山中慎介は中谷潤人の「サプライズ」な猛攻をどう見たのか 戦い方が「ダーティー」という声には「ちょっと違うかな」

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2025年07月14日 07:30  webスポルティーバ

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山中慎介インタビュー 前編

 6月8日に有明アリーナで行なわれた、WBC世界バンタム級王者・中谷潤人とIBF王者・西田凌佑による世界バンタム級王座統一戦。1、2ラウンドは中谷が猛攻、3、4ラウンドは西田が巻き返す白熱の展開になったが、6ラウンド終了後に西田の右肩脱臼により陣営が棄権を申し出、中谷がTKO勝利を収めた。

 偶然のバッティングによる右目上の負傷、右肩の異変を抱えながら高い技術と勝利への意志を見せた西田には、大きな拍手が送られた。一方で、中谷の初回からのラッシュは"サプライズ"と言えるほどだった。

 そんな息詰まる攻防と、気になる両者の今後について、解説席からこの試合を見つめた元WBC世界王者・山中慎介氏に話を聞いた。

【中谷が見せた「サプライズ」な猛攻】

――中谷選手と西田選手の一戦、解説席からご覧になっていかがでしたか?

「中谷が試合後のコメントで『サプライズ』と言っていましたが、試合開始から猛攻という驚きの展開から始まりました。両者ともいろんな展開を想定して試合に臨むと思いますが、さすがに西田も、あれだけ激しく打って出てくるとは思っていなかったんじゃないでしょうか。もちろんお客さんも、僕も驚きましたね」

――山中さんとしては、距離の探り合いでもう少し慎重に入ると思っていましたか?

「そうですね。特にバンタム級に上げてからは、序盤は様子を見る展開が多かったですから。西田と同じサウスポーのペッチ(・CPフレッシュマート)戦でも、まずはジャブで距離を測って、慎重に入っていました。ところが今回は、いきなりダメージを与えにいきました。そこが意外でしたね」

――いきなりの攻撃は「サプライズ」という意味もあったと思いますが、それ以外の狙いはどういったところにあったのでしょうか?

「西田は距離感の取り方や、見合った状態でのタイミングの取り方がすごくうまい。そういう間を作らせないように、あえて距離を潰して先に仕掛けていったんだと思います」

――中谷選手の怖さが出た場面でした。バンタム級最強をきっちりと証明して、その先にいく、という強い意志も感じました。

「そう思わせるような迫力でしたよね。西田を相手に、あそこまでできるのは中谷しかいないと思います。西田もガードを固めてしっかり対応してはいましたが、中谷は右アッパーをダブル、トリプルで繰り出したり、大きく回してくるフック系のパンチも空振りせずに、バンバン体に当ててました。中谷の技術、当て勘、あらためてすごいと思いましたね」

【西田の巻き返しと、中谷の"非情"な攻め】

――中谷選手はあえて強引に攻めた部分も含めて、少し粗さはありましたか?

「1ラウンド目の入りは力みもあったと思いますし、多少ラフに入りましたよね。解説の村田(諒太)もそう話していました。中谷はそこも想定内、作戦通りだったのかなと思います」

――怒涛のラッシュに、会場もどよめきましたよね。

「さすがに西田も『攻めすぎだろう』と思ったんじゃないでしょうか(笑)。不意を突かれたというか、驚きもあったと思いますが、西田も中谷が出てくるのは『ある程度想定していた』ということですから、1ラウンドの中盤からしっかりパンチを返していましたね」

――西田選手は3ラウンドでジャッジ3人のうち2人、4ラウンドでは全員が支持してポイントを取りました。

「中谷のアッパーやフックのタイミングが、少しずつわかってきたんだと思います。そのなかで、シャープでコンパクトな西田のパンチが、先に当たる場面も増えていきました。特に左ボディーは、3ラウンドで効果的に打てていましたね。中谷がそれでどれだけダメージがあったのか、嫌がっていたのかは、ちょっとわからないですが」

――試合後の中谷選手は「ボディー攻撃も想定内。効いたパンチはなかった」とコメントしていました。

「それが本当かどうかは、中谷本人にしかわからないですね(笑)。ただ、初回のサプライズもそうですが、試合後のコメントも含めて、我々の想像の上をいっていました」

――想像の上というと、中谷選手の「非情ですけど、勝つために腕を狙いにいった」というコメントもありましたが、その点にも驚かされました。

「そうなんです。西田のセコンド、武市晃輔トレーナーでさえ、あれほど近くで見ていても4ラウンドが終わった時点でも肩の異変に気づいていなかったそうです(武市トレーナーは、6ラウンド終了後のインターバルで肩について西田に聞いた、と自身のYouTubeで話している)。それを3ラウンドあたり(中谷は『3ラウンドが終わって4ラウンド始まる前に肩を回していた』とコメント)で見抜いた中谷は、やっぱり恐ろしいですね」

――山中さんは現役時代、顔面やボディー以外の場所を狙って打った事はありますか?

