バレエ界の最前線を走る米ヒューストン・バレエが、日本に“上陸”した。7月6日まで東京文化会館で、7月10〜12日には愛知県芸術劇場で公演する。舞台芸術のメッカと呼ばれる東京文化会館が、改修のため2026年から3年間休館する事情もあり、エンタメの最先進国である米国のバレエが、日本の聴衆に届けられる貴重な機会だ。
同バレエ団の始まりは1969年2月17日。テキサス州ハンツビルのサム・ヒューストン州立教員養成大学で、15人の若いダンサーによる団体が舞台デビューを飾った。そこから56年を経た現在のヒューストン・バレエは、ダンサー数で全米第5位を誇る。約60人のダンサーを有し、多額の予算と基金を持つカンパニーに発展してきた。
その進化を支えてきたのは、芸術性だけではない。いち早くダイバーシティを組織の中心に据え、多様な背景を持つダンサーを積極的に登用してきたことにある。それも単なる多国籍の寄せ集めではなく、選ばれし才能が共存する強い組織であるのがヒューストン・バレエの特徴だ。
ダンサー育成から役割配分に至るまでのオペレーションを完遂するためには、明確なビジョンとリーダーシップが必要となる。バレエという文化芸術における、才能を生かすためのリーダーシップと多様性とはどのようなものなのか。同バレエ団の芸術監督のジュリー・ケントさんにインタビューした。
|
|
●多様性と個人を生かすためのリーダーシップとは?
――世界のバレエ界のトップを走るジュリーさんにとって、リーダーシップとは何でしょうか?
リーダーシップの原則は、過去10年間、特にこの5年間で大きく変化しました。コロナ禍をはじめとする危機的状況が、リーダーに対して危機管理の視点を強く求めました。バレエ業界にとっても存続の危機といえる時期でした。
一方で、私にとってクライシス(危機)は、リスクであると同時にチャンスでもあります。その機会を最大限に生かして、危険リスクを最小限に収めるということです。例えばコロナで生の公演ができなくなったとき、デジタルの発信に踏み切りました。安全を確保しながら、ダンサーたちの芸術を世界中のオーディエンスに届けられたように、状況に応じた思考の転換が必要だと思います。
そして、個人の背景や人生経験をリスペクトし、今その人がどこにいるかを理解すること。そして、そこからどう前に進めるかを共に考えることが私にとってのリーダーシップです。
|
|
――デジタルへの移行は、具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか?
当時、私はワシントン・バレエ団の芸術監督をしていました。芸術専門のストリーミングサービス「Marquee TV」と提携し、コンテンツを世界に発信しました。ヒューストン・バレエも独自のプラットフォームを立ち上げ、新作をコミュニティに届けていました。
この取り組みで重要だったのは、できることに集中するという姿勢です。ダンサーのキャリアは限られた時間の中で進行するもの。「砂時計の砂が落ちるように、限られた時間」の中で何ができるかを考え抜きました。
――ストリーミングによって新たな可能性を感じましたか?
大きな可能性を感じました。ただ、バレエの魔法はやはり生の上演にあります。観客とのエネルギーのやり取り、そこにしかない一体感。それでも、デジタル発信には新たな視聴者層とつながる可能性があります。
|
|
――日本との関係についてお聞きしたいのですが、日本のバレエ市場や日本人ダンサーについてはどう見ていますか?
1987年に初来日してから38年、日本は大きく変わりました。当時は日本人ダンサーが少なかったのですが、今では世界中の一流バレエ団に日本人が在籍しています。
ヒューストン・バレエでも、現在61人の団員の中に複数の日本人が活躍しています。彼らは明確な集中力を持ち、勤勉で、思いやりもある。単なる努力ではなく「賢く働く」姿勢が印象的です。さらに、個性も多様で、それぞれが独自のリーダーシップを発揮しています。
――日本のビジネスの世界では、Z世代とのギャップを始め、世代間の思考の違いに苦労する管理職も多いです。個人を理解するために大切にしていることは?
私は61人のダンサーを指導しています。18歳から40代まで、幅広い世代です。バレエは非常に厳しい職業で、自己鍛錬と集中が不可欠。私自身の30年のキャリアから得た経験を、後進に伝えるのが役割だと思っています。
重要なのは、先ほど申し上げたように、個人の背景や人生経験をリスペクトし、今その人がどこにいるかを理解すること。そして、そこからどう前に進めるかを共に考えることです。
最終的には全て「人」なんです。私は「自分の夢を叶えるのはあなた自身だ」と常に伝えています。バレエは競争が激しく、頂点に立つのは本当に難しい。われわれの新規団員の採用率は0.32%。それでも、彼らには夢と才能があり、野心もある。その個々の情熱を尊重し、導くのが私の役割です。
――優れたダンサーに共通する資質とは何でしょうか?
身体的な素質はもちろん、性格、人間関係を築く力、そして指導者から何を受け取ってきたかなど、さまざまな要素が関わります。さまざまなバックグラウンドを持つメンバーがいる中で、1つの舞台に向かって調和するには、個と全体のバランスを取ることが不可欠です。
――芸術監督として、その舞台の「成功」の定義をどのように考えていますか?
集団の成功と個人の成長、どちらも大事にしています。ダンサー一人一人が物語にエネルギーを注ぎ、、その想いがパフォーマンスに乗る。裏方の照明、衣装、音楽、子役たちも含め、多くの人が一体となって作り上げる世界。それが生の舞台の魅力であり、芸術の魔法です。
ダンサーが生き生きと活躍し、観客に感動を届け、心を動かすこと。それが芸術の力だと思います。芸術とは、見た人の感情や考え方に変化をもたらすものです。そういった瞬間に立ち会えることが、私にとっての成功です。
芸術とは、広い意味での定義で言えば、芸術と思って何かをすること自体が芸術そのものだと思います。目に見える表現を通して、人の内面に変化を起こすもの。言葉を超えて、人と人がつながる手段です。ある意味で、イノベーションと同じようなものだと思います。自分の内側から湧き上がるもののです。
バレエはクラシックだけではありません。私たちは多様なプログラムを通じて、新しい発見の機会を提供したいと考えています。バレエは言語を超えるコミュニケーションです。だからこそ、世界中の観客に届けることができるのです。
――芸術とビジネスの両立については、どう考えていますか?
米国ではバレエ団は非営利です。芸術側とビジネス側のディレクターが共に組織を支え、理事会(ボード)がそれを監督します。商業的側面は、全員でバランスをとりながら調整しています。
――ヒューストン・バレエが世界の最前線に立っている理由と、今後の展望を教えてください。
(主に踊りの振り付けなどを考える)スタントン・ウェルチ芸術監督が非常にイノベーティブで、多くの作品を生み出していることが1つ。そしてヒューストンという芸術を愛する街、多様性と文化的な成熟も大きいです。
私は今後、より多くの作品を提供し、ダンサーの数を増やし、海外ツアーも広げていきたいと思っています。あとはもっともっと、いろんな意味で成長していきたいです。
(篠原成己、アイティメディア今野大一)
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。