VR環境が手軽な形で提供されるようになることが望ましい。
現在のVRヘッドセットの多くは、まだ大型でかさばり、重量もあるため、長時間の日常的な使用には向かない(快適さや実用性に欠ける)と指摘がある。また価格も高く、例えばApple初のMRヘッドセット「Apple Vision Pro」は、もっとも廉価な256GBモデルであっても約60万円という価格設定となっている。
米国で行われたアンケート調査では、回答者の29%が「機器の高額なコストがメタバースへの参加を制限する主な要因だ」と回答している。また少し古い調査になるが、22年3月に米国で行われた別のアンケートでは、メタバースを試すかどうかの決定において非常に重要な要因として「低価格のVRヘッドセット」を選んだ回答者は24%、「より多くのメタバースコンテンツ」の15%、「友人や家族がメタバースを利用していること」の14%を上回っている。
これらの結果を考えると、まずはデバイスの小型化と低価格化が求められるところだろう。
●生成AIはメタバースの追い風に
またメタバースのコンテンツを安定して配信するためには、当然ながらより堅牢なネットワークインフラも欠かせない。没入型の仮想世界では、詳細な3Dグラフィックス、センサー入力、多数の参加者間でのリアルタイムのインタラクションなど、膨大な量のデータをリアルタイムで送受信する必要がある。
十分な帯域幅と低遅延を実現していないと、ラグやバッファリング、切断が頻繁に発生し、すぐに没入感が損なわれてしまう。今日のネットワーク、特にインターネット接続の少ない地域や地方部では、まだこれらの要求に対応できていないことが多い。メタバースの潜在的な市場を拡大するという点で、ユビキタスで高性能なネットワークがより広い地域で整備されなければならない。
メタバースの世界においても、AIのさらなる進化が期待されている。メタバース空間を構築し、よりリアルに見せるためには、その空間内にある広大な風景や多種多様なオブジェクト、さらに無数のキャラクターたちを造形しなければならないが、その作業の支援にAI技術、特に生成AIを活用することが始まっているのだ。
例えば、米HPE(ヒューレット・パッカード・エンタープライズ)は、生成AI技術を活用して、音声コマンドによる直感的な3Dコンテンツ作成を実現。これは音声で指示するだけで、瞬時に3Dモデル、画像、環境を生成するという革新的なアプローチだ。
その実用例として、HPEが創業した車庫で知られる「HPガレージ」のデジタルツインを展示する仮想企業博物館や、月面基地を舞台にTED Talkスタイルのプレゼンテーションを行う3D環境を構築している。AI技術の進化は、こうした開発能力をさらに強化・高速化するとともに、より低コストな開発を可能にすると考えられている。
また、メタバース空間内において、人間が操作するアバターとコミュニケーションすることが可能な、自律型のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)を実現することにもAI活用が始まっている。
例えばAIプロダクトメーカーの米Inworld AIと米NVIDIAは、「Covert Protocol」という技術デモを共同開発した。これは一種の推理ゲームで、プレイヤーは探偵となり、AI駆動のNPCから手掛かりを集めることになる。
各NPCには独自の性格、動機、事件解決に関係する知識がLLM(大規模言語モデル)により付与され、さらに表情の画像や音声も生成するようになっており、「彼ら」とプレイヤーの交流が、ストーリー展開に影響を与えるという内容だ。
こうしたAIキャラクターは、メタバース空間内に他のユーザーが参加していないときでも、訪問者を自然言語で出迎えてインタラクションできる。つまりメタバース空間での体験をより生き生きとした、より社会的なものにすることが可能で、メタバース空間の魅力を高めることに貢献すると考えられる。
●メタバースをけん引する“キラーコンテンツ”は生まれるか
これらの領域における技術革新はいずれ達成され、手軽かつ安価で参加でき、魅力的なコンテンツと他のキャラクターとの交流(AIを相手にしたものを含む)が用意できるメタバース空間を実現するだろう。しかしパンデミックによる行動制限、それによるバーチャルコミュニケーションへの移行という、いわば「追い風」を失ったいま、誰もがメタバースに参加したくなるような「キラーコンテンツ」は登場するだろうか。
いくつか期待されている分野がある。例えばヘルスケア分野でのメタバース活用は急速に拡大しつつあり、25年の市場規模は約149億ドル(約2.1兆円)、33年には約991億ドル(約14.3兆円)に達すると予測している。
医療用トレーニングでは、VR技術により医学生や外科医が安全な仮想環境で複雑な手術手技を練習できるようになった。医療機器メーカーの米Johnson & Johnsonは、VR技術を開発する米Osso VRと提携し、外科医向けに200台のVRヘッドセットを配布するなど、大手医療企業も積極的に導入を進めている。
また遠隔医療においても、仮想病院「Aimedis Avalon」が登場し、医師は仮想空間で診察や患者モニタリングを実施できるようになっている。
また教育分野におけるメタバース活用も進んでいる。単なるリモート授業ではなく、メタバースを活用することで、教科書では不可能な教育方法が可能になる。例えば米メリーランド大学では、スイスのマッターホルンの上空を飛行しながらこの山に関する知識を得たり、舞台恐怖症などの身体的プレッシャーを感じることなくプレゼンテーション技術を学んだりといった活用が進んでいる。
Metaの発表によると、既に没入型技術を青少年向けの教育に導入している43校を対象とした調査では、学生の87%が授業への意欲や関心が高まったと答え、教員の85%がVRやMRは授業の効果を高める手段として有用だと答えた。
また、学生向けの多肢選択式テストでは、約15%の成績向上が見られたという。このような実践的な成功事例の蓄積により、教育分野はメタバース人口増加の推進力の一つとなることが期待されている。
こうした分野に特化したユースケースが次第に増え、パッチワークのように少しずつ普及しながら、何らかのキラーコンテンツが登場してくる可能性もある。それは「ブーム」と呼ばれるような、劇的な変化ではないかもしれないが、少なくともメタバースが「終わった」わけではないだろう。
ビジネスとして継続することの難しさは確かにあるが、技術的に可能な範囲の拡大と、その中における実験的な取り組みの増加が両輪となって、メタバースの浸透が着実に進んでいくことを期待したい。
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。