「ないですよ(笑)。僕の場合、いろんな角度からパンチを打つタイプではなく、ストレート系のパンチが主体だったこともありますけど、そもそも、そんな発想自体がなかったです」

【両者の未来と"モンスター"が待つ階級へ】

――中谷選手のファイトスタイルについて、一部から「ダーティー」という声がありました。これについては?

「ボクシングに限らず、勝負の世界で相手の弱点を突いたり、ダメージがある部分を攻めるのは勝つための鉄則です。今回でいえば、腫れている部分を狙うのは当たり前。その他の、グローブタッチをしなかったり、クリンチワークだったりも特に気にならなかったです。ですから、ダーティーという指摘自体がちょっと違うかなと。試合中にダーティーだと思ったシーンは一切ありませんでした」

――肩や腕を狙って打つのはサウル"カネロ"アルバレス選手もやりますね。中谷選手も中学卒業後にアメリカに渡っていますが、日本のアマチュアエリートとは違うスタイルなんでしょうか?

「それはあると思います。アメリカ仕込みというか、中谷のトレーナー、ルディ(・エルナンデス)の教えかもしれません。長身であの戦い方をすること自体、日本の指導者ではなかなか考えつかないでしょう。そして、これは両選手に共通して言えることなんですけど、中谷はルディ、西田は武市トレーナー、その指示通りに動いているんですよ。まるでコントローラーで操作されているかのように」

――なるほど。陣営が考えた戦略をしっかり遂行する選手ということですね。

「そこには、深い信頼関係があるからこそ成り立っていると思います。例えば、寺地拳四朗選手(WBC・WBA世界フライ級統一王者)と加藤健太トレーナー(三迫ジム)も、まさにそんな関係ですよね」

――西田選手側は、前に出て距離を詰める作戦だったとのことですが、近距離に勝機を見出したということでしょうか。

「ロングとミドルの距離は中谷が強いですからね。西田とすれば、近距離でのボディーを含めた攻撃で勝負したかったんだと思います」

――西田選手が取り返した3、4ラウンド、中谷選手が自ら意図したのかはわかりませんが、少しペースを落としたようにも見えました。

「1、2ラウンドはかなりハイペースに攻めましたからね。疲れが出たのか、あえてペースを落としたのかはわかりませんが、明らかに序盤より攻撃のテンポは落ちました。西田選手が主導権を取り戻して、陣営としたらかなり手ごたえを感じたと思います」

――右肩の負傷による棄権という形で終わりましたが、あらためて、両者の強さが際立った試合だったと思います。特に、西田選手の強さを証明するような一戦になったのではないでしょうか。

「これは試合前から思っていたんですが、西田は相手が強ければ強いほど、その強さがわかるタイプなんですよね。格下の相手だと、西田のすごさがいまひとつ伝わりにくい。でも、強い相手と対峙した時にこそ、本来の実力が発揮されるというか、勝つ可能性すらある選手だと思っています」

――過去には、実績がある選手に対しても下馬評を覆して勝っていますね。

「そうなんです。例えば、大森将平(元日本バンタム級王者)、比嘉大吾(元世界フライ級王者)、エマヌエル・ロドリゲス(元世界王者)と、いずれの対戦でも西田の強さが引き出されている印象がありますね」

――おそらく中谷選手も西田選手も、今後はスーパーバンタム級へ階級を上げることになりそうですね。

「そうなると思います。中谷は、井上尚弥戦を見据えての階級アップになるでしょうし、西田もアマチュア時代はライト級(近畿大学時代に全日本選手権ベスト8)で戦っていたと聞いています。ずっと『減量が厳しい』という話もありましたから。今回の試合内容を見ても、西田への期待は高まっていますよね。ただ、そのスーパーバンタム級には、4団体を束ねる"モンスター"井上尚弥がいる。あの前後の階級は本当に選手が"詰まって"ますよね(笑)」

(中編:井上尚弥vs中谷潤人、山中慎介が考える勝負のカギは? モンスターが「左フック」を被弾する理由も分析>>)

【プロフィール】

■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。

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