『薬屋のひとりごと』アニメと原作の見せ方はどう違う? シナリオ集からわかる製作陣の意図

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2025年07月03日 13:00  リアルサウンド

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『薬屋のひとりごと 16 アニメ第1期シナリオ集付き限定特装版』(日向夏/ヒーロー文庫)

 日向夏のライトノベルを原作にしたTVアニメ『薬屋のひとりごと』の第2期が7月4日放送の第48話「はじまり」で完結。原作の第3巻と第4巻を24話かけてじっくり描いてファンを喜ばせた。5月30日に刊行となった『薬屋のひとりごと16 アニメ第1期シナリオ集付き限定特装版』(ヒーロー文庫)には第1期24話分のシナリオ集がついていて、濃密な原作をどのようにして緻密な映像へと変えていったかが分かる。


参考:【画像】『薬屋のひとりごと』猫猫の頭の上に乗る毛毛がかわいい オンラインくじラインナップ


■原作では描かれていなかった楼蘭の”微笑み”


 6月27日放送のTVアニメ『薬屋のひとりごと』第47話「子の一族」は、猫猫をさらった子の一族の砦に攻め込んだ壬氏が、反乱を起こそうとしていた子昌と対峙し、原因を作った妻の神美と向き合う中で楼蘭妃が経緯を語る、第2期全体のタネ明かしのようなエピソードだった。楼蘭を演じた瀬戸麻沙美の淡々とした声に引き込まれ、雪が降る砦で舞う楼蘭の美しさに目を奪われ、気がつくと終わっていた。


 このエピソード、実は原作では第4巻の「二十一話 事の始まり」」の37ページ分に過ぎない。第46話「禁軍」が、原作の「第十八話 飛発」の一部と「第十九話 行軍」「第二十話 奇襲作戦」をまとめたものだったことと比べると、どれだけじっくりと状況を描いたものだったかが分かるだろう。若かった子昌が後宮の拡張を進言し、一族の繁栄と自身の神美への思いを同時に充たそうとする切れ者ぶりを見せる場面を加え、何が一連の事件の根底にあったのかを分からせた。


 そして何より、子翠として登場し楼蘭だと分かった少女の猫猫にも負けないヒロインぶりを際立たせるエピソードだった。本編にエンドロールが重なる下で、救助されて眠る姿を描いた以外は主人公の猫猫を登場させず、楼蘭の語りとそれを聞く壬氏や神美の描写でほとんどの時間を使ってみせた。


 その描写も、行間を読むように緻密だった。母親の神美に飛発(拳銃)を向けられた楼蘭が、原作で「だってお母さま、まるで小物だもの」と挑発するシーン。原作には描写のない楼蘭の表情を、アニメでは目を伏せた楼蘭が顔を上げ、首をかしげて微笑みながら見下すような目をするように描いて、見る人をゾクリとさせた。


 それでいて、壬氏にメモ書きのようなものを渡して頼み事をする時の楼蘭は、冷静で理知的な表情で恐ろしさは感じさせない。深い考えの下に行動していたと分かり、壬氏がその顔に傷をつけられても仕方がないと思わせる強さを漂わせていた。そこから繋がる砦の上で舞う楼蘭の描写も、原作を踏まえつつ歌をバックに流すことで長めに見せ、「楼蘭は歪んだ顔を笑みへと戻す」という原作の描写まできっちりと描いて、「世紀の悪女の一世一代の舞台」だったことを印象づけた。


原作には、配下の馬閃が「捕まえろ」と部下たちをけしかけることを壬氏が「疎ましく思」い、「楽しみにしていた物語の最後を読み終える前に、終わりをばらされた気分だった」と書いてあって、楼蘭の心情をそこまで汲んでいたことを伺える。TVアニメから見始めた人も、原作を読めばより深く登場人物たちの心情に触れられる。


■シナリオ集からわかる原作からアニメへの変遷


 こうした原作は原作でアニメはアニメといった表現の工夫は、どのように行われているのか。『薬屋のひとりごと16 アニメ第1期シナリオ集付き限定特装版』に入っているシナリオ集には、脚本を手がけた柿原優子、千葉美鈴、小川ひとみ、綾奈ゆにこの4人がそれぞれにコメントを出していて、シナリオ化にあたって工夫したことに触れている。


 柿原は、作品個別というより原作物のシナリオを書く場合、「原作との違いに気づかれず、アニメとして面白くなっていることを目指しています」とのこと。そんな柿原の担当回には、第19話「偶然か必然か」があって、祭事で何か起こると予感した猫猫が、祭場に入ろうとして武官を挑発して殴られる衝撃の場面が登場する。原作の第2巻「第十二話 中祀」では、「耳の横を殴打」されて鼻血が出た程度だった猫猫の状態が、シナリオでは「殴られた顔や耳がはれ上がって、意識がもうろうとしている様子」になっている。アニメはさらに凄まじく、相当な衝撃だったことが見て取れる。


 直後、猫猫の後ろから「では、私の言ならどうだい?」と声がかかって、羅漢が近寄ってくる。羅漢は「それにしても、年若い娘を殴るとはどういうことだろうね。怪我をしているじゃないか」と言うが、原作では「おどけた口調の中に、冷たいとげが混じる」とあった描写を、シナリオは「ひょうひょうとおどけた口調を続けながら、冷たい目で武官を見る」と変え、胡散臭い中年男だった羅漢が豹変する様を見せつける。


 実際のアニメはさらに、「怪我をしているじゃないか」というセリフにカットを割って凄まじい表情を載せ、羅漢のただ者では無い様をくっきりと浮かび上がらせる。一方で、原作やシナリオにはあった「誰がやったんだい」という部分は削って豹変を一瞬に止め、緊張感を際立たせるように演出している。


 アニメの場合、シナリオから絵コンテを経て作画・演出・編集へと至る過程や、途中のアフレコの最中にも変更が行われるため、シナリオどおりとも限らない場合が出てくる。原作がどうシナリオとなり、それがアニメではどうなっているかを確かめる楽しみが、シナリオ集の登場で可能になった。


■言外に忍ばせた脚本家たちの意図


 千葉美鈴も「原作の面白いところはもちろん、シーンの空気感や温度感、そしてニュアンスを変えないように心がけたつもりです」と、柿原同様に原作を尊重したことを話している。加えて「草花を意識して書きました」とコメントしていて、第16話の「鉛」で出した栗の木について言及している。原作の第2巻「第5話 鉛」では細工職人の家の庭に立っていて、室内に太陽の光が差し込むのを邪魔していると書かれている。これをシナリオでは、「窓の外、栗の木が光を遮っている」と書き記して絵にすることを求めている。


 さらに、「贅沢」「豊かな歓び」「私に対して公平であれ」「私を公平にせよ」といった栗の花言葉を注釈として書き添え、そのエピソードが語ろうとしてることについて、重要な意味を持つ木であるのではといった想像をめぐらせている。原作を読み込み作者の意図を探り、それをどうアニメで描けば伝わるかを考えシナリオにしていく脚本家の仕事ぶりが伺える。


 第3話「幽霊騒動」や第18話「羅漢」などを担当した小川ひとみは、第1期では監督で第2期は総監督を務めた長沼範裕が、愛を描きたいといったことを心に止めてストーリーに登場する様々な愛を描いていったという。綾奈ゆにこは、第13話「外廷勤務」で監督から「2クール目は壬氏の気持ちにフォーカスしたいとの指示があり、猫猫に対するリアルキョン(照れる等)を意識して」書いたとのこと。原作にはない猫猫を緑青館まで壬氏が迎えに来るシーンを入れ、化粧をして着飾った猫猫に「壬氏、綺麗な猫猫にどきどき」する描写を添えて、2人の関係が進み始めたことを感じさせた。


 こうした脚本家たちの意図を知ると、第2期の印象的なシーンについてもどのような思いが込められていたのかが知りたくなる。第1期のシナリオ集が出た以上、第2期の登場も期待して良いだろう。そして第3期のアニメ化も。


 第48話「はじまり」が原作では第4巻「二十二話 狐につままれた」という章題だった理由が分かる展開を経て第2期が終わっても、『薬屋のひとりごと』の物語は続く。1巻1クールのペースなら現時点で残り12クール分もある訳で、それがアニメ化されていくなら、医官手伝いとなる猫猫の同僚として登場する姚(ヤオ)や、高順の息子の嫁で羅漢以上に得体の知れない雀(チュエ)といったキャラクターがどう動き、どう喋るのかを見ることができるだろう。


 もちろん、猫猫と壬氏の関係が少しずつ進んでいく様子もしっかりと描かれていく。見たければ、今のアニメ化を応援し、原作を応援し続けるしかないだろう。


(文=タニグチリウイチ)



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  • アニメはアニメで、見たままだけで十分です。私はね。 どうせ、数か月も経たないうちにTikTokで、この内容で知ったかぶりの投稿が幾つもされるだけのこと。
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